6 植物園
「そこの、触るなよ。毒草だ」
ぶっきらぼうな話し方で、セドリックは植物園の案内をしてくれた。ベンヤミンが案内してくれるのかと思ったが、ベンヤミンは忙しいらしい。セドリックの方がよほど忙しいのかと思っていたのだが。
「俺が案内じゃ、不服か?」
「いえ、とんでもないです。お忙しいと聞いていたので」
「少し暇ができたんだ。令嬢のおかげで、面倒な書類整理が早く終わったからな。あと少しで、紙の束に埋もれるところだった」
欠員が二人出て、収拾がつかなかったのだと、セドリックはぼやく。個々の研究もあるため、余裕がないと整理整頓などできないのだろう。雑務を行なっていた男が盗みを行ったのだから、たまったものではない。
薬学研究所は厳重になっており、許可が得られた者しか入れなくなっている。鍵に魔法がかけられているのだ。
一つ目の部屋は事務室のようになっており、そこの鍵はそこまでのものではないらしい。しかし、その部屋から繋がっている別の部屋への入り口は、かなり厳重のようだ。書庫や研究室になっており、重要な書類も保管されているからだ。入り口付近の廊下には、警備がうろつくこともある。
植物園の入り口は、警備の類はないようだが。
「植物園は、警備がいないんですか?」
「いくつかある植物園は、出入りが自由だ。興味を持った者が見学することを許されているから。もちろん、奥の貴重な薬草がある薬学植物園は、出入りが制限されている」
「ですが、ここには毒草もあります」
「この植物園にある植物は、地方へ行けば当たり前に生えているからな。そこまで貴重でないのならば、鑑賞するための許可が出ている。地方の植物園もそうじゃなかったか?」
「そうでした」
貴重でなければ、好きに見ろということのようだ。地方の植物園にも毒草は植っており、警備もいない。たしかに、オレリアの住んでいたターンフェルトでは、山に行けば簡単に手に入るので、毒草を使って誰かを殺そうとするならば、山で採ろうが植物園で採ろうが同じだ。
ここは王宮なのにな。とは思ってしまうのだが。手に入れても、それをどう使うかによるため、問題ないということか。
「では、王宮に入れる者ならば、誰でも入れるんですね」
それは知らなかった。王宮にある植物園なので、簡単に入ることはできないのだが。
パーティの時にでも、こっそり来ていればよかった。ドレスでは植物に引っかかってしまうので、植物に悪いから入りたくないが。
うっそうとした場所もあり、かなり狭い小道になっていたりする。ドレス姿では入れない。男女が雰囲気作りに入るような庭園と違い、しっかりとした学びのための植物園だ。
「そちらは人肉を食らう植物もいるから、柵の中だ」
「これ、かわいいですよね。水玉のお花がまたかわいくて」
「これをかわいいと表現する女性は、令嬢が初めてだな」
セドリックは苦笑した。こんなにかわいいのだが、そう思われないようだ。
セドリックはオレリアを令嬢と呼ぶ。他の人たちは名前で呼んでいた。しかも呼び捨てだ。女性も男性も関係なく呼び捨てている。そういえば、家名を教えてもらっていないので、オレリアも名前で呼ばざるを得なかった。
「あの、皆さんの家名は?」
「俺たちは、家名は使わない。身分で萎縮されると困るからな」
つまり、セドリックはともかく、誰か他にも身分の高い者がいるのだろう。もしくは、身分の低い者が。
研究員は学院を卒業した後、試験などを受けて入ることができるが、そこにコネは必要ない。もちろんオレリアのように紹介はあるが、身分に関わらず成績の良い者を入れるのは、薬学研究所が貴重な研究を行っているからである。王宮薬学研究所で、身分によって発言ができないなどと、許されないのだ。
だからといって、家名を教えないというのも、不思議な話だが、知らなければ萎縮することもない。
「伝統なんだそうだ。だから、薬学研究所では、みな名前で呼び合う。令嬢も、ここで家名を名乗らなくていい」
それでもセドリックは、オレリアを令嬢と呼ぶ気だ。オレリアが学生で、まだお客様のようなものだからだろう。
呼んでほしいと思うわけではないが、研究員として扱われていないのがわかる。
(それも当然だけれど、悔しい気持ちもあるわね)
セドリックは植物園の奥にある、薬学植物園に連れて行ってくれた。ここは警備が厳重のようだ。警備の衛兵が二人、近くをうろついていた。
「リビー、研究は順調か」
「局長。オレリアさんも。ちょうどよかったわ。魔力を使いすぎて、うまくいかなくなってしまって。オレリアさん、少しやってみない?」
「いいんですか!? やりたいです!!」
「薬用の効能を深めるために、品種改良したのだけれど、今、一定の魔力を注いで、成長を促しているの。やり方はわかる? 量は、十バランくらいよ」
オレリアは言われた通り、魔力を薬草に与える。バランとは魔力の単位で、空間に与える量をいった。この小さな薬草に十バランとなると、かなりの量だ。オレリアは手をかざして魔力を注ぐ。
成長を促す魔法は得意だ。薬学魔法士になるための、基礎の基礎と言っていい。これができなければ、薬学魔法士にはなれない。
「うまい、うまい。次はこっちよ。同じ量ね」
「もしかしなくても、これすべて行なっていたんですか?」
「そうよ。これくらいできないと。って、言いたいけれど、さすがに疲れちゃって」
長机には、幾つもの同じ薬草が並んでいる。長机はいくつも並び、その上に同じ薬草が置かれていた。その薬草一つずつに十バランの魔力となれば、相当の力がいった。
薬学魔法士は魔力量が必要になる。研究では、いくつもの別の負荷を薬草にかけて、長い時間観察しなければならないからだ。オレリアは学院で、同じように多くの量の薬草に魔力を注いでいる。そのせいで時折、一日中起きられなかったことがあるほどだ。ここではそうならないようにしたい。
「慣れてるわねえ。ねえ、局長。オレリアさんに、こっちも手伝ってもらえるとありがたいわ」
「令嬢が良ければ」
「やりたいです!」
願ってもない機会に、オレリアは二つ返事をした。