47 婚約
「王に、髭面はやめろと言われた」
「王女様も同じことを言っていました」
馬車の中で、セドリックは残念そうに少しだけ伸びた髭をなでる。
婚約相手が決まったのだから、表に出てこいと命令が出て、セドリックはこれから王の補佐を表立って行うことになる。今までも手伝いはしていたそうだが、表に出るわけではない。今まで姿を隠していても許されたのは、過去の女性たちによる行為に、王が同情的だったから。しかし、これからは許されないと、しつこく言い聞かせられたのだ。
髪型は整えているので、城の中を歩いていると、誰かしらが見つめてくる。髭を剃れば、今まで以上に多くの者たちがセドリックを見つめてくるのだろう。自分で壁になれるのか、オレリアは少々不安だ。
「たくさんの女性が、婚約気にせず寄ってくる気がします」
しかも、オレリアを視界に入れても、全く動じなさそうだ。オレリアはそんな女性たちに対抗できるだろうか。
そればかりは気になるし、不安も増す。
「視界にも入らない」
一瞬、なにを言われているのかと、オレリアは顔を上げたが、セドリックがじっとオレリアを見つめていた。
「俺が想っているのは、君だけだから」
はっきりとした物言いに、オレリアの方が恥ずかしくなってくる。顔が熱くなって、頬が赤くなるのを感じた。
照れずにそんなことを言ってくれるが、セドリックも顔が真っ赤になっている。
「わ、私もです。研究に熱心だからだけではなくて、厳しくとも心優しいところも、頼りになるところも、私に気づかないところをたくさん指示してもらえることも、」
「研究について重きを置く感じか?」
「そ、それだけではないですよ!?」
力説すると、セドリックはくつくつと笑う。それから、研究熱心については同意見だとして、それだけではないからな。と同じことを言ってきた。
「気が合うというのは、大切だと思う。けれど、それだけではなくて、思ったより多くのことに動じなかったり、令嬢らしからぬところに驚かせられたりしたからだな。ああ、こういう令嬢もいるのかと」
「それは、物珍しいという……」
「そ、そういうわけでは!」
言い合って、オレリアとセドリックは顔を見合わせてお互いに吹き出す。
「一緒にいて、気が楽だったんだ。それだけでは、ダメか?」
セドリックは耳を垂らした子犬のように、しょんぼりと体を小さくさせる。そんな小さな理由だとセドリックは思っているようだが、オレリアはその気楽さという理由について、むしろ安堵した。
「ダメではないです。私もそう思います。一緒にいて、心が穏やかになるんです。温かくなって、もっと一緒にいたいなって、会うたびに思うんです」
はっきり口にすれば、セドリックは耳まで赤くなった。
隣同士で座りながら、そっと指先に触れて、その手をお互いに握る。温もりを感じるだけで、心が落ち着いてくる。目が合えば、笑みが溢れて、ただそれだけで幸せな気分になってくる。
「婚約式が楽しみです」
「そうだな。待ちきれない」
婚約式は、卒院したらすぐに行われる。その準備に飛び回ることになるだろうが、それも楽しみだ。
微笑みあって、セドリックはオレリアの髪をそろりと耳にかきあげ、頬に触れた。触れた指が温かく、セドリックの緊張が指から伝わるようだった。吐息に触れるほど近くに寄せられて、セドリックの瞳と目が合うと、オレリアはゆっくりと瞼を閉じた。
「そっちの花とって!」
「待って? 誰よ、ここにこんなの置いたの!」
メイドたちが走り回る声を聞きながら、オレリアは鏡の前で化粧を施されていた。
普段化粧をしないので、なにが乗っているのかわからないが、メイドたちがたくさん褒めてくれたので、ぎこちなくも、それなりに見れるようになったのだと思い込む。母親から、これからはしっかり装わなくてはダメよ。と注意されたのだが、化粧にかかる時間を思うと、研究に注ぎたいと考えてしまうのはまずいだろうか。
開いた扉の先にいたのは、装ったセドリックだ。そのなりが、あまりに眩しすぎて、目を瞑りたくなる。
「美しすぎて、眩しいです」
「それは俺が言うセリフだろう??」
セドリックは突っ込みを入れてくるが、本当に麗しくて、目が潰れそうだ。それなりの装いでも、セドリックでは完璧になりすぎて、オレリアの目が慣れてくれない。
これは、母親の言うとおり、装いに気をつけなければならない。まともに装ってこなかったことが悔やまれる。失恋して恋に興味を失った弊害だ。知らず勉強のためだと言って、自分の身なりを気にしなさすぎていたかもしれない。格好はともかく、化粧くらいは学ばなければならないようだ。
「前のパーティを思い出しますね」
「君を一人にして絡まれてしまったがな」
「また守ってくれれば、大丈夫です」
最初は学生だからと助けられてばかりだったが、これからはオレリアもセドリックを守れればいいのだが。
表に出るセドリックを前に、オレリアが立ちはだかると言えば、セドリックは難色を示した。
「無理に前に出る必要はない。君が俺を守りたいと思うと同時、俺も君を守りたいのだから」
暗に、エヴァンとは違うと言われた気がして、オレリアは口籠もった。好きな人を守りたいという気持ちは同じだが、セドリックもオレリアを守ってくれる。お互いに、お互いを尊重して、手を取り合っていけるのだ。
そんな当たり前のことに気づいて、オレリアは羞恥した。エヴァンについて、ただ自分が我慢して、エヴァンを守れればいいと思っていた。それは間違いだとセドリックに諭されて、じわじわと大切にされるという気持ちを感じはじめる。
「失恋して、もう誰も好きにならないって、思ってました」
「俺も、女はこりごりだと思っていた。その、これから大変だとは思うが」
セドリックは第二継承権を持っているため、オレリアは王族のルールなども勉強することになる。王族の人数が少ないため、セドリックが代理で外交などを行うことがあるからだ。
「楽しみです。子供の頃からは想像できないほど、たくさんのことを学べるようになったのですから」
子供の頃は体が弱く、空気の良いところで過ごす必要があった。しかし、その苦労があって、薬学魔法士として、病で苦しむ子供たちや、多くの人々を治療するために働くことができる。そして、これから一緒に、愛する人と過ごしていけると思えば、新しい学びも苦にはならない。むしろ楽しみで仕方がなかった。
差し出されたセドリックの腕に触れて、オレリアとセドリックは前を向いた。
扉が開く。
セドリックの隣にいても、彼の恥とならないように、自分を磨きたい。
オレリアは背筋を伸ばし、セドリックと共に、皆の待つ会場へと、足を踏み入れた。




