40 Side1
「どうして、こんなことになるの」
カロリーナは髪の毛を掻きむしるようにして、ぼさぼさに垂れた髪の毛を首元で握りしめた。
ずっと昔から、あの女は邪魔だった。
子供の頃から、蝶よ、花よと育てられてきた。子供ながら、整った目鼻立ち。目はくりくりとして大きくて、まつ毛は長い。類稀なる美貌。まるで精巧な人形のよう。女の子からも男の子からも見られて、親たちはあんな愛らしい子がいて羨ましいと、両親に口々に言う。
ターンフェルトの学院に入れば、あっという間に噂になった。愛らしい少女。声をかけられないほどだと言われて、遠目から見られる。声をかけてくるのはみな、自分に自信がある者ばかり。けれど、それらはカロリーナを御しやすくしようと、あることないこと言い聞かせ、飾り物のように扱っていた。
お姫様扱いされるのはいい。けれど、本物の人形のように扱われるのは、気分が悪い。自由にされて、飽きられるような人形ではない。
だから、少しだけ、自分から操ろうと思ったのだ。
小さく囁いて、その気があるようにしてやればいい。そうすれば花でも何でも買ってきてくれ、もっと近くにいようとしてくる。自由にさせるのはこちらだ。言うことをきかせるのもこちら。
主導権を握っているのはこちらだと気づかれないように。けれどそればかりでは飽きてしまう。
そうして、カロリーナは出会った。純真で無垢な、愛らしい男の子を。自分の隣にいても遜色のない、完璧な相手を。
けれどその子には、一緒にいる女の子がいた。
嫉妬というものを感じたのは、その時が初めてだった。
だから色めき立つ他の女の子を注意して、自分に興味を持たせた。それから、見ないふりをして、こちらを見る視線を確かめた。そうやって、何度も興味がないふりをした。興味を持っていないと見せかけながら、彼の視界に何度も入り、相手に興味を持たせるように動いた。そうして、最後にハンカチを落として、エヴァンと接点を持った。
少しずつ。少しずつ、距離を減らしていけばいい。
やっと親しく話すようになったのに、エヴァンはいつもあの女の話。どうして私と一緒にいるのに、あの女の話をするの?
だから噂を流した。私たちはうまくいっていることを。お前なんかではない、私と彼は、一緒にいるのだと。
エヴァンは恋愛をよくわかっていない。だから伝えるのだ。
「私たちは仲が良くなったのかしら。きっと他の友達のようにうまくいっているのよね」
「そうだね。オレリア以外の女の子と話すことなんてなかったけど、カロリーナならうまくいっている気がする」
それでもいい。オレリアとの間に亀裂が入れば。亀裂が入ってから、そこに割り込めばいいのだ。それからエヴァンを自分のものにすればいい。ただそれだけ。
オレリアに、私たちのことを伝えて。私たちは仲が良くなったのよ。と。
エヴァンは復唱するように、うまくいった。と伝えただろう。それでいい。私たちはうまくいったのだ。これからそうなるのだから、嘘ではない。
そうこうしていれば、オレリアがいなくなった。
なんてこと。他の奴らに手を出させることもなく、敵が消えた。
けれど、そこに邪魔が入る。都から遠い親戚という男がやって来て、カロリーナを養女にしたいと言うのだ。
王女付きの侍女になり、王の甥である男に嫁がせて、家の繋がりを持ちたいという。その理由は後から知ったが、その頃は知らなかった。だから、嫌だと何度も断った。
カロリーナが嫌がろうと、両親が決めたのならば従わなければならない。せっかくエヴァンと一緒にいられるのに。それなのに、エヴァンと別れ別れになってしまう。
そんなのは嫌だ。
だから、都に行くことを了承する代わりに、寂しいから幼馴染を連れて行きたいとお願いをした。
わがままに見えないように。いつも守ってくれる、騎士のような幼馴染の夢を叶えてあげたい。たまに話し相手になれればいい。お互い成長していければいいだけだと。
遠い親戚の男は、仕方なしに見習い騎士としての道を与えた。その後、騎士として推薦できるかというのはわからないと言いつつ。
それでもいい。その頃には何か別の手を考える。とにかくエヴァンも一緒に都に行ければ、なんでもいいのだ。
カロリーナはそのお願いをしたため、侍女になるための勉強をしなければならなかった。
マナー。マナー。とにかくマナー。王女の侍女になるべく、上品な挨拶をして、上品に笑う。上品に。
それらは得意なことで、特に問題はなかった。いつもと同じだ。勉強はしなければならないが、答え方さえ間違わなければいい。
マナーの女教師はうるさかったが、王宮について教える男の教師は甘い。眠る暇なく学んでいる中、これからの不安を吐露し、どうすれば良いのかと問えば、簡単に陥落した。それなりにいい年なのに、舌舐めずりをするようにしてこちらを見てくるのだから、それを使えばいい。簡単なことだ。
だから暇はあって、何度もエヴァンに会いにいった。見習い騎士のエヴァンに時間はなかったが、何とか理由をつけて、エヴァンを呼び出した。最初は付き合ってくれたけれど、そのうち時間がないからと言って、断るようになっていた。
それが許せなかった。
私が、私のおかげで、都で騎士見習いになれたのに!
王宮へ挨拶に行くことになり、王女の侍女への道を歩み始めた頃、エヴァンの様子を聞いた。真面目に見習いをしていて、それなりに育ったが、まだ騎士にはなれない。
けれど、せがんでエヴァンを騎士にしてくれるようにお願いした。王女の侍女になるのならば、きっと心細い思いをする。いつも会うことはなくても、エヴァンが頑張っている姿を見るだけで、王女の侍女として頑張れるからと。
「やっと、騎士になれたんだ」
エヴァンの純真無垢で、屈託のない笑顔を見て、私のおかげなのよ? と言いたくなるのを我慢して、エヴァンがどれだけ頑張ったかを何度も褒めて、喜んで見せた。エヴァンは恥ずかしそうにして、やっと夢が叶ったと言っている。
私のおかげだから感謝しなさいよ。何度も言いたくなるけれど、エヴァンは何も知らないまま、喜んでいればいい。表も裏もないエヴァンといると安心する。馬鹿な子だけれど、そこがいいのだ。疑う心を持たないまま、そのまま成長すればいい。他のおべっか使いたちや、人の顔や体ばかり見てくる男たちにはうんざりしている。人の足を引っ張ろうとしてくる女たちも、みんな邪魔。
エヴァンだけいればいい。エヴァンが側にいてくれればいいのだ。
王女の侍女になっても、王の甥という男は姿を現さなかった。居場所がわからないなんて、そんなことある? 数年前にパーティに出席して以来、姿を消して、どこにもいない。義父が王に問うても、ただ笑うだけで教えてくれないというのだ。
だから、その男を陥落せよと命じられても、どうにもできない。義父も頭を抱えていた。せっかく王女の侍女になったのに、何の意味もないと。




