38 動機
重そうにしながらも、カロリーナはもう一度剣を振り上げた。勢いよく振り抜かれた剣先が、オレリアの目の前に降りてくる。防御の結界で剣を弾き飛ばし、反撃しようとした瞬間、
「オレリア!」
声と同時、カロリーナが悲鳴を上げて吹っ飛ばされた。地面に滑るように倒れ込み、花壇にぶつかって、カロリーナが白目を剥いて転がった。
「オレリア! 大丈夫か!?」
「セドリック様。私は大丈夫です」
「よかった、無事で!」
セドリックがオレリアを起こすと、すぐにオレリアの腕を取り、血の固まった傷を癒してくれた。
「なんで、すぐに反撃しなかったんだ!」
「カロリーナの供述を聞こうと思って。興奮して、なんでも話しそうな雰囲気があったので」
「そんなことで! はあ。……君は、エヴァンのせいで、自分を犠牲にすることに慣れすぎていないか?」
そんなことはない、と言いたいが、慣れすぎて、何も思わなくなっているところはあった。興味のない者たちからのそしりに、傷つく心は持っていない。むしろ、言質を取って、あとで返そうと思っているため、ある程度受け止めているところはあった。攻撃をされても、やり返す方法は知っている。攻撃を受けてから、それを理由に、叩きのめすくらいの気持ちがあった。やったことはないが。
しつこく言われるうちに悟るのだ。言わせておけばいい。あとでどうなるかは知ったことではないが。と。
「私の方が、強いと思っていたので」
「それはそうかもしれないが、もしものことがあるかもしれないだろう!?」
セドリックの大声に、オレリアは目を瞬かせた。
「いや、怒りたいわけではなくて。……無事で良かった。剣を振り下ろしているのが見えて、何が起きているのかと」
「すみません……」
怒鳴られて呆然としていれば、セドリックは他に怪我がないかを確認して、大きく安堵の息を吐くと、オレリアを抱きしめた。伝わる体温は熱く、鼓動もとても早い。オレリアの鼓動の音かと思うほどだ。よほど心配させてしまったのだろう。
いつもエヴァンの前に出て、身を挺していたから、心配されると不思議な気持ちになる。
きつく抱きしめられた腕に恥ずかしさも感じたが、その腕の強さに、むしろ心地よさを感じた。肌に触れているだけで、鼓動が少しずつゆっくりになっていく。互いに落ち着きを取り戻しているとわかって、セドリックは頬を寄せると、深い緑色の瞳でオレリアの瞳をとらえた。
「オレリア……」
「セドリック様」
緑色の瞳が下ろした瞼で見えなくなりそうな時、遠くでリビーの声が聞こえた。
カロリーナはどうやってか、警備二人をのして剣を奪ったようだ。二人の警備は血まみれで、警備から剣を奪ったのは間違いなかった。
植物園で警備が倒れていると通報があったらしく、リビーと共に、騎士たちが慌てるようにやってきた。
リビーの声に、セドリックが焦るように立ち上がり、オレリアも顔を真っ赤にして急いで立ち上がった。
怪我でもしたのかとリビーを心配させてしまったが、セドリックが治してくれたし、カロリーナの細腕ではオレリアは反撃できるので、大丈夫だったと釈明した。
騎士たちは気を失ったカロリーナを担いで外に出し、倒れていた警備二人を見つけた。
(恥ずかしい。リビーさんに見られていたかしら)
セドリックは何事もなかったかのように、騎士たちやリビーに指示して、オレリアは先に屋敷に帰らせた。
そうして、本来なら動いてはいけないはずのセドリックが屋敷に帰ってきたのは、夜になった頃だった。
「あの女が関わって、何人かがおかしな行動に出たことは、ターンフェルトの学院時代もあったそうだ」
セドリックは、今まで調べていたことを教えてくれた。
カロリーナはオレリアが学院を去る前から、何かと行なっていたらしい。オレリアは女友達が少なかったため知らなかったが、カロリーナに関わった女の子が、見知らぬ男から嫌がらせにあったり、襲われたりするなどあって、カロリーナに関わると怖いことが起きると思っていた女の子は、何人かいたそうだ。
オレリアが学院を去った後、カロリーナはほとんど血が繋がっていないような、遠縁のバルテルス副大臣の養女になった。バルテルス副大臣は、養女がセドリックの相手として選ばれるように、器量の良い女の子を探していたのだ。
当初、カロリーナはセドリックを知らなかったため、乗り気ではなかったのだろう。権力のある家に養女として引き取りたいと言われ、カロリーナの両親は抗えるはずがなく、カロリーナはバルテルス副大臣の養女となった。
そして、その際に交換条件に出した話が、一人では寂しいから、幼馴染も呼んでほしい。というものだった。
「エヴァンは、それで騎士になれたようだな」
「カロリーナを養女にした、バルテルス副大臣の推薦、ですか」
「カロリーナの甘言で、エヴァンを騎士見習いとして、身分ある屋敷にやったそうだ。それから騎士に推薦した。副大臣の口利きでは、断るのも難しかっただろう。そうして、エヴァンは、王宮の騎士として働くことができるようになった」
「そんなことで、エヴァンは……」
ターンフェルトの学院での剣術大会で、騎士見習いになるよう誘われたと言っていた。それがカロリーナによって行われたと知れば、エヴァンはどれだけ悲しむことか。エヴァンの夢につけこんで、カロリーナはエヴァンを騎士にした。エヴァンは実力で騎士になれたと思っていただろう。
そうしてカロリーナは、エヴァンを側におくことに成功した。王宮では恋人とは告げず、同郷として周囲には伝え、実際は恋人として付き合っていたのだ。
しかし、そこに、幼馴染であるオレリアが現れる。
エヴァンはオレリアに普段通り振る舞った。エヴァンにとっては日常茶飯事でも、カロリーナは良い気持ちではない。エヴァンに無神経なところがあったとはいえ、カロリーナは嫉妬で、色々な手を打っていた。
処理物を盗んだ配送員も、オレリアを犯人に仕立てた金髪の騎士も、仲間を殺した黒髪の騎士も、すべて、カロリーナの色香に騙された者たちの仕業だったのだ。
オレリアが犯人だと決めつけたのもそのせいだ。カロリーナに夢中になった者たちを使い、オレリアを陥れようとした。




