37 故郷
「もしかして、私が両親と一緒に住めないとでも、勘違いしているの?」
「違うの? 叔母さんはオレリアの両親について教えてくれなかった。大きくなったら教えてくれると言っていたけれど、それより前に、オレリアが学院を変えてしまったんだ」
「叔母夫婦の身分が高いことは、知っていたでしょう?」
「知っているけど。でも、都にいる貴族たちの身分よりは、ずっと低いよね?」
ターンフェルトは地方の田舎町だが、それなりに身分の高い人はいる。叔父は医療魔法士で、各地方の医療魔法士の水準を上げるために、王宮から遣わされている身だ。叔父はもちろん、その妻である叔母はもともとの身分も高い。二人が住んでいた屋敷の広さは他にはないのだから、オレリアと遊んでいれば、身分が高いくらいわかるはずだ。
叔母が身分関わらず皆に優しいから、エヴァンは身分について考えなかっただけではないだろうか。
「私のお父様は王宮でお仕事をしている。って、昔言ったでしょう? 叔母は父の妹よ? 叔母夫婦が住んでいた屋敷も、とても大きなものだったでしょう? それに、叔父の持つ屋敷は、ターンフェルトだけではないのよ? 私のために、あの街に住んでいただけで。私が出て行った後、叔母も別の街へ移動していなかった? 季節によって住む場所を変えていたはずだわ。叔父は医療魔法士だから、転々として、その土地土地で医療を指導していたのよ。私たちが学院に行っていた頃も、叔父が留守のことは多かったでしょう?」
「子供の頃の話だったから、王宮って言われても、王宮は広いし。叔父さんは時々いなかったりしたけれど。住む場所を、変えてたって……?」
叔母夫婦は、オレリアの病気のために、環境の良い地方の屋敷で過ごしてくれていた。父親は渋ったが、オレリアにとって都より地方の方が体に良かったため、わざわざ地方で過ごしてくれるという叔母夫婦に、オレリアを預けたのだ。
医療魔法士の叔父は仕事があるため、時折出かけて戻らないことがあった。オレリアがいなくなって、叔母は叔父についていったはずだ。だから季節によって、屋敷を留守にしていることは多かっただろう。
オレリアは、幼少にその話をした覚えがあるが、エヴァンは覚えていないか、眉間に皺を寄せた。
「オレリア、はっきり言った方がいい。君はわかっていないんだろう。オレリアの父親は、この国の大臣だ。若手大臣として、王も一目置いている。オレリアの身分についても、知っている者は知っている。彼女は大臣の娘だからな」
「大臣……? え、じゃあ、王の甥とパートナーだったって、本当のこと……? 身分は、問題ないってこと?」
「その通りだ。俺のパートナーでも、何の問題もない」
身分など関係なくパートナーにしてくれただろうが、エヴァンを言い負かすにはちょうど良いと、セドリックははっきりと言いやる。一瞬オレリアに瞬きをしたので、わざと強調したようだ。セドリックは身分を気にしない。本人が一番重要視していない。オレリアもそれはわかっていると、セドリックの手を握った。その手を握り返されて、胸が温かくなった。
「俺って……」
「俺が、王の甥だ」
「そんな。ぼ、僕は、知らない。何も知らないからな。僕は、関係ない!」
「エヴァン? ちょっと、エヴァン!?」
エヴァンが取り乱すように言うと、途端、踵を返し、逃げるように走り去っていった。
「どうしたっていうの……?」
「オレリア。エヴァンがどうやって王宮の騎士になったのか、聞いたことはあるか?」
「騎士見習いをしていた家から、紹介を受けたって聞いていますが。……それが、なにか?」
「いや。またこんなことがないように、エヴァンに呼ばれても、一人で出ないようにな」
「はい、そうします」
エヴァンはどうしたのだろうか。セドリックはただ無言で、何かを考えているようだった。
セドリックは気になることがあると言って、研究所に戻っていった。まだ体調は万全ではないので、ついていこうとしたが、すぐに戻ってくると言って、行ってしまった。
「局長が来たの?」
「今、研究所に戻っていきました。薬草調合して飲んできたから大丈夫だと言って」
「局長も呆れたものね。少し休んだくらいで、王宮に来るなんて。なまじ体力があるから、すぐ無理をするのよ。まあ、大丈夫だと言っているなら、大丈夫でしょう。でもちょうどよかったわ。私も局長に確認したいことがあったのよ」
セドリックに確認してもらいたい書類がたまっているのだと、リビーもすぐに戻ると言って、研究所へ走っていった。セドリックが急に休むことになったため、確認待ちの書類は多かったようだ。
それにしても、エヴァンはどうしたのだろう。あんな風に焦ったような雰囲気を見たのは初めてだ。
オレリアは先ほどのことを考えながら、魔力を注ぐ。しかし、気が散ってしまって、集中できない。
あとで騎士寮に行ってみようか。けれど、大きな荷物を持っていた。任務でもあって、ターンフェルトに帰る予定でもできたのだろうか。
(急に故郷に帰りたくなる理由って、何かしら)
どうして、今さらターンフェルトに一緒に帰ろうなどと、口にしたのだろう。
考えてもよくわからない。ため息をついて、魔力を流すのをやめた。集中力が無さすぎて、量を間違えそうだ。
「はあ。少し休憩しようかしら」
両手を伸ばして伸びをして、軽く腕を回していると、ガサガサ、と草の上に何かが落ちたような音が耳に入った。実でも落ちただろうか。ここには大型の実をつくる植物がある。しかし、まだ熟れるには早いはずだ。
エヴァンが戻って来たのだろうか。
「誰かいますか?」
少し近寄って声をかけたが、返事はない。草に触れる音も聞こえない。
気のせいか。足を踏み入れたような音ではなかったので、何かが落ちたのかもしれない。
踵を返して戻ろうとした時、目端に銀色の煌めきが入った。
「きゃあっ!」
目の前に銀色の金属が降ってきて、オレリアは咄嗟に転がるように避けた。
金属が床に当たり、鈍い音を出す。それを握っている手は細く小さな手で、見上げれば、ひどい形相をしたカロリーナが立っていた。
カロリーナは剣の切先を上げると、勢いよく振り下ろした。彼女の腕に合っていない、大振りの剣だ。誰かの剣を奪ったのか、まるでハンマーで打つかのように振ってくる。一度尻餅をついてしまったせいで、転がって逃げるのに精一杯だ。立ちあがろうとすれば、すぐにカロリーナが剣を振った。
「あんたのせいで、全部めちゃくちゃだわ!」
叫ぶように言いながら、剣を振り下ろす。それを避ければ、カロリーナは目を見開きながら、顔を歪めた。
「避けるんじゃないわよ!」
避けるに決まっているだろうが。剣が重いのか、カロリーナは剣を振った後に、力を入れて持ち上げようとする。その隙に立ちあがろうとしたが、そのまま横に振ってきた。いきなり横に振られて、オレリアは反応できずに、また床に座り込んでしまった。
「セドリック様のお相手として、私が選ばれたのよ。そのつもりで侍女になれと言われたの。なのに、どうして、侍女をクビにならなければならないわけ!?」
「エヴァンの恋人ではなかったの? エヴァンを取られると思って、私に嫌がらせをしてきたのではないの??」
「エヴァン? あの意気地なし! 騎士を辞めて、故郷に帰るですって! 誰のおかげで騎士になれたと思っているのよ! 可愛いから側に置いておいてあげたのに、私を裏切って!」
「何の話をして……、きゃあっ!」
カロリーナが剣を振り回した。切っ先が腕に当たり、オレリアは地面に倒れ込む。植物の根元に転がって、土に血が染みた。
カロリーナは興奮していて、放っておけば、なんでもペラペラ話しそうだ。目をギラつかせながら、横たわったオレリアを見て、ニヤリと口元を上げる。
「あんたが死ねば、せいせいするわ。ずっと邪魔で、仕方がなかったのよ!」




