表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/47

37 故郷

「もしかして、私が両親と一緒に住めないとでも、勘違いしているの?」

「違うの? 叔母さんはオレリアの両親について教えてくれなかった。大きくなったら教えてくれると言っていたけれど、それより前に、オレリアが学院を変えてしまったんだ」

「叔母夫婦の身分が高いことは、知っていたでしょう?」

「知っているけど。でも、都にいる貴族たちの身分よりは、ずっと低いよね?」


 ターンフェルトは地方の田舎町だが、それなりに身分の高い人はいる。叔父は医療魔法士で、各地方の医療魔法士の水準を上げるために、王宮から遣わされている身だ。叔父はもちろん、その妻である叔母はもともとの身分も高い。二人が住んでいた屋敷の広さは他にはないのだから、オレリアと遊んでいれば、身分が高いくらいわかるはずだ。

 叔母が身分関わらず皆に優しいから、エヴァンは身分について考えなかっただけではないだろうか。


「私のお父様は王宮でお仕事をしている。って、昔言ったでしょう? 叔母は父の妹よ? 叔母夫婦が住んでいた屋敷も、とても大きなものだったでしょう? それに、叔父の持つ屋敷は、ターンフェルトだけではないのよ? 私のために、あの街に住んでいただけで。私が出て行った後、叔母も別の街へ移動していなかった? 季節によって住む場所を変えていたはずだわ。叔父は医療魔法士だから、転々として、その土地土地で医療を指導していたのよ。私たちが学院に行っていた頃も、叔父が留守のことは多かったでしょう?」

「子供の頃の話だったから、王宮って言われても、王宮は広いし。叔父さんは時々いなかったりしたけれど。住む場所を、変えてたって……?」


 叔母夫婦は、オレリアの病気のために、環境の良い地方の屋敷で過ごしてくれていた。父親は渋ったが、オレリアにとって都より地方の方が体に良かったため、わざわざ地方で過ごしてくれるという叔母夫婦に、オレリアを預けたのだ。

 医療魔法士の叔父は仕事があるため、時折出かけて戻らないことがあった。オレリアがいなくなって、叔母は叔父についていったはずだ。だから季節によって、屋敷を留守にしていることは多かっただろう。

 オレリアは、幼少にその話をした覚えがあるが、エヴァンは覚えていないか、眉間に皺を寄せた。


「オレリア、はっきり言った方がいい。君はわかっていないんだろう。オレリアの父親は、この国の大臣だ。若手大臣として、王も一目置いている。オレリアの身分についても、知っている者は知っている。彼女は大臣の娘だからな」

「大臣……? え、じゃあ、王の甥とパートナーだったって、本当のこと……? 身分は、問題ないってこと?」

「その通りだ。俺のパートナーでも、何の問題もない」


 身分など関係なくパートナーにしてくれただろうが、エヴァンを言い負かすにはちょうど良いと、セドリックははっきりと言いやる。一瞬オレリアに瞬きをしたので、わざと強調したようだ。セドリックは身分を気にしない。本人が一番重要視していない。オレリアもそれはわかっていると、セドリックの手を握った。その手を握り返されて、胸が温かくなった。


「俺って……」

「俺が、王の甥だ」

「そんな。ぼ、僕は、知らない。何も知らないからな。僕は、関係ない!」

「エヴァン? ちょっと、エヴァン!?」

 エヴァンが取り乱すように言うと、途端、踵を返し、逃げるように走り去っていった。


「どうしたっていうの……?」

「オレリア。エヴァンがどうやって王宮の騎士になったのか、聞いたことはあるか?」

「騎士見習いをしていた家から、紹介を受けたって聞いていますが。……それが、なにか?」

「いや。またこんなことがないように、エヴァンに呼ばれても、一人で出ないようにな」

「はい、そうします」

 エヴァンはどうしたのだろうか。セドリックはただ無言で、何かを考えているようだった。










 セドリックは気になることがあると言って、研究所に戻っていった。まだ体調は万全ではないので、ついていこうとしたが、すぐに戻ってくると言って、行ってしまった。


「局長が来たの?」

「今、研究所に戻っていきました。薬草調合して飲んできたから大丈夫だと言って」

「局長も呆れたものね。少し休んだくらいで、王宮に来るなんて。なまじ体力があるから、すぐ無理をするのよ。まあ、大丈夫だと言っているなら、大丈夫でしょう。でもちょうどよかったわ。私も局長に確認したいことがあったのよ」

 セドリックに確認してもらいたい書類がたまっているのだと、リビーもすぐに戻ると言って、研究所へ走っていった。セドリックが急に休むことになったため、確認待ちの書類は多かったようだ。


 それにしても、エヴァンはどうしたのだろう。あんな風に焦ったような雰囲気を見たのは初めてだ。

 オレリアは先ほどのことを考えながら、魔力を注ぐ。しかし、気が散ってしまって、集中できない。

 あとで騎士寮に行ってみようか。けれど、大きな荷物を持っていた。任務でもあって、ターンフェルトに帰る予定でもできたのだろうか。


(急に故郷に帰りたくなる理由って、何かしら)

 どうして、今さらターンフェルトに一緒に帰ろうなどと、口にしたのだろう。

 考えてもよくわからない。ため息をついて、魔力を流すのをやめた。集中力が無さすぎて、量を間違えそうだ。


「はあ。少し休憩しようかしら」

 両手を伸ばして伸びをして、軽く腕を回していると、ガサガサ、と草の上に何かが落ちたような音が耳に入った。実でも落ちただろうか。ここには大型の実をつくる植物がある。しかし、まだ熟れるには早いはずだ。

 エヴァンが戻って来たのだろうか。


「誰かいますか?」

 少し近寄って声をかけたが、返事はない。草に触れる音も聞こえない。

 気のせいか。足を踏み入れたような音ではなかったので、何かが落ちたのかもしれない。

 踵を返して戻ろうとした時、目端に銀色の煌めきが入った。


「きゃあっ!」

 目の前に銀色の金属が降ってきて、オレリアは咄嗟に転がるように避けた。

 金属が床に当たり、鈍い音を出す。それを握っている手は細く小さな手で、見上げれば、ひどい形相をしたカロリーナが立っていた。


 カロリーナは剣の切先を上げると、勢いよく振り下ろした。彼女の腕に合っていない、大振りの剣だ。誰かの剣を奪ったのか、まるでハンマーで打つかのように振ってくる。一度尻餅をついてしまったせいで、転がって逃げるのに精一杯だ。立ちあがろうとすれば、すぐにカロリーナが剣を振った。


「あんたのせいで、全部めちゃくちゃだわ!」

 叫ぶように言いながら、剣を振り下ろす。それを避ければ、カロリーナは目を見開きながら、顔を歪めた。

「避けるんじゃないわよ!」


 避けるに決まっているだろうが。剣が重いのか、カロリーナは剣を振った後に、力を入れて持ち上げようとする。その隙に立ちあがろうとしたが、そのまま横に振ってきた。いきなり横に振られて、オレリアは反応できずに、また床に座り込んでしまった。


「セドリック様のお相手として、私が選ばれたのよ。そのつもりで侍女になれと言われたの。なのに、どうして、侍女をクビにならなければならないわけ!?」

「エヴァンの恋人ではなかったの? エヴァンを取られると思って、私に嫌がらせをしてきたのではないの??」

「エヴァン? あの意気地なし! 騎士を辞めて、故郷に帰るですって! 誰のおかげで騎士になれたと思っているのよ! 可愛いから側に置いておいてあげたのに、私を裏切って!」

「何の話をして……、きゃあっ!」


 カロリーナが剣を振り回した。切っ先が腕に当たり、オレリアは地面に倒れ込む。植物の根元に転がって、土に血が染みた。

 カロリーナは興奮していて、放っておけば、なんでもペラペラ話しそうだ。目をギラつかせながら、横たわったオレリアを見て、ニヤリと口元を上げる。


「あんたが死ねば、せいせいするわ。ずっと邪魔で、仕方がなかったのよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ