33 毒
「どういうことでしょう?」
「吐き気をもよおす何かを食わせたかなんかして、集団食中毒にする。状態によっては家や寮に帰れない。王宮の医療室で、一晩は様子見になる。警備はあっても、医療室の出入り口を見張る奴はいない。侵入して毒を入れる。ってかんじなら、殺された二人に、なにかしらの恨みがあると思った方がよくないか?」
それをこじつけで、オレリアのせいにする。そのオレリアのせいにしたい理由も、よくわからない。ありえるならば、とディーンが呟く。
「やっぱり、学生で、平民と思われてるとか? 俺もやられたからな」
ディーンは平民で、優秀な成績を持っており、学院では教授たちに一目置かれていたそうだ。それに腹を立てた貴族たちに、なにかと嫌がらせをされていた。実験物を壊されたり、荷物を盗まれたり、ありもしない噂を流されたり。まるで今のオレリアのようなことが、何度も行われた。
三年目になった時、それを否定してくれたのがセドリックだったそうだ。そのおかげで、研究員への道が閉ざされずに済んだ。
「でも、オレリアさんは貴族じゃん。しかも、大臣の娘。騎士どもは知ってるかどうか知らないけど、医療魔法士の局長は知ってるんだって?」
「叔父が医療魔法士ですし、ナヴァールの名字で薬学魔法士を目指すと聞けば、すぐにわかったらしいです。他の方々はわかりませんが、医療魔法士の局長については、父が口止めしてくれたそうで」
「オレリアさんは、血縁関係で、コネと思われてもしょうがないからなあ。隠す気持ちはわかるよ。ただの貴族ならともかく、大臣の娘ってのは大きいよね。身分が高いと、能力があろうとなかろうと、コネだと言われがちだもんな。局長もそうだったし」
セドリックは特にやっかみがひどかったようだ。どれだけ能力があっても、その評価は王の甥として扱われる。それだけならまだしも、顔で資格を得たなど、不名誉な噂まで流れたそうだ。セドリックは中性的で、女性だけでなく、一定の男性にも人気があるからだ。
顔で籠絡させた。そんな噂を耳にしたセドリックの心境は、オレリアには想像できない。
薬学研究所の局長となれたのは、セドリックの努力の賜物だが、そういった理由もあって、王の甥という身分は隠された。
セドリックの場合、かなりの葛藤があったに違いない。なにをやっても、身分と顔のおかげと言われる。王もまたそれを感じ、局長の名前を伏せさせた。上層部は知っているため、局長という名称だけで今日まで過ごさせることができた。
セドリックに実力が伴っていることを見せつけるために、顔や身分を隠すことに同意したのかもしれない。今回の大会のように、どれだけセドリックが有能であるかを皆に知らせるか、考えているのだろう。
「オレリアさんの身分を知らない奴らが、オレリアさんを陥れようとしている。って言ってもな。度がすぎてるだろ。前の金髪騎士と同じで、学院卒院できなかった、ポンコツどもの嫉妬か? でもそしたら、俺の方がやられるよな。あいつらは前から騎士だろうし、あいつらから嫌がらせされたことはないからなあ。身分のせいじゃないのかな? なんつーの、一回そんな噂がたったから、便乗してって感じ? ちょうどよく使われてるみたいな」
全ての事件はオレリアのせい。その程度で扱っていいと思っている者がいるのかもしれない。無知で、短絡的で、頭の悪い誰かが、あの人のせいだと指をさす。
それが、騎士たちの間で起こっている。
「騎士って言っても、下っ端騎士だよな。オレリアさんの幼馴染とか、そのくらいの」
「エヴァンが関わっているとは、思ってません」
「まあそうだよね。そもそもあいつ、そういう小細工、絶対できないだろ。する意味もないし。身分でどうこう言われるとかも、考えたことなさそ」
ならば、なんなのだろう。ディーンが唸りながら回廊を歩いていると、近くで小さく悲鳴が聞こえた。メイドが二人、何かを指さしてから、気持ち悪いと言いながら、逃げるようにその場を去っていく。
「なんだ。なんかあんのか?」
「地面、指さしていましたけれど」
垣根の中を探すと、草に隠れて鳥が横たわっていた。
「死骸? なんでこんなに」
草むらにあったのは、小鳥の死骸だ。それが数匹。猫にでもやられたのか、集団で転がっている。
羽を広げたままだったり、横たわったりしているが、血痕や羽が落ちているわけでもない。
ディーンが触らないように足でつついて、転がす。やはり傷はない。しかし、気になるものが地面に染みていた。
「これ、何か吐き出したりしたんでしょうか。やたらフンも落ちているし」
「腹でも下したみたいだな」
オレリアはディーンと顔を見合わせた。
考えていることは一緒だ。小鳥が同じ目に合うならば、あれしかない。
オレリアとディーンは走り出す。騎士たちが御前試合を行う前にいた演習所を、端から調べ始めた。
「ないですね。外に面した水場だと思うんですけれど」
「あとは、あの水場だけだな。ここで違ったら、誰かが餌をやって試したことになる」
その外に設置された屋根のある水場は、排水溝に微かに水が溜まっていた。ディーンはそこで呪文を唱える。撫でるように添えた手が光ると、排水溝が虹色に光り、すぐに光を消す。しかし、その淵に、青く残っている部分があった。そこに手をかざせば、水がふわりと浮いて、ディーンの手の中でくるくると雫が球体になった。
「調べれば、なんの毒物かすぐにわかる」
そこは噴水のように水が湧き出るようになっており、受け皿に水が溜まっている。小鳥もここで水を飲むことができた。毒の入った水を飲んでしまい、人間ならば食中毒程度でも、小鳥たちには耐えられるものではなかったのだ。
「かなりの人数がこの水場で飲んだのでしょうけれど、ここは水が湧き出てきますし、どうやって水の中に毒を混ぜたんでしょう」
「ここに出る前の水路に混ぜたかもしれないな。使用する演習場所が前々から決まっていて、その時間ずっと毒が流れるようにすれば、なんとかできるかもしれない」
「水より重い液体で、それが湧き出る水に押し出される。量によっては、数時間で毒は流れていく。ってところでしょうか」
「多分ね」
それならば、水を飲んでも大丈夫だった人と、ダメだった人が出る。同じ食事をしていなかった者も、食中毒の症状が出ていた。この水場の水を飲めば、食事は関係ない。
だが、この場所を使うと知っている者でなければ、犯行は不可能ではないだろうか。
「とにかく、毒を調べよう」




