25 意図
音楽が終わるまで、セドリックのリードに任せて踊り切ると、セドリックはそのままオレリアの腕を引いた。
「あれ、他の人と踊らないんですか?」
「踊ると思うか?」
「いえ、全然」
「向こうに逃げよう」
踊り終わった途端、女性たちの目が光ったように見えた。セドリックも視線を感じたのだろう。テラスに逃げて、一息つく。するとなんだかおかしくて、二人で笑ってしまった。簡単にテラスに逃げられて、セドリックは安心したのだろう。
一通り笑って、セドリックは口を閉じると、なにか言いたげにした。
「あの侍女は、君の幼馴染とは、参加しなかったな」
「副大臣の養女として、お披露目を兼ねているんじゃないでしょうか。王女の侍女をしているのだし、周知してもらうつもりで」
「養女か。嫌な予感しかしないな」
「嫌な予感?」
「いや、とにかく、これであの侍女が、何もしてこないといいが、どうだろうな」
不吉なことを言わないでほしい。
少し休憩していれば、窓の向こうで、宰相が待っているのに気づいて、セドリックはため息をついた。王が呼んでいるようだ。
「一人にするが、大丈夫か?」
「大丈夫です。私、耐性あるので。いってらっしゃい」
何度も振り返るので、残された子供みたいな気持ちになってくる。一人になった途端、女性陣の睨みが届いたので、それに気付いたのだろう。
面倒だと思うのは、目の前ではなく、別の場所で噂されることだ。目の前であれば、対処はできる。
周囲で、あの女が何者なのかという声を無視して、飲み物を取りに行く、途中で両親に会ったが、話しかけないで! という視線を送っておいた。
(泣きそうな顔、しないでちょうだいな。結局、しばらく家に帰っていないものね)
『あとで、はなし、きかせろ』
口だけで、そんなことを言ってくる。
父親が何者かわかれば、彼女たちは態度を変えるだろうか。
オレリアは表舞台にほとんど出ていないので、今のところは、一体何者なのかという視線で済んでいる。ここで、大臣の娘だとわかれば、本当に婚約でもするのかと噂されるだろう。
考えて、急に顔が熱くなってくる。誤魔化しておいて、何を恥ずかしがっているのか。自分で自分の首を絞めたのに。
しかし、誤魔化した手前、はっきり聞くのが怖くなってきた。
幼い頃に失恋して、それから勉学に勤しんできた。それから数年。誰かを好きになることもない。
この気持ちが、恋なのか、それすらわからない。慣れない状況に、ただ恥ずかしいだけなのかもしれない。エヴァンと一緒にいた時と、なんだか違うような気がするからだ。
(私って、恋愛初心者だったのよ)
ただ、セドリックといると、ほんのり心が温かくなる気がする。
こんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。どうしようと考えながら、それについて考えている場合ではなさそうだと、背筋を伸ばす。
(研究所の実習がコネだと言われたくないから、お父様のことは口にしないけれど、家名を聞いてもわからない人、案外多いのよね)
体が弱く、地方に住んでいたから、ほとんど都の社交界に顔を出していない。そのため、家名が同じでも、父親が誰なのかわかっていない人は多いのはわかるが、オレリアは、まがりなりにも、大臣の娘だ。
(だから、この場で私にちょっかいをかけると、後々面倒になるかもしれないわよ?)
それを、彼女たちに言う必要はないか。
若い女性が数人、オレリアに近づいてくるのが見えた。
王女の侍女たち。王女アデラは良い人のようだが、侍女たちはあまりよろしくない。
カロリーナはいつもの二人を後ろに従えて、オレリアの前にやってきた。
「あら、もうお一人でいらっしゃるの? 研究員でも、パーティに参加されるのね」
「どんなコネをお持ちなのかしら」
侍女の二人がせせら笑ってくる。研究員の立場のくせに生意気、とでも言わんばかりに文句を言ってくるのだが、オレリアはまだ研究員ではないし、本物の研究員の立場をあまりよくわかっていないようだ。おそらく、薬学魔法士と言われれば、恐れ多いと思うのだろう。研究所は、王宮の人がほとんど通らない、奥まった建物にある。そこにいる白衣を着た集団。なんの研究所なのか、知らない人は知らない。薬学魔法士と研究員が同じ立場だと、侍女たちもわかっていない。
これが王女の侍女とは、呆れて物も言えない。
まず、侍女二人がオレリアに喧嘩をうってくるのは、いつも通り。斥候のようだな。と思ってしまう。侍女二人がどうしてカロリーナに従っているのかと思っていたが、副大臣の養女であるため、他の侍女たちより立場が上になっているようだ。
さて、次は何を言ってくるかと待っていれば、カロリーナが口を開いた。
「オレリアさん、あの方のパートナーだなんて、驚きましたわ」
「虫除けにでも使われたのかしらね」
「避けてもらえるものかしら?」
カロリーナは侍女たちの言葉は気にせず話すが、侍女はその後に付け加えてくる。そこでカロリーナが叱咤する様子はない。
それを期待するつもりはないが、この態度では、やはり植物園の件は自作自演のような気がしてきた。
カロリーナが配送員を使い、毒を奪わせたことになるとして、封印を彼女が解けるのかは疑問だが。
セドリックもその線を調べさせていたが、カロリーナは魔法が使えない。真犯人は分からずじまいだ。他に誰か、手伝っている人間がいるのかもしれない。
「図星をつかれて、何も言えないのではないかしら」
せせら笑ってくるのを無視して、放置しようか考える。相手をするのが面倒になってきた。このパーティ会場で無礼を働いた場合、オレリアよりも彼女たちの立場の方が悪くなるのだが、注意するほど、オレリアは優しくない。
「研究員であれば、妙な薬でも使ったのではなくて?」
「毒を使うくらいですものね」
「カロリーナ様を傷つけるような人ですもの」
人が黙っていれば、まだ言うか、侍女二人が話を続ける。
「お二人とも、お待ちになって。私、オレリアさんに聞きたいことがあるんですの。ねえ、オレリアさん。私、勘違いしていたみたいですわ。ずっと二人は仲が良くて、お付き合いしているのだとばかり思っていたんです。だって、いつも一緒にいるでしょう? 幼馴染だからといって、あんな風に二人きりになるなんて、婚約を約束しているのだと思うのは、当然ではありませんか?」
何が言いたいのか、カロリーナは続ける。
「でも、今日は別の方をパートナーになさっていて、私の勘違いだってわかったのですけれど、彼はどう思うのかしら。まさか、二人を手玉に取っているわけではないのでしょう?」
その言葉に、ピンときた。この場でオレリアに汚名を着せたいのだろう。エヴァンの名前は出しておらず、誰かとセドリック、二人を天秤にかけて、二股しているとでも言いたいのだ。案の定、周囲の女性たちが耳を澄まして、こちらの会話を聞こうとしていた。




