24 パートナー
足の具合は問題ないのだろう。毒が塗ってあったとはいえ、大した毒ではない。傷が残ったというが、おそらくそこまでではない。あれだけ騒いだのだから、医療魔法士に治療してもらったはずだ。
それにしても、こちらを見るカロリーナの顔よ。目がすわっていた。
一緒にいるのは、エヴァンではなかった。エヴァンの身分でも、カロリーナに招待状が届いているならば、参加はできるだろうに。隣にいるのは、四十代くらいの男性だった。
その男が、声をかけてきた。
「これは、セドリック様。久しぶりのパーティ参加ですな。娘のカロリーナです。どうぞお見知りおきを。アデラ殿下の侍女をしております」
「ああ」
男はセドリックに話しかけるが、セドリックは一瞥して、軽く返す。その返し方は空気が冷え込むようだ。反応のないセドリックに、男は笑顔ながら、口元が引きつりそうになっている。どう続けるか考えていることだろう。しかし、隣のカロリーナがすかさず会話に入り込んだ。
「カロリーナ・バルテルスと申します。セドリック様には、初めてお目にかかります」
カロリーナはかつてないほど愛らしく笑い、セドリックに挨拶をする。
いや、何度も顔を合わせているぞ。とは言えない。オレリアは隣で、ぎゅっと口を閉じた。男もセドリックが薬学研究所の局長をしていると知らないようだ。
セドリックはカロリーナのことを知っているのだから、その笑顔に惑わされるかどうか。
それにしても、カロリーナは養女にでもなったのか。子供の頃はカロリーナ・オールダムだった。
(バルテルスって、副大臣の名前よね)
だから、王女の侍女になれたのだ。副大臣の養女となったのならば、娘を皆に紹介するために、二人でパーティに参加しているのだろう。
セドリックは軽く相槌を返しただけだ。初めましてでもないとはいえ、その返しに、副大臣がとうとう笑顔を引きつらせた。しかし、それを流すかのように、カロリーナは瞬きをして微笑んだ。強者すぎる。カロリーナは反応のないセドリックに話しかけるのは無理だと判断したか、オレリアに振り向いた。
「パートナーの方がいらっしゃったんですね」
「ええ、まあ」
「まさか、セドリック様とパートナーだとは思いませんでした。パートナーなら、エヴァンかと思っていましたもの」
どうして、そこでエヴァンが出てくるのだろうか。エヴァンをパートナーにするのは、カロリーナではないか。自分が副大臣と参加したため、エヴァンを連れてくるとでも思ったのか。
しかし、エヴァンはパーティに参加できる身分ではない。オレリアは大臣の娘として招待はあったが、それで連れてくると考えたのか。そんなことをすれば、人の恋人をとったと、次の日にはあちこちで噂するだろうに。
オレリアがエヴァンを誘うと思うのか?
それに、カロリーナはオレリアの身分は知らないはずだ。なにせ、副大臣ですら、オレリアが何者かわかっていない。ナヴァールの娘だと知っていれば、副大臣も挨拶をせざるを得ないからだ。
「オレリアさんが、その、驚きましたわ。エヴァンがなんて言うのか、とても心配になります」
「どういう意味ですか?」
「え、それは、」
カロリーナは口ごもりながら、なぜかセドリックを一瞬見上げて、よそよそしく視線を逸らす。言いづらそうにしてから、オレリアに向き直った。
「エヴァンは来たがると思うんです。だって、そうじゃないですか。エヴァンは、いつもオレリアさんを想っていますもの」
何が言いたいのだろう。オレリアがエヴァンを連れて来たら連れて来たで、カロリーナがうるさいだろう。やけにちらちらとセドリックを見やるので、セドリックにエヴァンを印象付けたいような雰囲気だった。そんなことをしなくても、エヴァンのことは知っているというのに。
「オレリア、ダンスを踊ろうか」
相手にするのは無駄だと言わんばかりに、セドリックはカロリーナの言葉を無視し、耳元に小声で囁いてくると、オレリアの手を取った。
カロリーナが、口元を引きつらせるのを我慢しているように見えたが、ただ頷く。そのままセドリックは、オレリアを促した。
「彼女は、何が言いたかったんでしょう?」
「気にすることはない。どうでもいいことさ。ところで、今日は名前で呼べよ」
この顔をしていて、局長とは呼ばないでくれよ? そう言ってくるが、名前で呼ぶなど、なんだか気恥ずかしい。
「オレリア?」
「せ、セドリック、様?」
「よし。合格」
セドリックはオレリアの手に口付ける。どうして、そんな真似をしてくるのか。ダンスなんて久しぶりで、踊れるかも不安なのに、そんな真似をして、オレリアの緊張を高めないでほしい。
「そ、それより、私が踊れるとお思いですか?」
「思っていない」
「むしろ、きょ、セドリック様が踊れるんですか?」
「バカにするなよ!?」
セドリックは当たり前のようにオレリアをリードしてくれる。パーティに参加していないくせに、ダンスの練習はしていたのか、ほとんどダンスの練習をしていないオレリアが、セドリックのおかげで、なめらかにステップが踏める。
「お。おお。おおおお」
「他に発言はないのか?」
「自分が上手くなったみたいです!」
「はは」
セドリックがあどけない笑顔を向けてくる。その表情に、セドリックに注目していた女性たちから悲鳴が聞こえたくらいだ。
(なんだか、ドキドキする)
息が弾みそうになるのは、ダンスが久しぶりだからだろうか。
セドリックの微笑みに、柔らかな雰囲気を感じて、不思議な気持ちになってくる。
「うん。やっぱり、髭面の方がいいですよ」
「今の、今で、その感想なのか??」
なぜかセドリックが眉を傾げる。不機嫌なような、拗ねたような顔をして、そうして、何かを思いついたかのように、いたずらっ子のような顔をすると、セドリックは急にオレリアを持ち上げた。
わっ、と周囲が声を上げる。
「セドリック様!?」
「仕返しだ」
「なんの仕返しですか」
「オレリア、すごく綺麗だ」
「きょ、せ、」
急に変なことを言わないでほしい。挙動不審になりそうだ。言葉も出てこず、顔がにやけそうな、口元が綻びそうな、どんな顔をしていいのかわからず、口元をぱくぱく開け閉めしてしまった。
そんな風に優しげに言われれば、本気にしてしまう。セドリックの方がよほど素敵なのに、褒められたら恥ずかしくて、顔に熱がこもりそうだ。
どうしてこれだけ接近している時に、そんなことを言うのか。照れるオレリアをからかっているに違いない。セドリックは踊りながら破顔した。
そんな笑顔を見れば、オレリアも恥ずかしくも笑顔になる。
ダンスがこんなに楽しいなんて。




