22 手伝い
「ご、ごめんさい。昔、拝見した時、遠目からでも年齢のわからない顔をされていたし、落ち着いた方だなって思っていましたので」
「そんな頭して、ヒゲはやしているからよ。そうよねえ。私だって、こんなのが息子だとは思いたくないわ。せっかく、可愛く産んであげたのに、しつこい者たち程度をあしらえないなんて。面倒を起こす者たちになど、しっかりわからせてやれば良いだけのことでしょう。それができないからと、顔を隠して逃げるような真似をして、情けないこと」
エリザベトはぴしゃりと叱る。王族ならばそれくらい当然に行うことだと言われてしまえば、セドリックは何も言えなかった。エリザベトはセドリックの母親だけあって、それこそ人外の美しさだ。母親とは思えないほど若く、愛らしい顔をしている。顔は小さいし手足は長く、それこそ人形のように美しい。王女時代は色々あったのだろう。
カロリーナとは違うのは、そこに堂々とした雰囲気があるからだろうか。偽りのない、自然体の美しさだ。
「お互い、虫除けに良いのでしょう? あなたの幼馴染の恋人の誤解も、少しは解けるのではないの?」
「それは、そうかもしれませんが」
オレリアに恋人がいれば、カロリーナも静かになるのではないかという、エリザベトの提案は、たしかに良いかもしれない。しかし、オレリアがセドリックの恋人だと思われては、セドリックも嫌がるだろう。
女性たちにとやかく言われることについて、オレリアも気分の良いものではないが、大抵のことは言い返せる。面倒なのは、カロリーナのように、わけのわからない言い掛かりをつけてくることだ。
「セドリックが守れば、なんの問題もないでしょう?」
「母上。いい加減にしてくれ。オレリアに失礼だろう」
「だってえ。王がうるさいのだもの!」
「結局、そこか!」
「そうよ。うるさいのよ、あの方は! 王女の心配だけしておきなさいと言っているのに、息子の相手はまだか、決まらないのか。なら、こちらで決めるぞ。って言うのだもの。だったら、私が決めた方がいいでしょう!?」
「よくない……」
「お前が決めないのだから、私が決めると言っているだけです。ねえ、オレリアさん。大丈夫よ。ナヴァール大臣も心配されているのではないの? お相手が決まっていないのは、お互い様。お互いに、偽装すれば良いのではなくて? それって、とっても面白いと思うのよ。それで、本当になっても良いのだし?」
「母上!」
エリザベトの勢いが激しい。オレリアの手をぎゅっと握りしめてくる。
「かねがね、娘が欲しいと思っていたの。だから、着飾ったりしたいのよ」
「趣旨が違っているから、手を離してあげてくれ。困っているだろう!」
「はあ、残念ね。では、一人で頑張りなさいな。王は本気でいらっしゃるわよ」
いい加減身を固めろと、王からの圧力がかかるとは。セドリックは頭を抱えた。いつまでも逃げられないとは思っていただろうが、こんなに早く言われるとは、考えていなかったようだ。
「悪かったな。先ほどは」
「いえ、エリザベト様の気持ちもわかりますし。私の両親にも、似たようなことは言われているのだろうなと、想像できます」
お互いに、いつも薬学の研究をしている。オレリアに至っては、貴族の令嬢らしく、淑女のための学院で終えるべきだという親は多いのに、魔法学院に入学した。
成績によっては、薬学魔法士として王宮で働ける可能性も出てくる。薬学魔法士の資格は卒院にかかっており、成績によっては資格が取れないかもしれない。
オレリアの成績でそれはないだろうが、父親にとっては、王宮で働けた方が安心できるだろう。最高の研究所で働いて欲しいと思っているのは、オレリアもわかっている。オレリアのわがままで、大臣の娘ではなく、薬学魔法士を目指す一学生として生活しているのだから、王宮に辿り着いてほしいのだ。そうすれば、周囲の誰も文句は言えない。
身分を隠しているのも同じ。研究に没頭するのも同じ。両親に心配をかけているのも同じ。
「親近感を抱くな」
セドリックも同じことを考えていると、恥ずかしそうに笑う。
なんだかおかしくなってくる。二人で笑い合うと、セドリックは、エリザベトの言う通り、反論もできないと、静かに肩を下ろした。
「わかってはいるんだがな。アデラが女王になれば、俺は彼女の補佐になるだろう。俺たちは継承権で争っていないし、仲もいい。アデラの今後のためにも、力になれる家の者を娶って欲しいんだ」
「家の力は、必要な時がありますからね。当然だとは思います」
もしもセドリックが娶った女性の家が、アデラを推さず、セドリックを推すようなことになれば、国の派閥が揺らぐことになる。無駄な争いに身を投じることは、セドリックもアデラも好んでいない。協力し合いたいのだから、セドリックの後ろ盾となり、意志を尊重する相手が必要だ。
セドリックは、薬学に通じているのだから、国のためにも良い補佐となるだろう。疫病の多い我が国の根底を覆し、支えになる人のはずだ。
その手伝いを、オレリアもできればいい。むしろ、それを目標にしたい。
「私も、お手伝いしたいです」
言葉が口から勝手に出て、急にストンと、心の中にその目標が入った気がした。オレリアの目標は、子供たちのための薬草作りだが、進む先は子供たちの病を少しでも減らすこと。それは、王宮で働く薬学魔法士として、基盤を支え、薬学の水準を上げることである。
「オレリア、それは、そういう意味で、とっていいのか?」
「え?」
一瞬、意味がわからなかったが、すぐにその意味に気づく。
(局長の相手が、私になったら? 何を考えているの。でも、もしも、そうなれるならば)
「毎日、研究三昧ですね」
「そ、そうだな」
(なにを言っているの!? でも、なんて答えればいいのか)
そんなつもりで言ったのではなかったが、セドリックの問いを否定できなかった。けれど、なんと答えれば良いのか分からず、誤魔化すようになってしまった。
セドリックは軽く気が抜けたようになったが、微かに笑う。そうして、突然、床に膝を突くと、オレリアの手を取った。
「オレリア。俺のパートナーに、なってもらえないだろうか」
「それって、ぎ、偽装ってことですよね! そ、それくらい、任せてください! 女の敵になるのは、慣れていますから。楽勝ですよ!」
「……君を、危険な目に遭わせたりはしない」
「局長……」
セドリックは、約束すると、手の甲に口付けた。髭が当たろうがなんだろうが、そんなことされたことがなくて、オレリアは飛び上がりそうになった。
「そ、そうだ。あの研究で、わからないところがあって!」
空気に耐えきれない。オレリアは立ち上がった。セドリックの頭がボサボサで髭面だろうが、その言葉に舞い上がりそうになる。勢いよく立ち上がったので、セドリックは一瞬目を丸くしたが、すぐにフッと口元だけで笑った。
「疑問点があれば、なんでも言ってくれ。おかしなところは、全て明らかにしないと」
そう言って立ち上がると、セドリックは共同研究を行っている部屋に、オレリアを促したのだ。




