21 エリザベト
「あなたがオレリアさんね。初めまして。セドリックの母よ。まさかセドリックが、こんな可愛らしいお嬢さんを屋敷に連れてくるだなんて、天地がひっくり返るほどの大事件だわ。そうよね。あなた」
「うんうん。そうだね」
「末長く、息子をよろしく」
「保護していると、手紙に書いただろう! 帰ってくるなり、なんなんだ。いつまでも遊び歩いておいて」
「あら、息子よ。あなたがあまりにもあまりにもだから、少しばかりでも前進したことに、心から喜びを表現しているだけよ。オレリアさん。うちの子をよろしくね」
「ちょっと、黙ってくれないか!? 君は無視していいからな!」
セドリックの母親、エリザベト。王宮のパーティに参加するために、夫婦で屋敷に帰ってきた。途端、オレリアの手をぎゅっと握り、この状況である。オレリアが固まっていると、エリザベトはにっこりと微笑んだ。
「話は聞いているわ。大変だったわね。うちでよければ、ゆっくりしていってちょうだい」
「お、お邪魔しております。申し訳ありません。ご留守の間に、ご厄介になっております」
「気にしなくていいのよ。事情はわかっているのだから。うちの子もねえ、放っておくと、こんなにむさ苦しい顔になってしまって」
「ほっといてくれ」
「そんなうっとうしい姿をしているのだから、落ち着いてはいるのでしょう。王もむさいむさいって、連絡してくるのよ」
「ほっといてくれ!」
王の妹であるエリザベトは、旅先でも王と連絡を取り合っているらしい。オレリアのことは聞いていたと、オレリアを歓迎してくれた。
大量のお土産を運ばせて、エリザベトはまずは一緒にお茶をしようと誘ってくれる。
なんだか、勢いのある母親のようだ。父親の方はうんうん頷いて、ニコニコしているだけだが、仲の良い夫婦に見える。
(ほとんど屋敷に戻らず、旅ばかりしているというのだから、とても仲が良いのね。それに、局長とも)
母親の前で、セドリックは子供のように言い負かされている。
オレリアは、結局セドリックの屋敷に厄介になっていた。
今、セドリックが屋敷で行っている研究について、オレリアの研究分野が重なっていることが分かったからだ。
子供の頃に罹ると、死に至る可能性の高い病。セドリックは、その病の治療に使われる薬草の開発を試みている。現在では完全に治療することが難しく、まだ研究が必要なものだからだ。
オレリアは、それに使用する薬草の一つの、品種改良を研究していた。その薬草は、子供が吐き出してしまうほど味が悪く、体に負荷がかかりやすいものだからだ。
研究の話をしている際に、お互いの研究を重ねれば、より良い薬草を作れることがわかった。その研究を行うにも、夜から朝にかけて咲く花が必要になる。それはセドリックの植物園にあり、そうであれば、屋敷に住んでいた方がなにかと便利で、進みが早い。
オレリアの両親も承諾し、滞在を延ばすことになったのだ。
なんといっても、オレリアの父親は、セドリックの国への貢献度を理解しているし、オレリアの将来の夢もよくわかっていた。ついでに、オレリアの卒論に使用でき、場合によっては、画期的な開発になるかもしれないとセドリックに説得されては、両親も反対できないだろう。
(仕事とは別に行っている研究っていうのが、驚いちゃうのよね。仕事では、もっと多くのことを研究されているからって。私は卒業のための研究だったし、そこまで大層なものではなかったのだけれど)
セドリックの研究に、ほんの少しだけ加われるだけだ。だが、こんな機会は滅多にない。
「パーティなど、出ている暇などないのに」
セドリックは、本当に嫌そうにぼやく。しかし、エリザベトにすぐに一蹴された。
「ダメよ。王妃が呼んでくださったのだから。あなたに、拒否権は、ありません! 女の子たちに囲まれるのが嫌なら、パートナーを連れていけば良いでしょう」
「いないとわかっていて」
「ならば、甘んじて受けるのね。気にせず、端からお断りすれば良いことよ。子供みたいに駄々をこねないでちょうだい」
エリザベトはさすが母親か、セドリックを言い負かす。その姿はらしからぬ子供っぽさで、なんだかおかしかった。いつもは局長らしく堂々としているのに。
「王宮でパーティがあるのですか?」
「そうなのよ。オレリアさんは学生だから、招待状が届いていないのかしら。ご実家に届いているのではない? 王妃様が久しぶりにパーティをお開きになるそうよ」
「行きたくない……」
「その顔も、なんとかしなさいよ。セドリックとして出るのだから、そのボサ髪と髭もじゃでは、あなたが局長だと、周囲に言いふらすようなものだもの」
「せっかく伸ばしたのに」
「綺麗になさい。それで目立って、女の子たちに囲まれるといいでしょう。断りたいのならば、誰か連れて行くことね」
「誰かって、」
「あら、ちょうど良い方がいるじゃない」
エリザベトはオレリアを視線に入れた。セドリックが次いで、オレリアに視線を向ける。
「え?」
「オレリアさん、セドリックのパートナーにならない?」
「母上、何を言って」
「あら、良い手だと思うわ。あなた、わかっていないの? 今回は王妃の主催。パーティの不参加を、いつまでも伝えていたあなたでも、今回は出席しなければならないわ。それが、どういう意味を持つのか、考えたことはなくて?」
「ま、まさか」
セドリックは顔色を悪くする。エリザベトはこくりと頷いた。
「あなたの婚約者候補探しという、裏の目的があるのよ!」
「な、なんということを……」
セドリックは、がくりとテーブルにひれ伏した。
なるほど。セドリックがいつまでも婚約をしないため、王妃主催と称し、令嬢たちを集めてパーティを開くのだ。セドリックは何も知らず参加して、令嬢たちに囲まれるのだろう。それはとても、同情する。
本人は婚約する気などさらさらないのだ。そうでなければ、いつまでもその美貌を隠す必要はない。しかし、セドリックは第二継承権を持っているのだし、王との仲も良好だ。伯父として心配もあるのだろう。
継承権を持っているのだから、それは仕方ないように思う。いつまでも逃げていられないはずだ。
「いつまでも独り身ではと言われているから、王も新しい手を考えているのよ。有力候補が出てきたとか言っているけれど、私、あの子はちょっと嫌なのよねえ」
そんな相手がいるらしい、エリザベトは、何人かの候補がいるのだと教えてくれる。
「ほっといてください。それに、俺はまだ、二十一ですよ?」
「嘘!? もっと上じゃないんですか!?」
言って、口を両手で塞ぐ。驚いて見せると、エリザベトがお腹を押さえて、声もなく笑っていた。
ボサボサ頭にもじゃもじゃ髭だ。ディーンより年上としても、案外若いのだと思っていたのに、二十一歳だとは。




