19 犯人
「この男は知っているか?」
「知りません」
見覚えのない男。顔や腕から血が流れており、殴られたのか、顔半分は内出血で青くなっている。
研究所の前の廊下で、魔法で拘束されたまま、血だらけの男が正座をしているのを見せられて、オレリアは何事かとセドリックたち研究員を見回した。
「すごかったのよ。男が、ぽーんと吹っ飛んで」
「手加減はした」
「これで、ですか? 局長の手加減は、一般人の半殺しと同じみたいだわ」
「リビーさん、怪我をされたんじゃ」
セドリックと冗談を言い合っていたリビーの白衣に、血がついている。男の血が飛んできただけだと、肩を竦めた。
ベンヤミンと共に警備の衛兵がやってきて、男を連れて行く。
ディーンは、これで少しは安心だよな。とオレリアに声をかけた。
犯人が捕えられたのだ。
「掃除夫、ですか」
「正確には、廃棄処分の危険物を運ぶだけの役目だな。処理すべき場所に持っていくだけだが、どうやってか、魔法で封印されていたのにも関わらず、その封印を破って、毒を使用した。処理場で処理物と書類にそごがあることに気づいて、処理物が足らないと連絡があったんだ」
処理物はすぐに廃棄されるわけではないため、倉庫に保管されているが、いざ処分しようと思ったら、物が足りないとわかった。
ゴミ処理を、規則にのっとり処理していたが、運ぶ過程で盗まれていたのだ。
なぜ犯人がわかったのかというと、男の両手がひどくかぶれており、それを見せないように袖で隠していたため、明らかにおかしな動きに、リビーが気づいたわけだ。
セドリックが逃げようとした男を痛めつけ、捕えて、警備に報告をした。
男は、包んでいた物を取る時に、誤って手にしてしまったと言っていたが、魔法で封印されているものが誤って取れるわけがないので、言い訳から間違いないということになった。
しばらく休んでいたらしく、そのかぶれを隠していたようだ。しかし、痕が残ってしまい、それを隠していた。
「その男は、どんな処理物か、想像がついていたんでしょうか?」
「研究所にある処理物は、いつも同じ場所に置いておくのだけれど、あの毒物は瓶に入れていたの。研究所で処理物を運ぶときに、たまに危険物に触らないように注意しているから、もしかしたら形を覚えていたかもしれないわ。あの毒草は、ここ最近研究によく使っているから」
それで目を付けていて、処理物を奪ったということらしいが、セドリックが腕を組みながら、若干納得がいかないと、鼻の頭に皺を寄せる。
「あの男が、封じた魔法を消せると思うか?」
「それは、なんとも言えませんけれど」
リビーは厳重に封印の魔法をかけている。それを解除する魔法はもちろんあるが、配達の男が解除できるかはわからない。
「とりあえず、犯人はわかったってことですよね。じゃあ、オレリアさんの疑いは、晴れたってことでいいわけで」
ディーンの言葉に、セドリックが頷く。オレリアの見知らぬ男であるし、その関係を繋げる話でも出て来ない限り、犯人にされることはない。そんなものが出てくれば、それこそオレリアを陥れようとする者がいるのだろうと呟いて。
「配送員以外に、犯人がいるということですか?」
あの男が犯人で、植物園にいたずらを仕掛けただけではないのだろうか。それに、たまたまカロリーナが引っかかった。それでこんな大騒ぎになった。それだけかと思ったが、セドリックはかぶりを振る。
「あの男が、植物園に罠を仕掛けたのは、なぜだろうか?」
「研究員の誰かを、恨みに思っているとかじゃないんですか? あの男に、変な恨みを持たれる。っつったら、俺かも。あの男、たまに部屋ん中見回すから、さっさと持ってけって、俺、何度も注意してましたし」
「私も注意はするわよ? でも、私たちは、植物園内はあまり行かないじゃない? 中を通るだけよ」
「それを、知らないとか?」
薬学植物園は、誰でも入れる植物園の、さらに奥にある。薬学植物園に直接行く道がないため、植物園内で何かをしていると思うかもしれない。それを知らないため、罠を仕掛けたのではないかと、ディーンは考えたようだ。
実際、罠は、他にもかけられていた。いくつかある小道に、カロリーナが引っ掛けた枝と同じ物が設置されていた。鋭く太い棘のある枝に、満遍なく毒がついていたのだ。
普段、植物園に見学に来る者は少なく、通っているのは薬学研究員ばかり。それを考えれば、研究員たちに嫌がらせをしようとしたという方が、少しは納得できる。
恨みなど、知らぬうちにかうこともある。嫌がらせで行なった可能性はあった。ただ、その男が、魔法を解く方法を知っているかどうかは、まだわからなかった。
「オレリア! よかった。噂を聞いて、どうしてそんなことになっているんだろう。って思ってたんだ。聞きに行きたかったけど、研究所に行ったら、帰れって追い出されちゃって」
「誰に?」
「あの、ヒゲの男性に。何もなくてよかったよ。犯人も見つかったんでしょう?」
「私を犯人だと思ったの?」
「そんなことないよ。違うって、信じてた。でも、すごく噂が回ってるんだと思って。僕はあまり人と話さないのに、僕が聞いたくらいだもん。でも、どうしてあんなところで、毒のついた棒なんて置いたんだろう」
「わからないわ。それを調べるのが、騎士たちなのでしょう?」
「僕は知らないけど」
「彼女の足は、大丈夫だったの?」
「傷が残るみたいだ。泣いていたよ」
「そう……」
「それで、あんたはここで、わざわざ待ってたのかよ」
話を聞いていたディーンが、めくじらを立てる。植物園の出入り口で、エヴァンが待っていたからだ。
研究所に来るなと言われて、植物園で張っていたことに、苛立ちを覚えたのだろう。
オレリアは、とりあえず犯人が捕まったことで、研究所に戻っていた。必ず誰かと一緒にいることになっているため、今日もディーンと行動を共にしていたところだ。
エヴァンは昼頃研究所に来たようだが、オレリアは、今日は一日中薬学植物園にいた。魔力を注ぐ手伝い以外に、新しい実験を手伝っていたからだ。ディーンの研究で、種に魔法で負荷をかけて、別の種類に変異させる実験である。これには繊細な力が必要で、セドリックからオレリアが向いていると言われ、張り切って行っていた。
もう夕方なので、エヴァンの仕事は終わったのだろう。いつからいたのか知らないが、エヴァンが研究所前をずっとうろついていれば、今度は研究所に連れ込んだなどと言われそうだ。セドリックが追い立てたのも理解できる。
それに気づいていないであろう、エヴァンは、オレリアの顔を見て、ずっと会っていなかったから、心配だったのだと吐露する。その言葉に、ディーンが眉をかしげた。
「あんたがそんな態度だから、オレリアさんに迷惑がかかるんだろ。それより、お前の女、なんとかしろよ。態度悪すぎだろ」
「カロリーナですか? なんで、オレリアに迷惑が」
「わかってないのかよ。オレリアさん、こいつやばいわ。天然とかじゃないだろ。無神経だろ」
オレリアも頷きたくなる。知らなかったが、無神経なのだ。それはカロリーナも嫉妬する。無神経に、カロリーナの前で、オレリアを褒めるようなことを言っているのだろう。想像がついた。それでオレリアに嫌がらせをするのも、どうかと思うが。




