17 屋敷
「オレリアと言います。しばらくの間、よろしくね」
「はい。オレリア様! まさか、セドリック様が、ご令嬢を、婚約もしていないのに、連れてくるだなんて!」
目を輝かせているのはそのせいか。オレリアはとんでもないと首を振る。
「違うわよ。私は学院の生徒で、理由があって、監視のために連れてきてもらっただけで」
「ご事情は伺っております。ですが、あの、セドリック様が、ご令嬢を、お屋敷に! これを、喜ばずして、どうとする!」
「いえ、喜ばないでね」
「前進。前進なんです! だって今まで、女の人の一人も、いえ、辛い思いをされているので、仕方ないのですけれど、それでも、やはり、セドリック様は、せっかくの美貌を、お持ちなのだから、それを役立てていただきたくて!」
「そのうち、良い人を連れてきてくれますよ」
「そうでしょうかー」
相当心配されているらしい。クレアは残念そうに肩を下ろしながら、潤んだ瞳をハンカチで押さえた。
セドリックには婚約者がいない。第二継承権と言われている人が、結婚予定がまったくないのだ。何歳だか知らないが、結婚適齢期は過ぎているのだろう。研究所の局長として働いていても、セドリックの名前は伏してある。女性に嫌われるように、ボサボサ頭と髭面で生活しているのだから、お相手がいないというのは、家の者にとって心配の種なのだ。
(人のこと言えないわね。私も両親に、そう思われているんだから)
「今日は、申し訳ありませんでした。監視という形で、保護していただくようなことになってしまい」
食事の席について、謝罪を口にすれば、セドリックは大したことではないと、首を振った。
「部屋は余っているんだから、気にすることはない。それよりも、とんだことに巻き込まれたな。毒の出どころもわかっていないし」
薬学研究所では、使われた毒の量は減っておらず、どこでその毒を手に入れて、あの場所に置いたのか、わかっていない。騎士たちもまともに調べているかどうか、それすらもわからない。医療魔法士は騎士の言い分を信じていなそうだが、セドリックを恐れているだけかもしれない。
「私ではありません」
「分かっている。君が犯人だとは思っていない。他に犯人がいて、たまたま君が犯人とされたのか、それとも仕立てられたのか。侍女たちの悪意ある言葉を考えれば、後者かもしれない。幼馴染というが、昔は、付き合っていたりとかしたのか?」
セドリックに問われて、オレリアは口を閉じる。言いたくなければ言わなくていいと言われたが、オレリアはベンヤミンに話したように、古い話だと強調して伝えた。もうずっと昔のことだ。
「私が彼を好きだったのは確かです。でもそれはずっと前で、子供の頃の話です。二人が仲良くなった頃には、私は都の学院に転院しましたから。彼女がここで働いていると知ったのも、局長と一緒に王女様に会った時です。そもそも、エヴァンが王宮にいることも知りませんでしたから」
「子供の頃から、あんな風に敵対視されていたのか?」
「私は彼女と話をしたことはありませんし、顔を見掛ける程度だったので、わかりません」
「では、随分と一方的に敵対視されているんだな。まあ、あの幼馴染の感じだと、わかるような気もするが」
エヴァンはどう思っているのだろう。オレリアがカロリーナを誘い、彼女をわざと小道に誘導したと思っているのだろうか。あの後エヴァンと話すことはなく、会うこともなかった。
(私が犯人だと思って、あれから会いにこないとか?)
何もしていないのに、誤解されたくはない。だが、カロリーナの側にいれば、あることないこと言い含められていてもおかしくない。研究所に来た騎士たちは、カロリーナのことを全面的に信じていたのだから。
「あの植物は、ここらでは研究所でしか扱っていない。どこから手に入れたのか、こちらでも調べさせているから、もう少しの我慢だと思ってくれ。あいつらも怒っていたから、すぐに犯人を捕まえるだろう。毒を誰かに渡していたなど、研究員としてあるまじきことが噂になれば、困るのは俺たちだ。清廉潔白を証明しないと」
「申し訳ありません」
「君のせいじゃないんだ。胸を張っていろ」
誰かに噂されるのは慣れたと思っていたが、思ったより気落ちしていたようだ。セドリックの優しさが胸を打つ。
(ああやって守られるって、すごく新鮮だったわ)
セドリックも随分と怒ってくれた。騎士がおののくのを見て、オレリアも溜飲が下がったくらいだ。
早く真犯人が見つかればいいのだが。これ以上、セドリックたちに迷惑はかけたくない。
犯人が見つからないようであれば、やはり父親に相談した方がいいだろう。秘密裏に犯人を探すのは難しいかもしれないが、研究員たちの仕事を邪魔するのは違う。実習は終わりになるだろうが、それは仕方がない。また、教授に実習先を見つけてもらわなければならないが。
「余計なことは考えずに、ゆっくりしてくれ。ここで研究をしてくれても構わないから。君の研究は、俺も気になるからな」
セドリックはオレリアが気にしていることに気づき、優しさを見せる。たかが学院の生徒で、実習生なだけなのに、気遣いが心から嬉しかった。
セドリックは、屋敷の中でもボサボサ頭の髭面で、視界は前髪で閉じられている。前が見えているのか見えていないのかもわからないほどだ。最初は驚いたし、感じの悪さにどうしようかと思ったが、話しているととても安心する。大人の男性というべきだろうか。
近くにいる男の子は、いつもエヴァンで、学院では勉強に勤しむあまり、恋人もつくらなかった。セドリックのような年の離れた男性と話していると、自分の子供っぽさを感じる。
(年の離れた、お兄さんみたいよね。お父さん?)
少々乱暴な言葉遣いをする、兄だろうか。年の離れた兄がいれば、こんなだったかもしれない。オレリアには年上の兄はいるが、ほとんど離れて暮らしていたため、あまり親しくなかった。その兄と仲が良ければ、こんな感じだろうか。
食事中に研究所の話になり、談話室でお茶でもどうかと誘われれば、いつの間にか研究の話になっていた。
「あの分析の仕方では、確実な結果が出にくいように思う。効果を十分に得られるようにするには、微細な魔力も当たらない場所を作り行わなければ」
「どんなものでも魔力は持っているのですから、結界の作り方を考えて行うのはどうでしょう?」
「その方法は行ったが、結果的に魔力を入れる際に、別のものも入り込んでしまう」
「結界に結界を重ねるのはいかがでしょう」
「できるならば、魔力を遮断できる施設を作りたいんだが」
「お茶のおかわりはいかがですか?」
話し続けていたせいで、お茶が冷えてしまった。執事のブルーノがお茶のおかわりと称して、新しいお茶をくれる。礼を言うと、ブルーノはクレアと同じように、目を潤ませた。




