11 誘い
「植物の世話をされていらっしゃるのだったかしら?」
「薬学研究です」
「エヴァンが植物と言っていたのだけれど、薬学でしたのね。庭師でも目指していらっしゃるのかと思っていたわ」
話し方は不機嫌ではなく、コロコロと笑うような明るい声を出してくる。しかし、内容は、どう考えても嫌味に聞こえた。王女の侍女という立場から見た、身分が低い者への仕事を見下すような笑い。そこには蔑みすら感じる。
仕事が庭師でも、植物に関われれば構わないが、カロリーナがオレリアをよく思っていないことは、よくわかった。
やはり、エヴァンと食事に行ったのは、失敗だった。侍女たちの態度も含め、カロリーナは思うところがあるのだろう。
(それはそうよね。恋人がいるのに、幼馴染とはいえ、女性と食事だなんて)
オレリアが同じことをされたら、何を思うだろう。先に食事について教えられていても、心の中では、焦りややっかみの感情が膨らむに違いない。婚約でもしていたら、なおさらだ。
だから仕方がない。彼女がオレリアを敵対視することは。
「では、私はこれで」
関わらない方がいいだろう。そして、エヴァンからまた誘いが来るようならば、断ればいい。
なのに、他の侍女たちが、前を遮るように立ちはだかった。そんなに箱でぶつかってほしいのか。
「ねえ、オレリアさん。植物園にもいらっしゃるの? 今度、お邪魔させていただけないかしら?」
「王宮に入れる人であれば、植物園は入れますよ。研究員専用の植物園は入れませんが」
「まあ、そうなのね。研究員専用、はどこにあるのか存じませんけれど。でしたら、私たちが入れる植物園を、案内していただけない?」
「私は案内できるほど詳しくないので、他の方に頼まれた方がいいと思います」
カロリーナは問うてくるが、植物園は誰でも入れるのだから、好きに入ればいいだろう。案内はむしろオレリアがしてほしいほどだ。一度一周しただけで、今は研究員専用の薬学植物園しか行っていない。残念ながら、ゆっくり観察を楽しめるほど、余裕がなかった。
「お相手が、カロリーナ様だから、嫌がっているんじゃありません?」
「どういう意味ですか?」
「どういう意味って、そのままの意味ですわよ」
突っかかられて面倒だと思うのは、無関係の人間が関わってくることだ。お前に何か関係があるのか? と口が先に出そうになるのを、なんとか我慢する。こういう手合いを相手にするには、隙を見せる真似はしない方がいい。あとで、悪意を混ぜて吹聴してくるからだ。
「オレリアさんは真面目な方なだけですわ。女性の好まぬ研究員になるなど、とても奇異な考え方をされる方ですもの」
今、全世界の研究員の女性を敵に回したのだが、わかっているだろうか。その女性たちが努力した結果、薬ができたことについて、馬鹿にしていることがわかっているのだろうか。
さすがにオレリアもムッとする。エヴァンはこの人のどこが良いのかと、頭によぎってきた。
自分の方がまだ性格は良さそうな気がするが、負け犬の遠吠えすぎて虚しくなってくるので、その考えはすぐに捨てた。オレリアを敵対視しているので、性格も悪くなってしまうのだろう。多分。
オレリアだったら、もっと性格の悪いことを口走ってしまうかもしれないのだから、こんなものだろう。
カロリーナたちは、そこを退く気はないと、しつこく言ってくる。嫌がらせをしたいのか、嫌味が言いたいのかはわからないが、これ以上断らない方が良さそうだ。廊下を通る人たちがじろじろ見ていくので、気分は良くない。明日あたり、新しい噂が王宮内を巡っていそうなので、この場をさっさと去りたかった。
「植物園は管轄外ですが、それでもよければ、ご一緒します」
「まあ、ありがとう。では、お約束のお手紙をお送りするわ。研究所でよろしくて?」
「はあ、まあ」
研究所に住んでいると思っているのだろうか。学院の寮だと訂正するのも面倒なので、そうしてもらう。
やっと自由になって、オレリアは研究所に戻ることができた。なんだかどっと疲れた気がする。
「関連の本はそんなに多かったのか。悪かったな。少し休んだらどうだ。自分の研究もしているのだろう?」
セドリックが飲み物を持ってきてくれる。荷物を頼んだ手前、わざわざ紅茶を淹れてくれたようだ。
普段はコーヒーで眠気を覚ましていると聞いた。紅茶はオレリアのために用意してくれる。
魔法で水を注いで、一瞬で沸騰させ、最適な温度に下げるのは、この研究所の人たちならではの技だろう。オレリアはあんな器用な真似をしたことがない。沸騰くらいならともかく、水を一定温度にすることは、高度な魔法だ。魔力の放出量を繊細に操るのに、ちょうど良い練習になると、リビーも笑って言っていた。
セドリックはそれを当たり前に行って、オレリアにはお菓子も出してくれた。
(優しいのよね。とても。疲れたから、甘いお菓子はありがたいわ)
「おいしいです。すごく」
温かな紅茶が、胃に染みる。先ほどまでのイライラが流れていくようだ。
「なにかあったのか?」
「いえ、ちょっと」
どうして気づかれるのだろう。顔に出てしまっているだろうか。
大したことはないと言いながら、セドリックが目の前のソファーに座るので、お茶の肴に先ほどの話をすることにした。
「断るのも失礼かと思いましたけれど、断ったら断ったで面倒そうなので、仕方なく」
「ふむ。アデラに注意しておくか?」
「とんでもないです。わたくしごとですから。それに、彼女の気持ちもわかるので。もしかしたら、植物園でゆっくり、私と何かを話したいのかもしれないですし」
「そうか? あまり良い雰囲気を感じなかったけれどな」
「そう思いますか?」
「そう思うだろう。ああいう女の視線を見る限り、面倒になることが多いからな」
その中枢にいるセドリックは、周囲で起きる女性たちの戦いに辟易しているのだろう。関わらずに済むのならば、放っておきたいはずだ。
裏で何をしているのか知らずにいれば、楽なのかもしれない。
この男のように。
「どうして、エヴァンまでいるの?」
「オレリアが、植物園を案内してくれるって聞いたんだ」
「私はこの植物園について、詳しいわけじゃないわ」
「そうなの? わざわざ買って出てくれたって、聞いたけれど」
「どうして、そうなるの。暇なんてないのに」
「エヴァン。楽しみだわ。私、この植物園に一度来たかったの」
二人で話していると、カロリーナが割って入ってきた。エヴァンの腕を取ると、嬉しそうにその顔を見つめる。
カロリーナの他には、侍女二人。紹介してこないので、名前も知らない。エヴァンとカロリーナが二人で歩き始めるのを見て、鼻で笑うようにしてオレリアの前を通り過ぎていく。
案内をしてほしかったのではなかったのか?




