1 失恋
オレリアとエヴァンは家が近く、年も同じで、いつも一緒にいた。いわゆる幼馴染だ。
オレリアは体が弱く、小さな頃から空気の良い、地方の叔母の家に厄介になっていた。その頃はあまり外に出られなかったため、叔母が気を遣って、知り合いの子供を紹介してくれた。それがエヴァンだ。
いつかは結婚するのではないかと、周囲から言われるくらい仲がよくなり、幼心に、自分は彼と結婚するのではないかと思っていた。
エヴァンはあまり身長が高くなく、体が弱いオレリアよりも彼の方が小さくて、オレリアでも守ってあげられるような子供だ。
田舎の子供にしては驚くほど見目が良く、整った目鼻立ちをしている。淡い柔らかな金髪。ちょっぴり丸顔で青色の瞳はくりくりしている。
愛らしすぎて、色々な人から注目を浴びることが常だった彼は、成長するごとに表情がなくなっていった。好意という視線を嫌がるようになっていたからだ。女の子たちにはちょっかい出され続け、贈り物と称した食べ物の中には怪しげな物が混入、学院では物を盗まれたり、男たちには嫉妬で嫌がらせをされたりした。
そのせいで、今では鉄壁の無表情を貫いている。
女の子たちに囲まれても無視。告白されてもすぐに断る。待ち伏せでもされたら、一生無視するくらいの勢いだ。
けれど、オレリアには気を許してくれて、会う時は常に笑顔だった。
オレリアは幼い頃に比べて、体が強くなり、一緒に学院へ通えるくらいになっていた。けれど、エヴァンは心配だからと言って、いつも一緒にいてくれた。
エヴァンが一緒にいる時は、男の子の嫌がらせをオレリアが助けていた。体の小さいエヴァンを小突けば、オレリアが仕返しをする。女の子に付き纏われれば、オレリアが邪魔をする。
そのせいで、女の子たちには嫌がらせを受けたけれども、特権を得ているのは間違いないので、広い心で我慢していた。
なんといっても、その頃にはエヴァンは騎士を夢見るようになっていて、強くなって、オレリアを助けてくれると言い始めていたのだ。
強くなって、いつも助けてくれるオレリアを、守れるようになると。今度は、僕が助ける。そう言って、騎士になるために剣を習い始めるほどだった。
だから、オレリアは学院で、女の子たちに嫌がらせされるようになっても、気にしなかった。オレリアはエヴァンと一緒で、離れることがなかったからだ。
そんな時、学院に一緒に通っていた十二歳の頃、急にエヴァンに呼び出された。
(まさか、付き合おうとか? 婚約しようとか??)
それを期待するぐらい、オレリアたちは仲が良く、周囲からもそうなるであろうという目で見られていた。
けれど、エヴァンが言った言葉は、オレリアの心を打ち砕く言葉だった。
「彼女のこと、知ってる?」
指さしたのは、可愛らしい女の子。たんぽぽのような金色の髪で、エヴァンのようにふんわりした髪を、大きなリボンで結んでいた。
オレリアは焦茶色の髪で、クセのないまっすぐの髪をしていた。あんな風に、やわらかく髪を結うことはできない。
エヴァンは、わたあめみたいな髪の毛をした子、と頬を染めて口にした。
「実は、落とし物を拾って、すぐに渡そうと思ったんだけれど、タイミングが合わなくて。彼女と同じ授業を受ける日はない? 専攻は同じじゃないかな? 彼女が空いていそうな時間を教えてほしいんだ」
男子と女子とでは、学科が違うことが多い。
女子は基礎の学業以外、家庭的な学びやマナーなどの学びが多く、十二歳のうちに学校をやめる人が多い。将来、大きな家の侍女やメイドになったり、結婚したりするからだ。
聞く人がいないのはわかっている。オレリアに聞くしか方法がないということも。
エヴァンは照れを隠しながら問うてきたが、まったく隠れていない。そんな顔、オレリアの前でもしたことがない。
「そんなに詳しく知らないわ。帰り際にでも、声を掛ければいいじゃない」
「そ、れは、そうだけれど」
他の男の子たちに見られたらからかわれるのが分かっているから、それを避けたいのだ。
でも、落とし物を渡すくらい、いつでもできるだろう。
(きっと、人のいない場所で、二人で話したいから)
そう思うと、胸の中が真っ黒に染まっていくような気持ちになった。
「そんなことで呼ばないで」
エヴァンがオレリアを好きだと思ったのは、オレリアの思い違いだった。
(恥ずかしい。私だけだった。私だけが、好きだった)
嫌な態度をしてしまったけれど、どうしても我慢できなかった。
その日はたくさん泣いて。涙で顔がむくんで、次の日、学院に行けないくらいに泣いた。
それから少し経って、エヴァンから上手くいったような話は聞いた。
話しかけることができて、話す回数が増えたことを仄めかしていた。
良かったね。と言った自分の顔が、どんなふうだったか、よくわからない。
十二歳の、淡い初恋である。