上西さんという人
同じA組の女子で真田ヒカルという女生徒が門の所で僕を呼び止めて来た。
「えーと、久住君だったけ? これ、カフェのサービス券だよ。お店に頼まれて配ってるの。あまり騒ぎそうな人とかは困るから、誰にでも渡してる訳じゃないんだよ。これで紅茶でもコーヒーでもコーラでも一杯とお好みのケーキが一つ付くの。是非来てくださいってお店の人が言ってました。場所は裏側に地図が書いてるでしょ?じゃあね」
僕がそのサービス券を持って呆然としてると、少し離れたところから真田さんが追加の説明を大声で言った。
「あと、それ。期限は今日までなの。早速行った方が良いよ」
「私、上西み…きっていうの。向かいに座って良い?」
とても綺麗な大人の女性がそう言いながら、僕の対面の席に座った。
ちょうどコーラを飲みながらチョコレートケーキを食べていたときだ。
周りを見回したら空いてる席がまだある。
「あなたに用事があるの、久住華志紀君」
僕は彼女を閲覧した。
{上西岬24才。‘週刊ネット’記者。}
「取材ですか?」
「はい、そうです。今も言いましたが、私は‘週刊ネット’の記者で上西…えーと上西「岬さんって言いましたよね」はい、そうです」
自分の名前なのになんですっと出て来ないんだろう。
見た目に反してあがり症なのか?
いやいやそれじゃあ、記者は務まらないだろう。
それにしてもなんで僕が久住華志紀って分かったんだろう?
『おい、気をつけろ。さっきの真田ヒカルってのはこいつに頼まれてお前の情報を流してるんだ。さっき、門で話しかけられたとき、物陰から見てお前の確認をしてた筈だ』
そうか、例の神隠し事件の取材だな。
これは慎重にならないと……。
『もう、遅いみたいだぜ』
(えっ?)
「久住君、君は‘鑑定’を持ってるわね。ということは例の異世界召喚の三種の神器スキルを持っているってことね」
僕の正面に座った上西岬さんは小声でそう言った。
「私、あなたに自己紹介したとき、上西みゆきって言ったの。ゆの字をわざと小さな声でね。でも君は初対面の私の本名を言い当てた。一度自己紹介したから安心して鑑定した本名を言ったのね。上西みさきってね」
嵌められたか。でもまだ誤解している。
「鑑定? なんですか、それは? 異世界召喚説を信じて言ってるんですか? 僕は確かに上西の後にみさきって聞いた気がしたんですけど。聞き違いですか? なんで、わざと違う名前を聞き取りづらくして言ったんですか? だから聞き間違えたんですよ」
ケシキがとぼけ通せと言ったので、そうした。
「なるほど、君はとぼける訳ね。でもね、ネタは上がってるんだよ。君は召喚の為のチートスキルを貰った後、何故か転移から外れてしまった。魔法陣の外側にはみ出てしまったのね、きっと。でも‘鑑定’のスキルを手に入れたからAクラスの編入した後、一日でクラスメートの名前と顔を覚えてしまった。それが何よりの証拠よ」
「新しいクラスに溶け込みたくて名前を覚えたことが何故駄目なんですか?」
「だって、あなたはその前は失顔症だったじゃない」
「なんでそんな個人情報を知っているんですか? 外部の人間が知ってる筈のないことです」
「顔を覚えられなければ、名前も顔も覚えられないはずよ。君は鑑定のスキルを持ってるよね? いい加減認めなさいよ」
「顔を覚えられなくても努力すれば一日で覚えたように見せかける方法はあります。座る席と座席表とその日に身につけていた物や靴などでね。失顔症のことは先生方しか知らないことですが、あなたはまさか違法な方法で調べたのじゃないですよね」
「私を見てすぐに取材ですかって言ったわ」
「見知らぬ大人の女性が近づいて来て僕の名前を知ってるってことは、神隠し事件のことしか考えられません。あなたの表情や行動は何かスクープを狙った記者のそれだとすぐ分かったのです。そして名乗りながらさりげなくスマホを置きましたよね。もしかして録音機能が作動してませんか? それも違法ですよね」
「参ったわ。それじゃあ、この通り録音スイッチは消すし、録音した声は君の前で削除します。だから勘弁して。でも君は確実に何かスキルを授かったよね、あの事件の後に?
自分より大きな男子を一瞬で無力化したって聞いたよ」
「それ真田さんから聞いたんですか? でも僕は運動はしないし、スポーツも苦手だけれど、趣味で合気道の動画を見てたから、真似事をしたらたまたまできたんです。それだけです。」
「そう来るか。でも君があくまでも隠したがる訳を知ってるよ。君は絶対異世界召喚の際のチートスキルを身につけている。さっきも言ったけれど、きっと三種の神器スキルを持ってるのよ」
「なんですか、三種の神器スキルって?」
「まあ白々しい。君たちの年齢で知らない筈はないでしょ。異世界言語と鑑定とアイテムボックスよ、その他にきっと身体強化や敏捷性などに関連したスキルを授かった筈よ」
「じゃあ、逆に聞きたいですけど、僕が異世界言語やアイテムボックスのスキルを持っている根拠は?」
これに関しては全く身に覚えがないので自信をもって否定できる。
けれども上西さんは何故か確信を持った口調で続けた。
「異世界言語に関してはここは異世界じゃないので、根拠は示せない。でもアイテムボックスに関しては、今の君の必死にとぼけている様子から自明の理よ。アイテムボックスの存在は絶対に隠したい。そうでしょ?」
「言ってる意味が全くわかりません。アイテムボックスを持っていると何故隠したいんですか? 僕は持っていないから全然わからないんですけど」
僕は本当に意味がわからなかったのだ。
うると上西さんは綺麗な顔を少し歪ませて僕を見下すように断言した。
「君たちくらいの子はお小遣いは僅かしかないのに、欲しいものが多すぎる。ゲーム、お菓子、服や靴や帽子、その他雑誌や趣味の物……でもアイテムボックスがあれば、誰にも分からずに手に入れる方法があるでしょう?
そうよ、万引きの完全犯罪よ。手ぶらでウィンドーショッピングしてるふりをしながら、大量の品物が盗めるじゃない。万引きGメンにも防犯カメラにもばれない。そうでしょ? だから秘密にしたいのよ」
僕は呆気にとられた。どうしてそんな想像ができるのだろう。
こういう人は人間の醜いところや汚いところをたくさん見て来たのかもしれない。
初見では綺麗な女性だと思ったが、改めて見ると僕を万引き犯に断定してるときの嫌悪に満ちた口元を見て、すっかり幻滅してしまった。
人は他人を見るとき、鏡に自分を映すようにして見るのだという。
心に欲望がある人は相手も同じように欲望があると考える。
投影というらしい。
僕は無言で立ち上がった。
そして、一言言った。
「もしアイテムボックスを持つことが出来たら、貴女なら今言ったようなことを実行するのですね、きっと?」
彼女は何も言わなかった。
本当は彼女を閲覧したときに、スキル欄にあった‘記者の目’とか‘スクープ発見’などのスキルを削除してやりたかったが、それじゃあ何も変わらない。
それで僕はあのお爺さんのスキルをサービスしてあげたんだ。
‘諦観’‘心の入れ替え’‘良心の呵責’‘他者への思いやり’を大出血サービスしてあげた。
そして僕は上西岬さんの目を真っ直ぐ見て言った。
「貴女にとって、僕はただの記事を書くための原材料に過ぎないんですよね。僕が失顔症でどれだけ苦しんでいたか、人との意思疎通でどれだけ淋しい思いをしてたかなんてわからないでしょうね。あの朝、僕が教室に入ったとき、クラスメートは全員いなかった。 僕の経験したことはそれだけです。そして僕は新しいA組に編入された。だから必死に自分を変えようとしたじゃないですか。それをなんですか? 万引きの完全犯罪? それを僕がやる為にスキルを貰ったことを秘密にしている? 全く訳がわかりません。一つ言えることは、僕はとても悲しい。それだけです」
それだけ言うと僕はレジカウンターのところでサービス券を提出した。
カフェを出る前に上西さんの方を振り返って見ると、丁度彼女が頭を抱えてうつ伏しているところだった。
悪いけど、少し苦しんでもらおう。
それは必要な苦しみに違いないから。
今彼女は自分のことを見つめなおすことで新しい自分を捜しているのかもしれない。
もう今までのように取材できないかもしれないけど、少しは考えてくれるようになってくれることを願った。