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奪うより与える作戦

 唐突な話で申し訳ないが、僕の家の近所にいつもニコニコしているお爺さんがいる。

 そして腰が曲がっているにも拘わらず、町内の歩道を歩くときに、落ちているタバコの吸い殻や空き缶などのゴミを拾って歩く。

 驚いたことに冬には町内の歩道を何百メートルもの範囲を除雪して行く。

 機械ではなく除雪具で2時間ほどかけて除雪して行くのである。

 ボランティアでしているのかと、ある人が聞くと、体の健康の為にしているのだという。

 僕はそのお爺さんに興味を持ってついつい閲覧してみた。

 そしてそのお爺さんが実は若い頃極道者だと言うことを知ってしまった。

 人には見せないが、今でも背中には入れ墨がしてあるのだ。

 暑い夏の最中でも色の濃い長そでのシャツを着ているのはそういう理由だったのだ。

 そのお爺さんのスキルに‘諦観’とか‘心の入れ替え’‘良心の呵責’‘他者への思いやり’というのがあった。

 僕は深く感じて早速そのスキルを保管しておいた。



 さて話を前回からの続きに戻そう。

 歩きながら僕は自分を取り囲んでいる男たちを閲覧していた。

 ボクシングのスキルとか柔道のスキル、更には‘喧嘩上等’というスキルもあった。

 僕は格闘技に関しては相当上級者のスキルを持っているが、実戦経験がほとんどない為あまり自信はなかった。

 僕よりも屈強な四人がいれば、簡単に取り押さえてタコ殴りするのも簡単なことだろう。

 その為僕は彼らの闘争スキルを奪取しようかとも考えた。

 戦いに関する彼らのあらゆるスキルを切り取って、一時保管をしておき、攻撃力を削ぎ取ってから戦えばどうだろうとか、考えた。

 たとえ後で戻すとしても、倒したら倒したで恨みを買うことになる。

 またスキルを奪っても、体で覚えたことは体がある限り闘争力は失われなかったらどうしようかとも考えた。

 そこで僕は彼らからスキルを奪うのをやめて、新たにスキルを与えることにしたのだ。

 やがて校舎裏に着いた時、真っ先に一番体格の良い男が言った。

「ところで笹暮から聞いたんだが、お前変わった技を使うんだってな。ちょっとやってみせろよ」

「……合気道の真似事を動画で見て覚えただけだ」

「だからやってみせろって」

「合気道は基本護身術だから、体を掴まれたりしたときに初めて技が出せるんだ。こっちから仕掛けるとかいう攻撃技じゃないから」

「そうか。じゃあこれならどうだ」

 そのデカいのは名前が紀井という男だったが、首根っこを掴んで来たので、一瞬で倒した。

「すまん、やって見せろっていうから」

 僕はすぐに立たせた。

「なるほどな。じゃあ、俺たち全員とならできるか?」

 紀井は体を起こしながら、笑いながら言った。

「たぶん四人に捕まってしまえば、終わりだと思うけど」

「それでもやってみなきゃわかんねえだろう。なあ、やってみせろよ」

「それじゃあ、頼みがあるんだけど。パンチとかキックは止めて欲しいんだ。あんたらに一発でも当てられたら、それでノックアウトになってしまうから」

「良いとも、掴んだりねじったり組み付いたりしてお前が動けなくなったらそこで勝負あったとしようじゃねえか。逆にそこまで何人防げるかが見たいんでな」

 その言葉で僕は動いた。四人に囲まれないように体を翻して輪の外に出て、一対一になるように動くのだ。

 そして相手の腕を利用して別の相手の首を絡ませて、二人一遍に倒すと、三人目の背後にしゃがんで後ろ向きに倒し、既に倒れている二人の上に絡まるように倒した。

 そしてその三段重ねの上に四人目の紀井をうつ伏せに被せるようにした。

 もちろんすぐ技を解いて彼らを立たせた。

「できるのはこれくらいで、うまく行ったときは走って逃げるってのが合気道のやり方だと思う。とにかく防御中心の技だから」

「そうか。わかった。相手を痛めつける技じゃないんだな。それなら俺たち敵対しても意味がないか。いや実は笹暮がお前にやられたというから四人で可愛がってやろうってことでここに連れてきたんだけれどよ」

「じゃあ、これから僕をボコる積りかい」

「その積りだったがやめよう。なにかやる気がなくなった」

「俺もだ。別にこいつに恨みがある訳じゃないし」

 そう言ったのは柔道をやる高倉というズングリした男だ。

「こんなことを続けて行ったら俺たちはいつかは親不幸な生き方をしてしまうんじゃないか?」

 それを言ったのはボクシングを齧ったことのある植野という細マッチョだ。

「そうだな、誰も幸せにはならねえ」

 紀井が大きく頷いて、笹暮の方を見る。

「悪かったな。もう帰って良いよ」

 笹暮もきまり悪そうにそう言った。

 僕はほっとした。

 彼らに貼り付けたスキルの効果がでたみたいだから。

 だがその時、高倉が何か言いたそうにしていた。

「何か?」

「もし、俺が柔道の技をかけるように襟とか袖を掴んだ状態で始めたら防げるか?」

 これは純粋な興味だろう。

「じゃあ、組んでみて投げてみてください。投げられるかもしれないけど」

 高倉は背丈は僕よりほんの少し高いだけだが肩幅は倍もあって胸板も厚い。腕は丸太ん棒のようだ。

 その筋肉達磨のような男ががっしりと僕の襟と袖を捕まえた。

 彼は僕を投げ飛ばそうとしたが、それは簡単に外れて、僕は手の動きだけで彼を投げ倒した。

 高倉は驚いたまま地面に尻をつけていた。

「ど……どうやった? まさか空気投げか?」

 実はそうなんだが、僕はとぼけることにした。

「なんだろう?自分でもよく分からない。咄嗟にやったから。もう一度やれって言われてもできないかも。もう行っても良いか?」

 高倉は大きく頷いた。

 他の三人も頷く。

 だがケシキは僕に囁いた。

『こういう善良な心を現わすスキルは一時的には効果があってもそのまま定着するとは限らない。効き目があるうちに、彼等とは別れた方が良いぞ』

 僕は軽く頭を下げて校舎裏を後にした。

『こんなことを言いたくないが、ああいう連中が爺さんの善良なスキルに触れただけですっかり変わるなんて虫のいい話は信じない方が良い。まあ、自分たちで言い出したことだから、後でまた付きまとうことは無いとは思うが』

(そのときはまた例のスキルを重ねがけしてやりますよ)

『ふふふ、何かの抗生剤と同じく相手に耐性ができて効き目がなくなっていなきゃ良いがな』

(あいつらはウィルスかい)

 そんな冗談口を叩きながら、何事もなかったことで僕の足取りは軽かった。

 口より先に手が出るような連中が、内省的になってあんなことを言うなんてと、僕は何故か嬉しかった。

 スキルのせいであっても、人間の善意を感じると何故かほっとする。 

続きます。

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