勝負は時の運?
高根可憐さんが‘ミスA組’というのは、2学年には三大美少女というのがあって、今はいなくなったがB組の上原詩織さんとC組の篠原理恵さんと共にA組の彼女が数えられていたということだ。
三人の中でも高根可憐さんは合気道道場主の娘で有段者というのもあって、肉体的にも洗練されていて男子の人気は相当なものなのだ。
『おい、彼女はやばい。あまり親しくしてると、他の男たちから敵視されるぞ。適当に胡麻化して離れろ』
ケシキの警告ももっともで、僕は無知を装って目をそらしながら陽気に言った。
「へぇぇ、そんなに難しい技だったんだぁ。だとしたら運が良かったんだ。ラッキー♪」
そう言いながら軽薄気味にそこから離れて廊下に出た。
別に教室の外に用事はないけれど、戻る訳にもいかないので、校内散策にした。
15分の休みのうち半分はもう過ぎていた頃、僕は図書室の中をぶらぶらしていた。
もう大抵の本は読んでしまっていたので、新刊を狙いたいところだが、そういうのは真っ先に借り手が殺到していて棚には残っていない。
だから僕は‘閲覧’スキルを使って、本の背表紙を見ながら情報を拾い歩いているのだ。
例えば‘マヤ文明の謎’という本の表題を見て閲覧すれば、本の内容の紹介以外にも関連書籍とかそれに関する世界的な知識の数々が調べられるのだ。それこそ最先端の知識や情報が映像迄伴って知ることができるのだ。
すると背後で女生徒の会話が聞こえた。
「世界史の先生が喋っていた、あの本読んでみたいんだけれど見つからないよね」
「未開の部族の族長が文明人の白人の生活について喋っていたことを文章にした本だよね」
「そうそうコンクリートの建物のことを石で作った箱のような家とか、靴のことを獣の皮で足を包んで締め付けている不健康なものだとか言ってるのよね。あれ、なんて言ったけ? パ……パ……なんだったけ?」
僕はその本を読んで知っているので、ケシキの知恵も借りて振り返らずに呟くように言った。
「それだったら‘パパラギ’じゃないかな。そっちの一番端の下から二段目の棚にあったよ」
そして片手をのばして方向を示した。
女子たちは急ぎ足で行くと、「「あったぁ」」
と喜んでいた。
まあ、お役に立てて良かった、と思いながら休み時間が終わるので、図書室を出ようとすると、先ほどの女生徒たちが前に回りこんで立ち塞がった。
「ありがとうございます。あの確かあなたはB組からA組に移った人ですよね。くす…み君だったっけ?」
僕は呆気にとられた。というのは今喋っている子は‘ミスC組’の篠原理恵さんで、隣にいる子は召喚されていなくなったB組の上原詩織さんの代わりに三大美少女に昇格した‘準ミスC組’の佐野亜里沙さんだったからだ。
僕は目を逸らしながら、二人の横を通り抜けながら失礼にならないように言った。
「えーと、そんなような名前だったような気がします。偶然さっき見た本だったので、場所が分かったんですよ。ではでは」
それに対してワンテンポ遅れて相手は何か言ったようだったが、その時既に僕はもう図書室のドアを出ていたので聞き取れなかった。
短い休み時間の間に、現三大美少女から話しかけられた偶然に驚きながら僕は教室に戻った。
けれどもケシキは僕にこう警告する。
『美少女というのは、あくまで観賞用の存在で良いんだ。 男は本能的に美少女にロックオンするが、美少女を獲得するのには激しい競争に打ち勝たなければならない。
そしてやっと交際にこぎつけたとしても、いつ他の男に取られるかわからないのでいつも不安に駆られる。 つまり独占し続けなければならないという不安と緊張にさらされるんだ。 つまり美少女の隣に立つ為には、安らぎのない毎日を過ごさなければならないのだ。 その点‘非美少女’には隣に立っていても安らぎがある。 誰にも取られない、自分だけの相手でいてくれる、という安心感があるのだ。 類人猿で喩えると、雌をめぐって争いギスギスして過ごすチンパンジーよりもそれぞれカップルができて平和的に暮らすボノボのような生き方の方が平和だぜ。そしてお前のようなタイプはボノボスタイルがあっている』
僕はその意見を参考にしながら教室に着いた。
なんとなく周囲の目が僕に注がれているような気がする。
いや自意識過剰だ。気のせいだ。
するとそのうち生物の先生が来て、授業が始まった。
生物科は暗記すことが多くて苦手だったのだが、今は気にならない。
ケシキのお陰で覚えられないことは一つもなく、忘れてしまうことは一つもないからだ。
授業が終わったときに生物の先生が僕を呼んだ。
廊下の隅で先生が僕に言った。
「久住君、君の中間テストと期末テスト、それと実力テストの点数なんだが」
僕はだいたい三つのテストとも点数配分を考えて60点以上70点未満になるようにしていた。
つまり平均点に近い目立たない点数になるように解答していたのだ。
「言わなかったんだけど、実力テストはかなり難しくしていてね、最高点が70点だったから君の68点はほぼトップクラスの点数だったんだよ」
「えっ、そうだったんですか?」
「でもね、中間テストは、君の点数は平均点に近かった」
「あっ、はい」
「そして期末テストは新人の先生が作ったせいか、易し過ぎて平均点が87、5点だった。君の64点は最低に近い成績なんだよな」
「はあ……」
「君……わざと60点台になるように解答してるってことはないだろうね?」
「まさか……期末の時は勉強時間がとれなかったし、実力テストは山をかけたのが当たったというか。勝負は時の運ですよね」
「まあ、言いたいことはそれだけだ。じゃあ」
先生は行ってしまった。
その後で僕は背中に冷や汗をかいていたのに気づいた。
うう……今度はうまくやるぞ。
そう思った。
続きます。




