サードブレイン効果
今回で、いよいよ普通以上の世界に突入します。
僕は小学校の頃から不得意な科目があった。
それは社会科だ。
地理的なことも、歴史的なことも苦手だった。
どこの県が日本のどの辺りにあって、県庁所在地がどこで、県の特産物や主要産業はなんだったとかさっぱり分からない。
歴史は日本史も世界史もわからない。
どうして戦争をするのかもわからないし、どうして宗教同士が争うのかわからない。
するとケシキはその僕の弱点を克服してやると言う。
『地理も歴史もその場所や時代にまつわる物語を読み取れば興味が湧くもんだ。教科書は中身を端折った目次か索引程度のことしか書いてない。少し詳しい本を読んで行けば、分かる。まず歴史から行ってみようじゃないか』
僕は図書館に行き、『マンガで分かる日本の歴史』と『マンガで分かる世界の歴史』というのを読むことにした。
と言っても、それぞれ二十巻ずつくらいあるから、せいぜい今日のところは読んで一、二冊かなと思ったんだけれど、違った。
「右手の指にゴムでできた指サックを嵌めて、猛スピードでページをめくってくれ。見開きのページを一瞬で見るようにしてスピードを上げて行ってくれ。速読というのをやってみるんだ』
そんなことをしたら、内容が頭に入らないだろうと思って、言われた通りにやってみたら、不思議に中身がどんどん頭に入って行くのを感じた。
これが速読か?
と思って読んで行くうちに日本史、世界史共に僅か一時間程度で読み終わっていた。
次に日本地図と世界地図の詳しい分冊になったものをこれも速読で読んだ。
そして読んだことはすべて頭の中に入って行った。
僕は期末テストの日本史や世界史は間違いなく満点を取ることができた筈だ。
その筈だが、せいぜい60点から70点の間になるように、答案用紙の記入を調整した。
できることと実際にすることは別のことなので、僕は平均点近くなるように答案を調整したのだ。
ケシキはそれで良い、と言った。
『突然成績が良くなっても、怪しまれるだけだ』
その後百科事典を読んだり、辞書を読んだりして見た。
一度目にした物は面白いほど頭の中に入って行く。
自問自答の力は侮れないことが分かった。
記憶は音楽的なことにも使えた。
ピアノの音と音符を一緒に覚えれば、音符を見ただけでメロディがわかるようになった。
だが図書館の本を片っ端から読んで行くうちにやがて僕の脳にも限界が来たらしい。
つまりオーバーヒートになったのだ。
僕は高熱を出して学校を休み一週間ほど寝込んでしまった。
そして突然それは起こった。
今まで‘閲覧’で読み取れたのは自分が一度でも以前に会ったことがあって名前を聞いたことがある人物に限ったのだ。
だから初対面の人間は‘閲覧’では
『氏名:不明 華志紀との関り:不明』と表示されるだけだったのだが、何故か一度もあったことのない人物の名前やその人間の詳しい個人情報が分かってしまうことになったのだ。
『それはつまりこういうことだよ。お前の顕在意識を司る脳が第一脳だとすると、俺の縄張りの潜在意識を司る脳が第二脳になるけれど、それを突き破って第三脳の領域に入ることができたってことなんだよ。つまり個人の知識を通り越して、周囲の人間の潜在意識の奥の奥にある共通の精神世界にたどり着くようになったってことだ』
そしてそれが‘閲覧’にも影響して、会ったこともない人間を見ても、名前や年齢性別特技趣味体力技能など詳しく知ることができるようになったのだ。
それだけではない。たまたま僕が見かけた人物が、‘閲覧’の中で将棋名人であることを知ったのだが、そのディスプレイ画面に指を当てて右クリックすると、『切り取り・コピー・貼りつけ・削除』の選択画面が出て来るのだ。
因みに右クリックとは薬指で触ることで左クリックとは人差し指で触ることだ。
僕は彼の『将棋名人』の項目をコピーして、自分のディスプレイ画面のスキル欄に貼り付けてみた。
するとそれができた。
僕は将棋のことは何も知らない。けれど膨大な知識が頭の中に入り込み様々な戦略が思い浮かんで来た。
僕は慌てて『将棋名人』のスキルを僕のスキル欄から削除した。
またオーバーヒートして寝込んではかなわないからだ。
けれどもこれを機に周囲の人間の‘閲覧’を見ると、実に人それぞれ得意なことはあるもので、これは必要だなというスキルはあまり脳に負担をかけない程度のものに限りコピーして自分のスキル欄に貼り付けてみることにした。
気をつけなければいけないことは、スキルの全てをコピーするのではなく、一部の基本的な部分をコピーするようにすることだ。
いわゆるオタクの知識は膨大でアニメにせよゲームにせよ、年がら年中知識を漁り回っているのでその膨大な量たるや侮れないのだ。
一応その入り口というか索引的な知識を得ていて、後は必要に応じて詳しく知りたい部分だけをコピーするようにした方が実用的だ。
釣りを趣味にしている人は釣りのスキルを持っている。
他にも女子だったら手芸や料理やファッションなどの趣味とかも常識程度にコピーすることにした。
困ったことは運動やスポーツのスキルだ。
スキルをコピーすることができても、肉体機能がそこまでに追いつかないために、即活用できるとはならない。
武道やなども同じだ。筋肉や骨格、平衡感覚、柔軟性、瞬発力、持久力、あらゆるものが影響し関係してくる。
けれどもそこに至るまでの訓練法や鍛錬法など基礎的なことは分かるので、ほんの少しは役に立つのだ。
そして体の記憶的なことは身に付くので、それを辿りながら繰り返し動いていればだんだんそれらしい動きができるかもしれないということはわかった。
あるとき僕に目をつけて絡んできた男子生徒がいた。
笹暮という奴だ。
そいつは僕より一回り大きい体で、多分腕力では敵わない感じだった。
なにか詰まらないことで因縁をつけて来て、僕が嫌な顔をすると胸倉を掴んで来たのだ。
一瞬僕はその手を掴んで相手を床にねじ伏せた。
合気道のスキルが働いたのだ。
「ごめん、急に掴みかかって来たからつい……大丈夫だったか?」
僕は悪くないのだが、ついつい謝った。
争いごとは嫌だからだ。
相手を起こしてやって埃を払ってやると、向こうは慌ててそこから立ち去った。
「久住君、君って合気道できるの?」
話しかけて来たのはミスA組の高根可憐さんだ。
実は合気道のスキルは彼女から少しコピーして分けて貰っていたのだが。
「ほんの少し齧っただけだよ。というかユー〇ーブで見て真似事をしただけで」
「嘘だよね。あの咄嗟の技は動画で覚えたくらいじゃできないよ」
僕は焦ってしまった。
続きます。




