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普通以上を夢見て

視点が色々と変わります。注意してお読みください。

 蓮冠ハスカップ高校2年B組のHR担任高橋千賀子は、教室に向かう途中そっちの方で眩しい光が数秒続くのを目撃した。


『うちの教室の方からだわ。

 誰かが何かを持ち込んだのね。

 でもあの光はSATが使う閃光弾並みの強い光だったわ。

 いったい何があったのかしら?』


 戸を開けると、なんともうクラス全員が揃って待っている筈なのに、いたのは問題児の久住くすみ華志紀けしきただ一人だった。

「他の生徒は?!」

「知りません。来たら誰もいなかったので」

「君、遅刻して来たの?」

「いえ、ここに来る前にトイレに寄ったので入るのが遅くなったのですが」

「強い光を見た?」

「えっ、知りません」

「いつ来たの?」

「先生が来るちょっと前です」

「わかったわ。久住君はここにいてね」

 私は教室を飛び出したが、どこへ行けば良いのか分からなかった。

 いったい何があったのか?

 そこで隣のA組に顔を出した。

 A組のHR担任の山本哲夫が何かを話している最中だったが、驚いて私を見た。

「どうしたんですか? 高橋先生」

「うちのクラスの子が殆どいないんです」

「殆どとは?」

「久住という男子生徒以外誰もいないのです。彼も教室に入ったときは誰もいなかったそうです」

「「「えええ?」」」

 A組の生徒が一斉に教室を出て山本先生と一緒にB組の教室に殺到した。

 そこで発見したのはたった一人で席に座っている久住と、鞄などを置いたままで誰も座ってない席だった。

 このことについてA組の生徒たちは口々に証言した。

「確かにちょっと前までB組の人たち教室にいたよ」

「チャイムが鳴ってから俺たちも教室に入ったけど、その後すぐ山本先生が来た」

「ああ、確かに私が通った時はB組の教室には生徒がいっぱいいた」

「そしてHRが始まって間もなくして廊下の方がピカッと光ったんだよな」

「そのとき生徒たちが騒いだので、大切な連絡をしていたので、騒ぐなと叱ったんですが」

「隣のB組は静かにしてるのにとか先生言ってたよな。静かな筈だよ、誰もいないもんな」

「とにかく教頭先生に言って来ます。なにか異常な事態が起きたようです」

 その後、学校中を捜したが、とうとうB組の生徒30人中29人の姿は見つけることはできなかった。

 日中は校内の防犯カメラは作動していないので、なにがあったか不明だった。

 けれどはっきり言えることは、生徒たちは教室から出た様子はなく、教室の中から忽然と消えたことになるのだ。

 当然警察も来てあれこれ捜査してもらったが、結論は学校側と同じだった。

 その際久住くすみ華志紀けしき君は学校側からも警察側からも事情聴取を受けたが、なにしろ彼が教室に入った時には誰もいなかったのだから、目撃者にはなりえなかった。

 

 私は長谷川絵里巡査部長です。少年係として補導経験豊富なことから、久住くすみ華志紀けしきという男子生徒の事情聴取を受け持った。

 色々調べて行くと、彼の行動は非常に不可解な点があった。

 何故なら校門が閉まるのは8時30分であり、彼はそれ以前に校門から入ったという。

 けれどもHR開始のチャイムは8時40分で、その5分前には生徒は教室にはいらなければならない。

 勿論その5分前にも予鈴としてのチャイムが鳴る。

 そして高橋千賀子先生がB組に入ったのはHR開始のチャイムが鳴り終わったとほぼ同時だから、8時40分過ぎということになる。

 ところが彼が教室に入ったのはそのほんの1、2分くらい前というから8時38,9分ごろということになる。

 では彼の証言によると校門を通ったのは8時25分くらいというから、十分予鈴の鳴る8時35分より前に教室に入ることができる筈なのだ。

 学校を一周するならともかく、校門から教室まで13、4分もかかっていることになる。

 しかも予鈴が過ぎてから教室に着いているのだ。

 実際に検証してみると、校門から教室までは5分もあれば着いてしまうのだ。

 いったいその間何をしていたのかということだ。

 寡黙な子で滅多に担任とも口を利いたことがないというので、慎重に聞き出してみると言いづらそうにトイレに行ったのだという。

 トイレは確かに教室に行く途中にあるが、そこで8分も9分もかかるとは思えない。

「もしかして大の方だったの?」

 すると彼は顔を赤くして頷いた。

 それから私は気を使いながらゆっくり聞き出した。

 彼はトイレに誰もいなくなったときに、掃除用具入れに隠れたのだという。

 そして予鈴が鳴って人の出入りがなくなった時に個室に飛び込んで大急ぎで用を足して教室に急ぎ足で向かったのだと。

 けれど、教室に入ったときにみんなの鞄などが置いてあったけれど、誰もいなかったので、体育館で全校集会でも急にやることになったのかと思ったそうだ。

「どうして掃除用具入れに隠れたのかな?」

 この私の質問に、彼のしどろもどろの説明によると、個室便所に入ると男子トイレでは目立ち過ぎて注目されたりドアを乱暴に叩かれたりして騒がれるのが嫌だからだそうだ。

 さらになにやら教室内で強い光があったのは8時37、8分ごろらしいが、彼は光には気づかなかったという。

 ということは彼はその後に教室に着いたことになるので、証言通り8時38、9分ごろになるという。

 非常に不可解な行動に思えるが、一応辻褄が合うのだ。

 だから私は彼の行動を報告書にまとめて、それ以上の聴取は不要だと判断した。

 しかし、同時に私は頭の片隅に別のことも考えた。

 もし、彼が教室の近くまで来てまさに今入室しようとした時にクラスのみんなが消えた現場を目撃していたとしたらかなり面倒なことになっていたのだということを。

 恐らく彼は何度も何度も学校側からも他の生徒の保護者達からも警察からもマスコミからも質問攻めにされて心休まる暇などなくなっていただろうということだ。

 とすれば教室に着いた時は誰もいなくなっていたという事実は、彼にとって全く都合の良いことではないかということだ。

 まさに便意の為トイレに直行し、個室に入るのを知られないために用具入れに隠れて予鈴のチャイムが鳴った後用をすまして教室に行ったことが、タイミング的に彼にとって幸運なめぐりあわせだったということだ。

『もしかして、わざとそういう行動をとったと嘘の証言したのかも?』

 私はふとそんなことを疑ったが、高校2年生の内気な男子がそこまでは計算できないだろうと、すぐさまその考えを打ち消した。





 自分の家の部屋のベッドで仰向けに寝転がった僕は、念話でケシキに話しかけた。

(ケシキ、君の言う通りにして良かった。嘘がばれるのじゃないかってヒヤヒヤしたけれど、教頭先生も婦警さんも僕の言葉を信じてくれた)

『どうだ、俺の言った通りだったろう?俺はお前の潜在意識の中のキャラだ。人間の心の全部を氷山に譬えると、お前は全体の約一割で水上に浮いて見えてる部分だ。そして俺は水面下に沈んでいる九割の部分だ。だから俺の方がお前よりも持っている能力をフルに活用できるのだ。華志紀よ、結果的にお前はこれ以上追求されることがなくなった。良かったな。嘘も方便ってのはこう言うことだよ』

 僕のスキル‘自問自答’では潜在意識の知識をフルに使っているもう一人の僕のケシキが僕に助言をしてくれるのだ。

 僕が実際に体験したことを正直に言っていたら大変なことになっていた。

 異世界転生だとか荒唐無稽なことを信じて貰えるかどうかよりも、どうして僕がみんなから弾かれて勇者召喚されなかったのかまで説明するなんて考えたくない。

 それでケシキはそのことも予想して嘘をつくことを助言してくれたのだ。

 だから僕は必要最低限の事情聴取で解放されたのだ。

 そして何よりうれしいことはもう一つのスキル‘閲覧’だ。

 教室に入って来た大人の女性が保健の水野先生でもなく、事務の鈴木さんでもなく、音楽の平野先生でもなく、HR担任の高橋千賀子先生だとすぐ分かったのは僕にとっては奇蹟的な出来事だ。

 先生の頭の上の空中に『高橋千賀子。華志紀のHR担任の先生』と説明が浮かんだからだ。

 相手を見てすぐに名前が分かるなんて、当たり前のことがこんなに嬉しいことだと初めて知った。

 本来警察の人に事情聴取されるなんてコミュ障の僕にとっては拷問に等しいことなんだけれど、頭の上に『長谷川絵里。巡査部長で少年係。華志紀から何があったかを聞く係』と説明が浮かんでいるので、逆に人と会って話をするのが楽しい気もして来た。

 もっとも僕は嘘をつかなければならないので、かなり緊張もしてはいたが。

 まして女性警察官の人にトイレで大をしたかったなどとは恥ずかしくてなかなか言えなかったことだったが、ケシキに励まされてなんとか乗り越えることができた。



 2年A組HR担任の山本哲夫だ。

 急遽、特別措置として久住華志紀をA組に編入することにした。

 元担任の高橋千賀子さんは教頭と共に失踪した生徒の家庭訪問などで忙しく詳しくは話を聞けなかったが、どうもかなりの問題児だという引継ぎをした。

 人の顔を見てもすぐに名前が言えないというか、なかなか級友の名前と顔を覚えられないらしいのだ。

 それだけでなく担任の顔も覚えられないらしく、しょっちゅう他の女性教師と間違えたりしたそうだ。

 そして言葉は常に出て来ない。殆ど喋るのが苦手という感じなのだ。

 そういう非社会的な問題児だと引き継いだが、不思議なことにクラスに編入した途端、クラス全員の名前をすぐに覚えたみたいなのだ。

 しかもコミュ障だという事前情報も全く違って、積極的に男女隔てなく話しかけたり受け答えできるのだから驚いた。

 クラス環境が変わるとこうも変わるのかと高橋先生も私から話を聞いて驚いておられた。

「確かにあれから彼と話をしてみましたが、受け答えはしっかりしていて驚くほどの変容ぶりです。確かに発言するまでの微妙な間のようなものはありますが、それでも以前からくらべると驚異的な進歩だと思います。先生ありがとうございます。きっと先生の教育的な配慮のお陰かと感謝してます」

「いやいやいや、私は何もしていないよ。たまたま彼が成長する節目にあったのじゃないかね?」

 そう言いながら私は内心悪い気はしなかった。




 あるときケシキが僕に言った。

『俺の活動が活発になるほど、記憶力が良くなり、一度覚えたことは忘れないでいることができる。特に先日のように新しいクラスになったとき、クラス全員の顔と名前は一度で覚えたから、その情報を‘閲覧’で示すことができたんだ。学校の成績はお前は中の下の方だが、これからはもっと良くなることになるぞ。なにしろ普通の人間が使ってない脳を意識的に使うことができるからな。お前は普通並みになったって喜んでいるが、これからは普通以上にだってしてやれるぞ』

 僕はそれを聞いて胸が弾んだ。

 普通以上ってどんなだろう?

 いつも普通以下でいじけていた僕が普通以上になるなんて考えたこともなかった。

 ああ、僕は明日の僕が楽しみだ。


 

続きます。

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