ざまぁされる側にチート級能力が目覚めた 婚約破棄編 ~真実の愛に勝るものなんてあるわけねーだろ~
「ダリア、お前との婚約は破棄させてもらうぞ」
王立学園卒業パーティーの最中、この国の王子であるランディが、突然、大きな声で叫んだ。
「…突然、何を?」
ランディの婚約者であるダリアが、困惑した表情で彼に問う。
「俺はある女と真実の愛に目覚めた。お前とは結婚しない」
「な…!?」
真実の愛に目覚めた。たったそれだけ、しかもくだらない理由で婚約の破棄を宣言するとは。
「…ランディ様、自分が何をおっしゃったのか、ご理解されておりますか。私という婚約者がいるのに、他の女性に好意を持つなど、浮気ではありませんか」
「ああ、理解している。他の女のことが好きになった、お前との婚約を破棄する、それだけだ」
「な、何がそれだけですか!?私達の婚約は王家の方々と、我がパルム騎士の家の者、つまり私とあなたの両親が決めた、極めて重要な政略!それを理解されておりますか!?」
そう、彼らの婚約は国に関わる政略結婚なのだ。しかし……
「この国のことなんか知らねーよ。俺はこの国を出ていくからな」
この国を背負う者とは思えない言葉が、ランディの口から飛び出た。
「…ランディよ、貴様、いったい何を考えておるのだ。大勢の人がいる中で婚約の話をするな。しかも、破棄だと……?」
ランディの父であり、この国の王でもあるアインが、静かな、しかし怒りをこめた声を出した。
「何を考えているって、この女と婚約破棄して、この国を出ることを考えているんだよ。この国を出たら何をしようかって」
「き、貴様!ふざけているのか!」
「ふざけているのはお前達だろ、クソ親父」
「く、そ…おや、じ……?」
汚い言葉がランディの口から吐き出される。その声にはアイン王以上の怒りがこめられていた。
「口を開けば『お前は国を背負うからしっかりしろ』、
教育が終われば『次の授業がございます』、
実戦演習で下級ゴブリンを倒せば、騎士団のクソ団長から『できて当たり前』。
お前達は、子供でもできることができないのかよ?」
ランディの口から次々と言葉が出てくる。
以前のランディは、気弱でおどおどしていて、王には不向きな人物だった。頭も賢くなく、学問は劣る。剣術の演習も、他の生徒は5分で倒せる下級ゴブリンを、ランディは1時間かけて倒し、しかもそこでスタミナ切れで動けなくなる。何もかもダメな人間だった。
しかし、今のランディは、少なくとも気弱は人間には見えない。何がランディをこんな状態にさせたのだろうか…。
「クソ親父、こんな大勢の人がいる中で婚約の話をするなって言われても困るんだよ。今しか話す機会はねーよ。こっちは剣術の鍛練、ダリアは王妃教育で会えなかったんだ」
「……真実の愛に目覚めた、と言ったな。誰だ。誰と恋に落ちた?その女と話をさせろ」
アイン王がそう言った瞬間……
「奥義!雷鳴拳ッ!」
「ぐほあぁ!?」
アイン王が後方へと吹っ飛ばされた。なんと、ランディの拳がアイン王に直撃したのだ。
「う、うわぁ!」
「き、キャアア!?」
突然のランディの暴力により、パーティー会場は騒然となる。
「俺の恋人に手を出すなら、容赦しねーぞ」
ランディの声に殺気が見え始めた。
「へ、陛下!ご無事ですか!」
騎士団長のヘイムがアイン王のもとへ駆けつけた。
「…わ、私は大丈夫だ。そ、それよりランディを捕らえよ!」
アイン王はランディを睨み、指差す。
「ランディ!貴様!我が娘ダリアの婚約を破棄など馬鹿げたことを叫ぶだけでなく、国王を殴るとは!何を考えているッ!?」
ヘイムとヘイムの部下が、ランディを囲み、剣を抜く。しかし……
「へえ、やるっていうのか。いいぜ、かかってこい」
ランディはテーブルから食器のスプーンを手に持ち…
「奥義!烈風閃!」
ランディはスプーンを持った右腕を、左から右へと振った。すると、
「う、うわああああ!」
「ぐわあああああ!」
ランディを囲んでいた騎士団は、あっけなく吹っ飛ばされた。
ランディは剣ではなく、スプーンで10人の騎士を倒したのだ。
(下級ゴブリンすら苦戦するランディが、いつの間にこんな奥義を?)
「ら、ランディ…貴様、いつの間にその技を……?」
ヘイム騎士団長は、ランディを睨みつける。
「これが愛の力だ。真実の愛に勝るものなんて、存在しねーよ。愛の力は偉大だぜ」
「愛の…力だと?何を、ふざけ…」
「ふざけていない。俺は真剣だ。
半年前、俺は学園の実戦演習で行ったサリアンダの村で、俺はある村娘と恋に落ちた。彼女はすごく優しい心の持ち主だ。彼女は村の付近の森での狩猟を終えた俺に『ありがとうございます、勇敢な戦士様』と言ってくれた。他の村人も優しかった。あんな太陽のような笑顔で『ありがとう』と言われたのは、生まれて初めてだ」
ランディはヘイムを睨み返す。
「それから俺は、空いた時間を使ってサリアンダの村へ行き続けた。そして森での狩猟の手伝いをし続けた。そしたら村長は金をくれたんだ。俺は金銭を要求していないのに、報酬を出してくれたんだ」
ランディの、スプーンを握る手に、更なる力がこめられ、ぐっとより強くスプーンが握られる。
「俺は誓った。
強くなる。
強くなって、あの村娘を、村を守る。俺のことを大事にしてくれて、俺のことを正当に評価してくれたあの村に恩返ししたいってな。
それからすげー特訓をして、森の中での実戦て戦いの経験を積んだ。
何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も、な。
そして、半年で奥義を身に付けたんだ。これが、愛の力だ!」
まるで演劇の役者のようなセリフで、ランディは自分に酔っているように見える。こんなランディの姿、本来なら見ていると恥ずかしいのだが、このパーティー会場にいる者たちの中に、ランディのことを恥ずかしいと思う者はいない…いや、恥ずかしいと思ってはいけない。彼を嘲笑すれば、あの恐ろしい奥義が自分たちに来るかもしれない。
ランディは、今度はアイン王を睨みつける。
「聞け、クソ親父。
何か仕事をしたら褒める、感謝する、報酬を与える。
これは子供でもわかる、万国共通のルールだ。…さすがに俺はまだ未成年だから報酬を要求する権利はない。だからサリアンダの村長に金銭は要求しなかった。
金がないと飯は食えないし、剣の手入れもできないから、結局もらったけどな。
ともかく、報酬を要求する権利はないが、少なくとも感謝の言葉は言うべきだ。
なのに、お前達は『できて当たり前』、『国を背負うからしっかりしろ』。
俺に感謝の言葉を言ったことは一度もない。
お前たちは、子供でもできることができない、クソ人間だ!」
ランディの怒りの視線がダリアを向く。
「ダリア、俺の婚約者なら、労いの言葉を言うべきだったな。俺はいつもお前の王妃教育に『お疲れさん』って言ってきたが、お前の方は何も言わない。剣術の鍛練を終えても、学園で長い講習を終えても、何も言わない。
さっきお前は、俺が村娘と恋に落ちたことを浮気って言ったが、お前だって陰で俺の悪口を言って、同じ騎士団のクラウスと結婚したい、って愚痴を言っていただろ。お前も浮気しているじゃないか。
それに、この婚約は親が勝手に決めたこと。俺はお前と結婚したいと思っていないのに、親が勝手に結婚しろって言っているだけだ。
そもそも、愛される努力をしなかったお前が悪い。これは浮気とはいわねーよ」
愛される努力をしなかったお前が悪い。これはドラマでよく聞く、浮気をした男がよく言う最低な言い訳・セリフである。しかし、今のランディが言うと、言い訳には聞こえず、むしろ正当な理由に聞こえてしまう。ランディの浮気は、彼の強大な力によって正当化されたのだ。
「これは浮気ではない。俺には慰謝料を払う義務はない。じゃ、俺は出ていくぜ。
…その前にふたつ、忠告する。
ひとつ。ダリア、俺とお前の婚約は国に関わると言ったな。つまり、この国は、俺とお前が離婚する、たったそれだけで滅びる軟弱な国ってことだ。俺のことを軟弱と言っていたが、軟弱なのはどっちだ?
そしてふたつ、サリアンダの村の人、特に俺の恋人に何かしたら、絶対に許さねーぞ。ぶっ殺してやるからな」
ランディは、パーティー会場を去っていく。アイン国王、ダリア、ヘイム騎士団長、他の生徒たちと、その保護者たちは、何も言えず、しばらくその場で立ち尽くしていた。彼を止めることは、誰もできなかった。
ランディとダリアの婚約破棄騒動から1ヶ月。
王都内では緊迫した日々が流れていた。王位を継承できるランディがいなくなったのだ。
王妃はランディを出産後、体調を崩して逝去されたので、他に王子はいない。アイン王は厳格な性格で、無数の女に溺れては民に示しがつかない、という理由で、愛を王妃だけに捧げ、側妃を持たなかった。そのため、ランディには腹違いの兄弟すらもいない。そうなると、王都の中で、最も政治力に優れた貴族が王位を継ぐことになる。
「次の王は自分だ」
水面下で、貴族たちの静かな戦いが始まっていた。罪を捏造して他の貴族を蹴落とす、殺し屋を雇って直接的に排除。あらゆる汚職、犯罪が貴族の間で発生し、政治は腐敗していった。
更に、ヘイム騎士団長が王宮を辞める許可を願い出た。
「…修行の旅に出たい、だと?」
「陛下、私は、ランディの愛の力とやらに敗れました。このままでは部下に示しがつきません。辞める許可をください」
「そなたは十分強いではないか」
「陛下、ランディが使った奥義、『雷鳴拳』と『烈風閃』、私はあの奥義を身につけるのに6年かかりました。しかし、ランディは、たった半年であの奥義を身につけたのです。しかも、ランディは『烈風閃』を、剣ではなく、スプーンで使ったのです。この広い世界には、私よりも上の存在がいるということを思い知らされました」
「ううむ…」
「そして陛下。私は、陛下のご子息であるランディの素質を見出だせず、間違った指導をしてしまった。ランディの言う通り、私は、ランディのことを評価したことも、訓練を終えたことに対する労いの言葉をかけたことも、一度もありません。王にふさわしい人物に育てようと思うあまり、彼には厳しすぎる指導をしてしまった。厳しい試練を乗り越えれば、 たくましい人物に育つだろう。そう思っていました。
しかし、ランディを急激に成長させたのは、私の訓練ではなく、愛だった。サリアンダの、名もなき村娘の愛が、ランディに力を与え、彼は急激に成長した。私は、指導者としても失格です」
ヘイムはうなだれた。
「あの婚約破棄騒動、『子供でもできることができなかった』、そして我が娘ダリアへの『愛される努力をしなかったお前が悪い』という発言。ランディの言動は無茶苦茶ですが、彼は彼自身の力で、彼の発言を正しいということにしてしまった。あの婚約破棄は誰がどう見てもランディの有責ですが、彼は自分の浮気を強引に正当化させてしまった。
正しさとは常に勝者にあり。敗者である私に、彼を批判することはできません。
力なき正義は、悪なのです。私は悪役。そして我が娘ダリアは悪役令嬢。
子供でもできることをせず、ランディを追い詰めた。今の私は、幼児レベルの頭脳しか持たない悪者なのです。どうか、罰としてこの無能な悪者を追放してください」
そう言って、ヘイムは王都を去っていった。娘、ダリアを残して。
ダリアは、自室の中で大きくため息をついた。
(どうしてこんなことになってしまったの?)
政治の腐敗、そして騎士団長の辞職による国の防衛力の低下。王都は、内側と外側、両方から追い詰められ、国は崩壊寸前だった。そんな中、大事件が起きた。領土拡大のため、隣国がこの国を攻めてきたのだ。ついにこの国は終わり……と思いきや、サリアンダの村からひとりの男が駆けつけた。ランディである。
「あの王都はどうでもいいが、村を壊すやつは許さねぇ!愛の力を見せてやるぜ!」
王都とサリアンダの村は近い。隣国の兵は、王都を攻め落としたら、次はサリアンダの村を狙うだろう。そう考えたランディは、たったひとりで隣国の軍団に立ち向かい、そして、信じられないことに勝利した。彼は、たったひとりで、1万人の兵を倒したのだ。皮肉なことに、この国は、かつて王には不向きと嘲笑われたランディによって救われた。
ランディは村の人々から褒めたたえられ、村娘と結婚。ランディは幸せに暮らしているという。
隣国からの攻撃を受けた王都は、この攻撃を省みて、防衛力を強めるため、水面下で争っていた貴族たちは手をとりあい、協力することになった。一応、国は平和を取り戻した……
ように見えたが、別の問題が発生していた。
「私はランディ様のように生きていくわ!」
「もうあんた達の言う通りにはならない!」
「お前たちは俺に愛を注がなかった!」
「そんな甘い考えは通用しないだと?じゃあ、甘い考えが通用する所に行く!」
「汚職が貴族の正義だというのか?そんな生活、もういやだ!」
「ランディはわがまま?違うわ!ランディは優しくて素敵な人よ!」
決められた政略結婚、人生、厳しすぎる勉学の指導に不満を持つ王都の貴族の子供たち・若者たちが、ランディの勇姿に影響され、不満を爆発させていたのだ。そのせいで貴族の大人たちは頭を抱えていた。
「ランディ様が正しいということが証明された!お前たちは間違っていた!いつかお前たちは罰を受けるぞ!ざまぁみろ!」
(ランディが正しい…私が今まで両親から受けていた厳格な指導は間違っていた…
はは、あはははは…私の今までの苦労はいったい…)
貴族の子供たちの不満の叫びが響く中、ランディの元婚約者であるダリアは、ただ笑うことしかできなかった。






