眼帯姫のお家
一日一投稿にしてましたが、一週間ほどの間は一日二回投稿に変更しようと思います。朝七時と夜八時の二回にいたします。
下記のルールを前提にお読みください。
★主人公のセリフの見分け方
「 」異世界言語のセリフ(カタカナ表記は発音が上手く出来ていない)
「〝 〟」異世界言語のセリフの中にまざる日本語
『 』日本語のセリフ
*前話の誤字報告ありがとうございます。意味は合ってても伝わりにくかったのかもしれないので少し付け加えております。
「ねえ、ヴィオランテ。」
「いかがなさいました?」
「ワタシハリキューニイク。」
「申し訳ありませんが認められません。」
「ハナガシヌ。イヤ。ダメ?お願い。」
なるほど、「離宮に戻って生活したい」ではなく「離宮の花が枯れていないか心配」なのだろう。完全にワイルドガーデンと化していたが、あれはあれで趣きのある庭だった……ような気がしないでもないヴィオランテはたまにならと条件を付けて離宮に行くことを許可した。一人称の発音がままならず、美しい発音ならば日本語にすると「わたくし」となるところが未だ「わたし」のままだが、語彙は増えた。
婚約予定のランベルトもむしろそれを好ましく可愛らしいと捉えるようになったらしく、エリザベッタの騎士になってからまだ数日しか経ってないが、彼女が言葉を噛む度に慈愛の眼差しを向けている。まあ、それは決して男女の情ではなく、幼な子の成長を見守るようなものではあるのだが。
「馬車では時間がかかります。馬で参りましょう。」
エリザベッタは馬に乗れないので、ランベルトと同乗することになった。ランベルトだけでなくチェレステも一人で馬に乗れる。ヴィオランテも乗れなくはないが、歳が歳なので騎士と共に乗る。
「これは……!」
「これが離宮!?廃墟じゃない!!」
放置されたままの離宮は相変わらず蔦が絡まり、もうすぐ夏を迎える季節のためか草は勢いを増して鬱蒼と生い茂っている。
(ああ〜、やっぱり!こんな気がしてたんだよ!)
すぐさま草むしりを始めようとしたエリザベッタにヴィオランテが「しなくてよろしい」と言い、チェレステに抱き起こされる。不貞腐れたエリザベッタにチェレステとランベルトは苦笑した。
だが同時に理解する。こうして一人、この離宮で出来る範囲を整えながら生きて来たのだと。それはとても辛く苦しいものだっただろう。二人の魔王討伐とは違う。あれだって辛く苦しかったが、エリザベッタは四歳から十年間、訳も分からないまま必死で生き延びて来たのだ。教育を施されなくても、四歳で持てる知識だけで何とかやりくりしていた。それを考えると、エリザベッタはとても知能が高いのではないかと二人は考えた。当たり前だ。健常の大人の精神が入ってるのだから。逆を言うとこれ以上の伸び代はないのかもしれない。
「ワタシハハーブ。トル。食べる。」
「ああ、これを食べていたのね。ミント、バジル、セージ、ローズマリー、レモングラス、ラベンダー、色々あるわね。」
そんなことない。もっとあったはずだ。緑の爆弾とはよく言ったものだ。ミントによってカモミールが駆逐されている。エリザベッタにとっては大変ショックな出来事だった。余りにも勢いが良すぎて葉や枝が重なっているので、小屋からハサミを持って来て剪定していく。
作業をしながらふと気付いた。そういえば、アレがそろそろ食べ頃なのではないか。ああ、そうだ。アッチも収穫して、慕っていた料理長の味に近付いたアレを仕込みたい。他にもアレやコレと思考を巡らしていると、自由に見て回っていたチェレステとランベルトが声を上げた。
「すごい!枇杷が鈴なりだ!グミの実も!」
「こっちはさくらんぼに杏子、まあ、丘陵にはオレンジまで!!」
横目で見るとランベルトは無遠慮にも勝手にもいで枇杷やグミを食べていた。ドカドカと足を踏み鳴らしながらエリザベッタはランベルトへと近付く。
「食べない!ワタシノ!食べないはシヌ!」
貴重な食糧を盗られたと怒るエリザベッタにランベルトは心底申し訳なさそうにして謝った。
「バカね。英雄のくせにつまみ食いだなんてみっともない。」
「美味そうに見えたから仕方ないだろ!殿下、どうせここには住めません。収穫してしまった方がよろしいのでは?」
(それはそうかもしれないけど!肥料の手作りからして頑張って育てた果物なのに!)
プンプンと擬音がつきそうなほど頬を膨らまして腹を立てているエリザベッタのその膨らみをランベルトはリスみたいだなぁと思って吹き出してしまった。黙っていると冷たいように見えるのに、どうしてこんなにも守りたくなるのか。見た目だけなら庇護欲をそそるチェレステの方が好みだ。中身が特大の爆弾なので結婚は御免被りたいが。エリザベッタにだけ湧き起こる感情は生い立ちに対するただの同情か。それとも。
ランベルトはとにかくこの妹のような美しい少女を、年長者として、王国騎士として、健やかに育てなければならぬという謎の使命感でいっぱいになっていた。
「収穫。厨房にモッテク。ヨーイスル。」
エリザベッタはそう言うとプリプリしながら離宮の中に入って行った。勝手知ったる我が家だ。厨房の裏口から入って行く。鍵?そんなもの、必要ある?この離宮はどこもかしこもエントランスフリーなのだ。
「殿下、何をなさるのです?」
(保存食ってなんて言えばいいの?)
「料理スル。果物、ズット食べられる。」
テキパキと調理台とその周辺を片付けて調理器具を用意していく。
「わたくしはレモン欲しい。イッパイ。」
「クリザンテーモ卿に頼んで参りましょう。」
ヴィオランテに止められるかと思ったが、どうやら好きにしていいらしい。ホッと息を吐き、砂糖の壺を調理台に置くと小麦粉とベーキングパウダーの計量を始めた。エリザベッタはついでにお菓子を作るつもりらしい。
チェレステが先に収穫した分を運んで来た。見かけよりも力持ちのようだ。小屋にあった籠いっぱいの杏子を持って来てくれた。
「チェレステオネーサマ、ありがとう。ここ置く。」
「何か手伝うことある?」
「テツダウ……うーん、杏子は洗う。」
「これを洗えばいいのね?」
「フク。取る、ここ。ここ、何?」
「え?えーと、ヘタ、よね?」
「ヘタ、取る。お願いシヤス。」
また発音を間違えてしまった。ぶすくれるエリザベッタにチェレステは微笑む。
「気にしないの。言葉は気長にいきましょ?」
「はい。」
気長に、焦らず、確実に。それがチェレステの教育方針だった。まだ授業は数回しか受けてない。というより、日常生活も授業である。動詞にはとても手こずっているが、動作をジェスチャーしながら単語を叫ぶチェレステは前世で読んだ偉人ヘレン・ケラーの教師のようだ。
『サリバン先生みたい。』
エリザベッタがこぼした日本語をチェレステが拾った。まずい。訝しむ顔でエリザベッタを見ている。
「貴女、もしかして……?」
ドクンと心臓が跳ねた。エリザベッタはおろおろとするばかり。なのにチェレステも次の言葉を探しているようで、続かない。
「おまたせしました!どちらに置けばよろしいですか?」
そこにランベルトとヴィオランテが戻って来たので、会話は終わってしまった。この世界にはないであろう言語を聞かれたことでエリザベッタは動揺して涙目になっている。
「おい、妹までいじめんなよ。」
「わたくしは誰のこともいじめたりしてないわよ!」
一気に場の雰囲気が変わったので、気を取り直して保存食作りをすることにした。オーブンに余熱を入れ、灰汁取り用の水を用意し、大きな鍋と戦いながら手際よく作業を進めて行く。包丁の扱いだってお手のものだ。杏子を切り鍋に放り投げ、時には砂糖をかぶせて浸透圧を利用し、水を出す。
「何を作るの?」
「さくらんぼコンポート。ビワコンポート。アンズジャム。焼くお菓子。」
他にも色々と作りたいものがあるが、今日のところはこの辺にしておこうとエリザベッタは考えていた。特にマーマレードは時間がかかる。アク抜きで一晩水にさらさなければならない。それに弁当持参でやって来ている。食事を用意する必要はない。
三人に身振り手振りを加えながら作業の指示を出してエリザベッタ自身は火の番だ。杏子ジャムとさくらんぼのコンポートを同時進行で作りながら、生のさくらんぼを摘む。チェレステは枇杷の皮剥きに手間取っていて不器用さを晒し、ランベルトに揶揄われていた。残りの護衛騎士たちも続々と収穫物を厨房に運び込んでいる。
こんなに離宮が賑やかなのはいつぶりだろうか。エリザベッタは幼い頃を思い出しながら、灰汁を掬っていた。
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