眼帯姫よ、永遠に
めくるめく一夜が明け、泥濘のような、底なし沼のようなランベルトの愛に翻弄されたエリザベッタは、いつもより遅い時間に目が覚めた。ランベルトが起きたからだ。
音がして、サイドチェストの引き出しを開けたのが分かった。カチャカチャと小さな何かがぶつかる音がする。
「ッ……!」
痛みを堪えるような漏らす息が聞こえて、何事かと飛び起きた。
「ランベルト?」
「ん、ああ、エリザベッタ、おはよう。身体はどう?」
寝台の縁に腰掛けていた夫となった人は、驚くべきことに注射器を自らに刺していた。
「何してるの!?」
肌触りのよいシーツの上を四つ這いで進んでランベルトに詰め寄ると、紫眼は相変わらず優しさをたたえてエリザベッタに微笑みかけた。
「治療?いや、修行かな?」
「治療って……どこか悪いの?ちょっと診せて。あ、聴診器ない……」
「俺は健康だよ?アッズーラ様のお墨付き。」
「ならなんで!?」
なんでと言いながらも昔取った杵柄でサクサクと脈を測り、素肌の胸に耳を当て体温と心音を確認する。腹も問題ない。多少脈が速いが、それほどではない。けれど、寝起きに何もしてないはずの彼の脈が速いのはなぜだ?
まさか、おクスリでもキメちゃってるのか?おクスリキメてたからランベルトのランベルトが機能していたのか?いやでもED治療は服用が主なはずだ。ちょっと待て。その前になぜここに注射器がある。
はたと気付いて、アッズーラのお墨付きという言葉に行き当たる。魔族から流れてきた知識なのだろう。形は現代医療で使用されているものと左程変わりないので元はクワンの知識なのかもしれない。
「エリザベッタと永遠にともにいるため。」
「答えになってない!!!」
「驚かせてごめん。コレはね、魔族の血漿なんだ。極少量でちょっとずつ身体を変化させる。」
「魔族の血漿……?PRP療法ってこと?」
「ごめん、それがなんだか分かんないけど、アッズーラ様の研究なんだって。壊れた聖女たちを元に戻すのと、これから嫁いでくる聖女が壊れないようにするための。ところで、俺の奥さんは朝から夫を誘惑したいのかな?その格好、すごくそそられるんだけど。」
ふと顔を下に向けると、いつのまにか着せられていたネグリジェの広く開いた胸元からたわわの谷間が見えている。両腕で押さえつけられて、誘ってるんだっちゅーの!と言わんばかりだ。
恥ずかしくなって慌てて掛布を頭から被った。クスクスと笑うランベルトはそれをめくって頭を出させてつむじに口付けた。あ、まーーーーい!
嬉し恥ずかし新婚初夜を終えて、一週間の休みを取ったランベルトに甘やかされた。寝台の上だけでなく、狩りもしたし料理もした。これまで聞いたことのない、貴族になる前のランベルトの暮らしの話には、思わず彼を抱きしめてしまった。エリザベッタの作る菓子を食べて、母を思い出したと言ったから。
けれども彼はそれでも毎日の鍛錬を欠かさない。公爵でありながら、今でも騎士団の訓練に週に何日か顔を出している。そんなことをするようになったのは、己の魔力の器を魔族に匹敵するほど広げるためだ。
アッズーラの研究では、魔力と聖力は反作用はあっても全くの別物であって、それぞれの器があるらしい。それは肉体だけでなく魂に由来するものだと言われてしまうと、科学的な医療の医師だったエリザベッタはお手上げだ。
エリザベッタはハネムーンから日常に戻ると、アッズーラの研究へ協力を申し出た。ランベルトは今のランベルトにしてはめずらしく難色を示したが、貴方のためだというと仕方ないなとため息交じりに笑って了承した。
糖尿病治療のインスリン注射のような脂肪に刺すものではなく、筋肉注射を月に一回に変更し、その日と翌日は仕事を全て休んでエリザベッタと寝台の上で過ごす。鍛錬も、軽いものだけ。反動は強いが、その分全身に魔族の細胞が回りやすく、効果は確実に現れている。
永遠にともにと言われて、毎朝ああして血漿を注入してまでエリザベッタのために人であることを捨てようとするランベルトの愛と献身は、エリザベッタの心を溶かすのに充分だった。
エリザベッタは常にランベルトの側にあり、それは医師である自分の務めだと言って彼の世話を進んで引き受けた。食事の管理も、着替えも、挙句は風呂の世話まで。もしかして介護ですか?と聞きたくなるけれども、風呂の世話は結局エリザベッタもランベルトに世話される羽目になるのでひたすらイチャついているだけだ。
ぶっちゃけ前世でしていることとあまり変わりないが、ただ経済的な依存がない部分は非常に大きく、エリザベッタは疲弊していくどころか生き生きとしている。
「幸せそうね。」
「ええ、とても。お姉様もね。」
エリザベッタとランベルトの結婚から一年が経ち、チェレステの腹は一度出っ張ったあとに引っ込……んでない。魔族の子は妊娠期間が長い。生まれるのはまだ先の話だ。魔界ではなんとなく育つまま、生まれるままに任せていたものを、医師の自分を取り戻したエリザベッタが、遥か彼方に勉強した知識とアッズーラの助力の二本柱で、チェレステを支えている。
妊婦だけれど女王なチェレステに休みはない。いや、休みはクワンがもぎ取るし、勤務体制そのものを変えてしまったので、休みはあるのだが、その時間は全てクワンのものだ。姉妹のお茶会など、いつぶりだろうか。
ランベルトは、人を捨てることに後悔はないと言った。チェレステもまた、後悔などしないのだろう。クワンの愛だって、ランベルトに負けないくらい強くて、底が見えないほど深い。
二人はきっとこの姉妹に愛されなくても、ずっと己の想う人である二人を愛し続けるだろう。今は、愛で羽根をもいで、己の腕の中こそが彼女たちが自由に羽ばたける唯一の場所なのだと教え込んでいる最中だ。
愛には愛で返された方がいいに決まっている。執着溺愛監禁(現在は軟禁)も、居心地がよければそこは天国なのだ。
「あー、やっぱりエリザベッタの作るケーキが一番美味しいわ!」
「ありがとう、お姉様。嬉しいけど、そんなこと言ったら料理長が泣いちゃうわよ?」
「いーのいーの!エリザベッタは特別なんだから!」
かくしてヒロインと悪役令嬢に転生したエリザベッタとチェレステは、タッグを組んだ夫二人に隣り合わせの離宮と王宮という町ひとつ分が入る敷地内で自由に羽ばたいている。王侯貴族の鳥籠はスケールが違う。
渋めに淹れた紅茶を一口流し込んで、二人で見上げた初夏の空は背伸びしても手を伸ばしても届かないほど高く、チェレステ王国に相応しい突き抜けた永遠の青だった。
『眼帯姫はたくましい』これにて完結です。
時間がかかってしまいましたが、最後までお読みいただきましてありがとうございました。




