眼帯姫の鳥籠
クリザンテーモ公ランベルトと王妹エリザベッタの結婚式は、三か月後に行うと発表があった。エリザベッタは魔族大公ウーコンの協力の末、無事に快癒したとのことだ。
国民はその告知に、久々に沸き立った。愚かな王子ファウストが、姉を亡き者にせんとしたことは国民の誰もが知っている。クリザンテーモ公の真実の愛が奇跡を起こしたのだと話題になった。そんな事実はなく、しっかりウーコンの協力とあるのに何故かそんな話になって、下町のゾーエおばばまでもが涙した。
クワンの盟友は、素晴らしい英雄だ、と。
さて。今すぐにでも掻っ攫って行きたいところをぐっと我慢の三か月はなんのために必要な時間かと言うと、体型が変わってドレスを仕立て直さねばならなくなったためである。
出るとこ出まくって引っ込むところは引っ込んでいるエリザベッタは、王国の華と呼ばれ、国王コンスタンツォが公妾候補との顔合わせで一目惚れした頃の母ジュリエッタの姿とそっくり……よりもちょっとフケている。むしろ亡くなる直前くらいの姿に似ている。
コンスタンツォは顔と乳と妻と違って控えめなところに惚れたので、エリザベッタとは性格が違うように思われがちだが、実のところジュリエッタはコンスタンツォなんかに全く興味はなく、その少し前にマニョリア伯爵家がムゲット公爵家から援助してもらった手前、渋々引き受けたお見合いだった。
控えめに見えたのは、コンスタンツォがアホ過ぎて会話が成立しなかったからで、対話をあきらめただけだ。主家を差し置いて、いつか正妃にしてやるなど絵空事。しかも、二人にとって初めての子であるエリザベッタを魔の色として蔑んだ。ついでに自分も蔑んでくれれば早々に引っ込むことが出来たものの、自分への執着だけは激しく、ファウストまで産むことになって、挙句の果てに死んだのだから、コンスタンツォはジュリエッタの悪霊に取り憑かれ呪われても仕方ない。
余談だが、第四王女は一年前、めでたくピエトロの妻となり、現在は伯爵夫人だ。王女の降嫁先としては最低レベルの新興伯爵家だが、現代の三英傑と呼ばれるランベルト、ピエトロ、ウンベルトに嫁げたのだから感謝すべきだ。立場的に有無を言わさず母と連座になってもおかしくなかったのだから。
いまだに一目惚れしたクワンを誘惑しており、その度にピエトロに分からせられるこりない女だが、ピエトロはピエトロでそんな状況を楽しんでいるので、どっちも頭がおかしいとは女王チェレステのお言葉である。ちなみにそっちの姉も妊娠中だ。
ウンベルト?それなりの家からそれなりの奥さんもらって、それなりに幸せにしてます。ピエトロの所業は本物の貴族とあまり縁がなかった故、王女の降嫁を重要視していないせいだ。まあ、正妃の娘というだけで重要視されるような暇でもなかったのだが。むしろ今はそれが瑕疵になっている。
「記憶、そのまま……」
「さすがにツタはね。建物傷めるからダメだって」
なんと!エリザベッタお気に入りの蔦の絡まる洋館は、メンテナンスする大工にNGを突きつけられたらしい。
エリザベッタは今、久しぶりに離宮に来ている。外観は記憶そのままに、中はかなり手を入れられたが、幼い頃から過ごした面影はそこかしこにあった。
チェレステの粋な計らいで離宮を下賜され、そのままここに住み続けていいと知ったときのエリザベッタの喜びようはすごかった。
結婚しても必要最低限の仕事さえすれば、狩りも庭いじりもしていいとランベルトは言う。
「帰って来る場所が俺の腕の中なら、自由にしていいよ。」
「ありがとう、ランベルト。すごく嬉しい。庭木もハーブも、元気なままで安心したわ。」
さすがに公爵となると忙しいもので、ランベルトが自分で手を入れているわけではない。雇った庭師に、ランベルトとヴィオランテなどエリザベッタの愛した庭を知る者たちで指示を出して、そのままを維持してきたのだ。
「お姉様にもちゃんとお礼を言わなきゃ。」
「そうだね。」
チェレステとランベルトのいがみ合いは、完全になくなったわけではないが、以前のような口汚い罵り合いはしなくなった。それどころではなくなったとも言えるが、間にクワンというクッションが置かれたにしても、それは彼らが大人になった証拠でもある。
カプセルに封印される直前、チャリンチャリンをへそくって、刹那的な我が世の春を謳歌していたエリザベッタだったが、今は心から満ち足りている。
いや、少しだけ、寂しくもある。なんだか自分だけ置いてけぼりになったみたいだ。
本日の用件は、またもやエリザベッタの部屋の内装を決めるためであるのだが。
年季の入った木の板が、まるでランベルトの髪のようで。
「なんだか照れくさいな。」
鼻の頭を掻いているのに、婚約者がカッコいい。
壁紙は、ラベンダー色を選んだ。ランベルトの瞳の色だ。
浮かれていると自分でも思う。だけど不思議と、迷いはなかった。
この離宮は鳥籠だ。エリザベッタに自由と思わせるための。もう二度と、ここから出しはしない。
余った時間で、二人並んで厨房に立ちながら、昔懐かしい母の得意だったスープを振る舞った。エリザベッタの作った主菜と並べば、それがランベルトにとって一番のご馳走。
「おいしいわ、このスープ。酸味がきいてて。」
「最後にレモンを一搾り入れるのがコツなんだ。」
「〝トムヤムクン〟みたい。いくらでも食べられそう。」
耳慣れない言葉だが、異世界の料理なのだろう。トムヤムクンがどんなものかを尋ねて、エリザベッタが答えて、今度作ってとねだると、いいわよと楽しそうに笑う。
もうすぐ完成する。エリザベッタが入って、それで終わりだ。
愛しい人。永遠に逃さない。文字通りの、永遠にだ。
紫眼に宿る仄暗いゆらめきに、エリザベッタは気付かない。気付かないまま、幸せになった方が身のためだ。




