眼帯姫はこわい
エリザベッタが目を覚ますと、少し大人びたランベルトが寝台の脇に椅子を置いて居眠りをしていた。
エリザベッタをカプセルから出したあと、ランベルトは仕事を放り出してずっと愛する人のそばに侍っている。いや、放り出してはいない。この部屋で書類の決裁をしているだけだ。ただの署名印刷機でもハンコプリンターでもなく、それなりに自分の頭で考え、理解しようと真面目に取り組んできた。
でなければ、エリザベッタが目覚めたとき顔向けが出来ない。そんな理由で。
「ラン……ベルト?」
「ん……エリザベッタ?起きた?」
「うん……わたくし、かなり長いこと寝てた?」
「ふふっ」
「なんで笑うの?」
「このやりとり。実は五回目。」
エリザベッタはカプセル解放後、度々目を覚ましてはまた眠りについている。朦朧としたまま水分をとって、二言三言会話をして、寝る。なので、その前の会話を覚えてないことが多い。
「そう、なの。わたくし……あ、そうだわ。ファウストに……」
「ああ、無理しないで。本調子じゃないんだから、起き上がらなくていいよ。」
「ううん。なんか、身体ギシギシするし、寝過ぎたわね。今、何時?もしかして、夜?日付け変わったの?仕込み途中だったのに、明後日の結婚式に間に合うかしら。」
「結婚式は仕切り直しになった。」
「えっ?」
「エリザベッタは二年間、寝てたんだよ。」
「に、ねん……?」
「まずは食事にしない?流動食から始めた方がいいってアッズーラ様は仰ってたから、あんまり美味しくないかもしれないけど。」
「え、ちょっと待って。え?」
「お腹、空いてない?」
「空いてる……」
オヤジ大公曰く、本格的に目が覚めたらものすごく空腹になるとのことだった。それすなわち、空腹を感じる=安定したということだ。ランベルトは安堵の息を吐いた。お姫様はようやっと本格的にお目覚めである。
「用意してもらってくる。ちょっと待ってて。」
二年寝てたというのが信じられない。それと、ヴィオランテもいないままで部屋に二人きりというのも今までならばあり得なかった。状況の把握が追いつかず、少し痛むこめかみを押さえて、ランベルトが戻ってくるのを待った。
食事ならば椅子の方がよかろうと起き上がると、身体にこれまでにない重みを感じた。寝過ぎてだる重ぉ〜ではなく、肩から下げた荷物を身体の前で持っているような。
ふと視線を下に向けると、たゆんっ!と揺れる二つのたわわが目に入った。締め付けるものが一切なく、重力と振動に任せたまま、ポヨンポヨンぷにゅんぷにゅんと跳ねるし動く。
「はあ!?なんで!?」
叫ばずにはいられない。思わず自分の両乳をがっしり掴んでしまう。デカい。眠っていた間、ずっと見ていた前世の夢の自分だってここまでの大きさじゃなかった。そもそもエリザベッタは栄養不足で成長が遅れていた。一年かけても取り戻すのはなかなか難しく、こちらの方面の成長はからっきしだったのに。
それになんなのだ、この張りと重みは。ご立派すぎる。メロンが二つついているようだ。そういえば、今世の母であるジュリエッタの胸もこんな感じだった。寝てる間に育ってしまったのか。栄養を摂った記憶もないのに。
「随分と魅惑的なポーズだけど、誘ってる?」
いつの間にやら戻ってきていたランベルトが、ワゴンを押しながらくすくす笑っている。艶っぽいことを口にしてるのに以前のようなギラギラした雰囲気がなくなった彼とは対照的な自分の行動の破廉恥さに赤面した。
「えっ!?あっ、ちがっ!」
「したいけど、さすがに今はやめとこう?病み上がりみたいなモンだしね。」
「あ、ハイ……」
いたたまれなくなって、寝台の上で掛布を頭から被った。食べられないよ?出ておいで?と言われても、立派なメロンの立派なぽっちがネグリジェの上からも目立ってしょうがない。こんなの、見せられない。
先に着替えると言ったらそのままでいいと言われたので思わず怪しんでしまったが、ランベルトは薄味のスープを手ずから食べさせてくれるつもりらしく、ただ寝台に腰掛けるだけだった。
ランベルトが優しい。眠る前の、わざとらしい甘さと優しさではない。理想的な旦那様がするような、ほんわかとした甘さと優しさだ。柔らかい笑みで、大人らしい落ち着きが出て、なんだか色気まで感じる。
その裏に隠される、えずきたくなるほどドロドロに甘い、仄暗い愛にまだ気付いていないエリザベッタだった。
しばらくして報告を受けた女王夫妻がやってきて、二年も眠っていたことをエリザベッタは実感する。お姉様が女らしくおなりだ。いや、体型は元々女らしかったが、ランベルト同様、大人の顔つきになっている。性格は相変わらずだが、ランベルトへの当たりが圧倒的に優しくなっている。
なぜだろう。眠っている間に、皆大人になってしまった。いや、もうぶっちゃけ言ってフケた。変わらないのはクワンとヴィオランテくらいだ。二人は出会った時点で完成された大人だった。
自分もフケたとは微塵も考えないエリザベッタは、あとで鏡を見て失礼を詫びた方がいい。
「ホントに二年も寝てたんだ……」
「そうなのよ。信じてくれた?」
「いやもう、何が何だか。情報が多いのと、展開が怒涛すぎて……」
「まずは、生きててくれて良かった。頑張ったわね、エリザベッタ。」
生きてて良かった。それはその通りだ。
しかし、エリザベッタは困惑している。
まさか、自分が魔族になるなんて。いや、人間は人間らしいが、神の如き力を手に入れて、不老不死になってしまった。
オヤジ大公が言うには、己の肉体のことを相当細かく把握してないと、再構成のときに成長までするなんてあり得ないということらしい。
エリザベッタは、長い昔の夢を思い出した故に、自身がなぜこんな身体で出て来てしまったのか、思い当たる節があった。
前世では医師であり、アラサーの意識に引っ張られて、肉体が再構成されたのだと。
せめてもの救いは、前世の顔が再構成されなかったことだ。顔は、今のエリザベッタの方が気に入っている。
(アラサーの身体で不老長寿、か。ま、ギリギリかな?)
とりあえず、チェレステとの永遠の別れは回避して、ずっと一緒にいられるならば不老長寿も受け入れよう。普通ならもっと思い悩みそうなものだが、異世界転生までしたのだから、肝の据わり方が違う。その点に関してはアッサリと受け入れた。
だが。
ランベルトを見た。ずっと微笑んでいて、本心が分からない。何故そんなに余裕なのか。
(私は若いままで、ランベルトは年老いて死ぬだけ。私たちは結婚しても、同じ目線で生きられない。なのに、どうしてそんなに平気でいられるの?私が寝てる間に、割り切っちゃった?)
だからと言って、どうしようもない。エリザベッタと違って、ランベルトは人間のまま。エリザベッタにしたって、自分がどうしてこんなことになったのか理解が及ばないのだ。
(この二年、ずっと待ってただなんて。ホントに人間じゃなくなっちゃった私のことなんて、見捨ててくれたってよかったのに……ウソ。そしたらきっと、私……)
エリザベッタの虹彩は、両眼とも金色に輝いている。
初対面で魔の色と蔑んだランベルトは、もう、どこにもいない。
今の己が何より恐れているのが、彼を失ったまま永遠の時間を生きることだなんて、自分勝手なことは口には出せなかった。




