眼帯姫、倒れる
ファウストがあらわれた!
たたかう
にげる
ぼうぎょ
▶︎どうぐ
「ぐあっ!目が!目がぁあ!」
「そのネタは使い古されてるのよ。もうひとひねりなさいな」
「意味が分からん!てか、普通にしゃべってる!?」
エリザベッタはだいぶ、かなり、相当久しぶりにまともに弟を視界に入れた。チェレステの結婚式のときはクワンによる洗脳状態だったので、まともな弟を見るのはいつぶりか。エリザベッタは思い出せなくて、がんばって思い出すのをやめた。わざわざ思い出す必要もないことだった。
「なんで毎回塩持ってんだよ!」
「ここが厨房だからよ。何か文句ある?」
ギラリというほどは輝かない包丁を握ってファウストを脅すエリザベッタこそ悪役令嬢のようだ。
「怪我するといけないから出て行きなさい。」
「その前に刃物を弟に向けるな!」
「あら、貴方わたくしの弟だったかしら?」
「不本意だがな!」
不本意ながら弟をやっているファウストが果たして何をしに来たのやら。だが、エリザベッタもエリザベッタだ。結婚式の準備のために仕込みをする花嫁は王女でなくてもおかしいはずだ。
「聞いてあげるからさっさと用件をお言いなさい。」
「なんか普通すぎて逆に違和感あるな……」
「なに?なにか言って?」
「な、なんでもない!」
口の中でブツブツと言いながらモジモジソワソワしているのは見ていて苛立つ。こんなのに構っている暇はなく、数日後に控える結婚式のため、ソースの仕込みだのをしているのだ。鍋が焦げたらどうしてくれる。
はっきり言えとエリザベッタが言おうとしたところで、ファウストが大声を上げた。
「きょっ、今日はっ!お前に結婚の祝いを渡しに来た!」
どういった風の吹き回しだろう。確かに小脇になにやら箱っぽいものを抱えている。宝石箱のような装飾がされているが、わざわざファウストが用意してくれたのだろうか。少しは自省して、悔い改めたのか。そんなようには見えないけれど。
訝しげに見つめる不本意ながら姉の視線にオタオタしているファウストはあまりに不審だ。虫の死骸でも詰め合わせて来たのか。それとも生きた虫だろうか。ミミズなら大歓迎なのだが。即座に畑に撒く。ファウストよりよほどいい仕事をしてくれるだろう。
エリザベッタは、箱入り王子のファウストが蚊も殺せないのを知らない。
「こっ、ここに置いとくからな!来るなよ!こっちに来るなよ!箱はひとりのときに開けろよ!じゃあな!」
ちょっと早い思春期が訪れたのかもしれない。押すなよ押すなよを思い出して、やはりもうひとひねり欲しいなんて思いながら、女家族に近寄られたくない時期なのかも、なんてあさってなことも同時に考えるエリザベッタとは対照的に、ずっとやりとりを見守りながらファウストに自由を許した側近たちをどう精神的に締め上げようか考えているヴィオランテだった。
「まったく、騒がしい子ね。」
「折を見てわたくしが補習を行います。」
(ファウスト、終わったな)
ヴィオランテはもうファウストについてた方がいいんじゃないか。直接ヴィオランテが監視しなければ、今後も似たようなことが起こりかねない。
嫁に行くエリザベッタはもう関わる機会も少ないだろうが、チェレステとクワンに迷惑がかかる。あの愚弟の再教育や更生はなかなか難しいだろう。いっそ御一行様の離宮にともに押し込めた方がいいのではないかとエリザベッタは思う。
愚弟に突きつけていた包丁は洗い終わっていたものなので、エリザベッタは布巾で水気をしっかりと拭き取って所定の位置にしまあと、ファウストの持って来た箱をおもむろに手に取った。
箱は古めかしいが美しい彫り物の装飾がされていて、モノはなかなか良さそうだ。蓋には国旗にも描かれている王家の紋章が金で象嵌されている。チェレステ王国に於いて魔の色の金は禁色で、王家にしか使うことは許されない。年代物っぽいところを見ると、王家に伝わる秘伝の何かなのかもしれない。
アレコレ制限されているはずのファウストがどこからこんなものを手に入れたのか。姉の結婚祝いを用意するなど殊勝なことをファウストがするわけがない。
ヴィオランテはイヤな予感がした。むしろイヤな予感しかしなかった。
エリザベッタが箱の装飾を堪能したところで金具に手をかけたので、ヴィオランテは待ったをかけた。
「お待ちください、まずはわたくしが中を」
「もう開けちゃったわ。あ……?」
が、一足遅かった。
視界が傾ぐ。意識が遠のいていくのが他人事のようだ。どさりと床に倒れて、膝と頭を打った。痛い。頭はヤバい。でも膝からいったからそんなに強く打ってない。ぶつけたのが作業台の角じゃなくてよかった。
王族が人からもらったものを自分の手で開けてはいけない。それが兄弟からもらったとしても。血みどろの王位簒奪戦があったのは歴史を見れば分かること。王族とは血のつながりがあっても家族ではない。そんな生優しいものじゃない。これは補習が必要だ。
けれども、今のヴィオランテにはそんなことを考える余裕はない。
「殿下?殿下!誰か!誰かある!早く医師を、いえ、チェレステ陛下を!!!」
遠くに聞こえるヴィオランテの悲痛な声は、子守唄となってエリザベッタの意識をさらっていった。




