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眼帯姫はたくましい  作者: 里和ささみ


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眼帯姫は狙われる

 普通がいちばん、とはよく聞く言葉だ。


 だが、人とは欲深いもので、一度上を知ってしまうと元には戻れない。愚かな者ほど。


 さて。アホ御一行様が幽閉されている離宮。後ろ盾もなく、チェレステが即位したことでただの王子に成り下がったファウストであるが、一応王位継承権第一位なのは変わりないので、本宮にいるはずなのだが。


「は、母上ぇ〜!そうやって皆が私をいぢめるのです!」


 子どもとして最上級を知っているファウストは、己の扱いがエリザベッタ以前エリザベッタ以後で変わってしまったことを恨んでいる。

 しかも、男児である自分を差し置いて姉のチェレステが魔王を王配に女王として即位してしまった。二人に子が出来れば自分はお払い箱だ。姉夫婦の仲睦まじい様子は引きこもり継続中のファウストの耳にも届いた。

 子などすぐに出来るだろう。ならば、ファウストの世話などテキトウでいいのでは?ちょっと予算をチョロまかしてやろうぜ。という輩はすぐにでも湧いてきた。

 エリザベッタの前例がある故、そこら辺は宰相とクワンが目を光らせているので不埒な輩はすぐに摘発されたが、ファウスト仕える者たちがムゲット公爵家お取り潰し後に一新されているため、彼自身の素質も相まって、お世話の質は低下している。


 王宮の者たちはまだ、女王夫妻の子が不老長寿となることを知らない。宰相はファウストも、まだ見ぬその血を受け継いだ子どももロクデナシ判定して、クワンが考える〝人の国は人が治めるべき〟というのに反対するだろう。

 君主制としては善き政治が長く続くことを選ぶ宰相が正解だが、日本人転生者であるクワンの根本は民主主義にあり、魔族もまた合議制であり、魔界の国家形態は連邦国家に近いので、案外頑固で芯のあるクワンは要として頷かないだろう。停滞を促す魔族による支配を良しとはならない。


「あの忌み児が表に出てきてからというもの、この国は滅びの一途をたどっているわ。本来なら貴方の国であったはずなのに。」


「あの女と同じ血が流れていることが忌々しい!ああ、私が本当に母上の子であったなら……!」


「ファウスト……なんて愛しい子!」


 実の親子ではないという問題はどうやら乗り越えたらしい。甘やかしてくれる人には全力で甘え倒すファウストらしい。相変わらずマザコン街道を突っ走っていた。

 もちろん、王妃から王太后と呼び名が変わった母上ぇ〜!の方は己の復権の最後の切り札であるファウストが可愛くて仕方ない。


 何故彼が母上ぇ〜!のところにいるのかというと、なんとなく一致団結して女王夫妻を支えようというマジョリティに隠れて、この世界で唯一魔族に実効支配される国となることを嫌悪する一派がファウストを推し上げようとしているためである。


 時代の変化というビッグウェーブに乗ることを良しとしない保守派はいつの時代、どの世界であってもいるものだ。


「けれども、貴方が次の王であることには変わりありません。何も気に病むことはないの。だから早く大人になって、わたくしをここから救い出してちょうだいね?」


「母上……!」


 ファウストは決心をした。母上を自らの手で救い出す。それにはまず元凶となった憎むべき姉、エリザベッタの排除からだ。


(私は復讐の鬼になる……!母上のために!)


 何もしなければいずれは手に入るかもしれなかった地位と権力を棒に振る予定のようだ。


 ファウスト自身は言わずもがな、王太后は今だって稀代の聖女、女王チェレステの生みの親、王の母としてチェレステ王国の頂点の程近いところにいるのに、一度頂点を味わった彼女の辞書に降格とか引退の文字はないらしい。生涯現役あるのみだ。


 王妃改め王太后の失敗は、ファウストの短絡的思考を把握していなかったことだろう。焚き付けたのは彼女自身。事が露見すれば連座は免れない。


 母上ぇ〜!にとって、ファウストは所詮駒なのだ。これだけ懐かれれば愛情はあるけれど、そのレベルは愛玩動物を愛でるのに近い。


 ペットはおバカなほど可愛いのである。


 けれども、忘れてはいけない。ペットはきちんと躾をしなければ、必ず何かやらかすのだと。


 問題が起きたとき。飼い主の責任は、いかに。


 一方、当のエリザベッタは。


「殿下が仕留めたうずらの香草焼きがメインですね。殿下が育てたお野菜はさすがに数が足りませんので彩りのよいものを前菜に使うことにしましょう。ウエディングケーキはこちらのパティシエにおまかせください。最後のデザートはこちらの新作……ということでよろしいですね?」


「ええ。式の当日に解禁、ということで。」


 元料理長と夜会の軽食や宿泊客に出す朝食の打ち合わせをしていた。もちろん、彼が関わるのはエリザベッタのご指名を受けてのことだ。

 忙しい隙間を縫って元料理長コジモとやりとりしていたエリザベッタは、チャリンチャリンと金貨の幻聴をともに聞きながらほくそ笑んでいる。


 二人が悪役のような笑みでおかしげな笑い声を出し始めて、ヴィオランテはマナーの補習を考えていた。


 第一次魔王討伐から一年ちょっと。チェレステ王国は変革のときを迎えている。事の発端はムゲット公爵家がやらかした件だが、連座を免れた家はマニョリア伯爵家が音頭をとって新たに立てられたクリザンテーモ公爵の派閥に入ることになった。

 魔族排斥を企む者の中にはファウスト派の他に英雄派もいるが、英雄本人が全く乗り気でないので、神輿は軽けれど彼が王位を目指すことはない。


 結婚式の準備を、エリザベッタは周囲の心配をよそに案外楽しんでいる。英雄とも仲睦まじく、幸せの絶頂という感じだ。楽しそうに笑いながらアレコレ決めていくところを見て一部の女性陣は「結婚が楽しみなんじゃなくて結婚式が楽しみなんじゃないの?」と揶揄する者もいるが、あながち間違いでもなかった。


(今度こそは!ちゃんと結婚する!)


 自分の死とともに芋蔓式に思い出された前世。結婚を夢見ていたアラサーは、婚約者の浮気相手に刺されて死んだ。結婚式場の前金は自分の貯蓄をぶち込んだ。節約はしていたが、あの年頃の女としてはかなり稼いでいた方だと自分でも思う。


 前世のエリザベッタは結婚願望があるのにダメ男量産系女子だった。夫になる人はダメはダメだが、エリザベッタが育てたダメ男ではない。むしろ、エリザベッタのためにそんな自分を変えようと奮闘しているような男だ。

 その努力が一生続くかは別として、とりあえず今のところ関係性は悪くない。爵位をもらったので不労所得もある。ケタが違うが、国に納める税金の申告など集めた家賃を確定申告するのとおんなじだ。

 ランベルトはそろばん勘定は苦手なようだが、いい人材を宰相が送ってくれたので、彼が公爵のうちはひたすら書類にサインするのが仕事になるだろう。領民の訴えなんかはその者たちが対策を考えて、やっぱり彼は決定されたものにサインするだけのカンタンなお仕事だ。彼の最も大事な仕事は、英雄が王配クワンの支持基盤であることを示すことだから、書類仕事はそんなに重要視しなくてもなんとかなる。

 顔がいいから浮気は心配だが、そんなことしたら死ぬまで白い目で見られるのはランベルトだ。だって、神殿での大宣言が結婚式に近付くにあたってまた話題に上がっている。余計な遊びをして、不誠実な英雄とどこに行っても後ろ指を指されるのは彼自身である。


 エリザベッタは知っている。愛情は冷めることもあると。


 人生に最も必要なのは、チャリンチャリンなのだと。


 ダメ男製造機は、打算系王女となって、我が世の春を謳歌していた。

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