眼帯姫のお姉様は女王で花嫁
魔界との講和会議から半年が経過した。本日は女王チェレステの戴冠式と結婚式である。既に玉座はチェレステのものであり、女王チェレステとして受け入れられているが、儀礼的なものはまた別なのである。
半年前、魔界から眷属の中でも大工仕事を生業とする者が現れ、こちらの世界の魔族の拠点である魔王城、といってもハリボテの城である、そしてチェレステ王国の王宮をつなぐ転移装置が設置された。
クワンは当分、国家となった魔族連合国の王とチェレステ王国の王配を兼任する形となるが、魔王と言っても実質ただの力自慢のようなものなので、本来軍事以外の政治的影響力はないのだが、連合国側の意思決定が部族長による合議制となったため、たまに出張して会議に参加すればあとは知性のある眷属が勝手にやってくれるらしい。
独身魔族たちと聖女のねるとんはひとまず終了となった。意外にも魔族たちの方から断ることもあったそうだ。永遠の伴侶選びなのだから、妥協したくないという欲が出てきたのだ。これからは百年に一度ではなく、いつでも出会えるのだから。
寿命があってないような彼らは思いの外、気が長かった。これはクワンにとっても予想しておらず驚いたし、聖者たちにとっては胸を撫で下ろす結果となった。
結果として、魔族と結ばれるに至った聖女の数はチェレステ除いて六人。これを多いか少ないかの判断は魔族の数が少ない魔族側からしたら多いとなるし、神殿側は六人で済んだことに安堵したので、予想よりも少なかったのだと言える。
その後、選ばれなかった聖女たちが聖者を選んだかというと……人による、とだけ言っておこう。
ただ、選ばれた聖女の中では魔界に暮らすには聖力の足りない者もいた。魔王城のある近辺は権利を主張する国はいたが実効支配には及ばず、どこの所領でもないので、近くを開発して屋敷を建て、新しい夫婦はそこに住まうことになった。
それに倣い、病んだ妻を持つ大公たちも同様に屋敷を建て、妻の故郷での療養に付き添うことになった。魔界の経済活動は眷属たちが勝手にやってくれる。貿易にも問題はない。眷属とは要するに学習するAIと同じだ。機体が有機物なだけなのだ。育てば個性も出てくるし、暇を持て余して暴れて追放されたのがほとんどの元神や神の使徒である魔族にとって、眷属の営みは擬似的な創世神話から人の世に移り変わる様を再現している。それを眺めるのが娯楽、というのはやはり元は神であった大いなる存在故だろう。
ただし、創造主としての権能は次元の墓場に入れられるときに剥奪されているので、眷属を生み出せど繁殖が出来ない理由はそこにある。
そんなわけで、エリザベッタたちの世界へ行くための代表決定戦もなくなり、大公たちは療養を兼ねた永久の老後を楽しみ、妻を得た魔族たちはホクホク顔で子作りに励み、独身魔族はまだ見ぬ番いに夢を見て、魔界はとても平和になった。
「お姉様、とても素敵だわ。女神様みたい。」
「うわぁ!うわぁ!うわぁ!」
「お前、うわぁしか言えないのかよ。」
「お前じゃなくて王配殿下もしくはチュンイェン殿下でしょ!」
チェレステの花嫁姿を見て絶賛感動中のクワン。日頃の激務で余り寝てないはずだが、魔族は頑丈なので今日もすごく顔色がいい。
「どうかしら?クワンさん……じゃなくてチュンイェンさん。」
「と、とてもキレイです。えっ、これが俺の奥さん?夢かな?非モテ非リアのクソオタの俺の都合のいい夢かな?魔王なのも夢で、現実の俺やっぱりキモオタなんでは!?」
「現実よ!ここは日本じゃないわ!戻ってきて!」
半年の間になんとか照れを克服したチェレステ。それでもたまにツンデレを発動するが、クワンがいい感じに前向きな解釈をするのでなんとかなっている。
魔族としての本能がチェレステ溺愛につながっていることを未だ気付かないでいるクワンだが、良い結果を生み出しているのでなんら問題はない。
「クッソ!なんでお前らの方が先に結婚するんだよ!」
「仕方ないでしょ!わたくしが女王になったのだもの。王不在で姫の婚姻は出来ないんだから。」
戴冠式を終えねばランベルトとエリザベッタの婚姻許可証にサインが出来ない!と突っぱねたのはチェレステだった。
そういうわけで、エリザベッタの十五の成人を待っての婚姻が延期になり、ランベルトは荒れた。婚約を解消されなかっただけありがたいと思えとはチェレステの言葉だ。
「そろそろお戻りを、クリザンテーモ公爵。」
「うっせえわ!ウンベルトめ!お前だってジャッジョーロ伯爵だろ!」
「俺はバルサミーナ伯爵だもんなぁ。領地経営なんて出来る気がしないよ。」
ランベルト、ピエトロ、ウンベルトは宰相の考え通り、〝魔界との和平の立役者〟としての功績を讃えられ、叙爵した。三人は騎士団を辞め、貴族の当主として生きることになる。
それなりに歴史と力のある子爵家出身のウンベルトはともかくとして、ピエトロなんかは叩き上げだ。がっちりとした礼装は騎士団で着用することもあったが、居場所が違うとなんだか落ち着かない様子でソワソワしている。
ランベルトは英雄としての功績は間違いだったと伯爵位を一旦返上し、改めての叙爵。ムゲット公爵家という大きな家がなくなってしまったので、エリザベッタという姫の降嫁に合わせてクリザンテーモ公爵となった。
領地の再編成が行われて、最初にあてがわれた伯爵領を含めた広大な土地を与えられることとなった。拠点はまた違う都市になるので、改築した屋敷こそ別荘として使われることになるだろう。
ランベルトとしては、エリザベッタの理想の生活からどんどんかけ離れていくことに思うところがないわけではない。けれど、上の決定に逆らえるわけでもない。
エリザベッタ自身も理解しているはずなのに、そのことについて何も語らない。
厳かに行われた戴冠式の後に、婚姻の儀式が行われた。どちらも聖王を招いて行う式典なので、一度に終わらせた方が老齢の聖王にも負担がないという配慮と、予算的な問題だった。経済を回すという意味では別の方がいいが、魔王討伐と、魔族からもたらされた技術の導入でかなり国庫が逼迫していたというのが現状だ。世の中は世知辛い。が、王は民のことを考えなくてはならないので、仕方がない。
女王夫妻がバルコニーへ出ると、わあっ!という歓声が上がった。集まった民衆は数え切れないほどだ。すでに絵姿は出回っており、劇場では二人のロミジュリ物語が上演され、民はそれを現実のハッピーエンドに投影して喜んでいる。
何より、クワンの顔がいい。あと、おばばたちの井戸端トークは侮れないものがあった。それは魔王の人柄を保証するに充分だった。だって、遠慮のないオバさんたちは魔王をコキ使ってたのだから。
まだ婚約者でしかないランベルトは、戴冠式でも、結婚式の最中も、王女の立場を保持しているエリザベッタのそばにはいられない。
ヴィオランテからはお墨付きをもらった淑女の微笑は彼女の思考を悟らせない。
ふと目が合うと、驚いた顔をしたあとに、小さく微笑んだ。
「本当は、何か言いたいことあるんじゃないのか?エリザベッタ。」
仮初の英雄の言葉は、歓声にかき消された。
エリザベッタとの未来に、一抹の不安を覚えるランベルトであった。




