眼帯姫の役割
チェレステとの話し合いが終わると、宰相はまず己の妻であるヴィオランテに会いに行った。彼女は国王の執務室に突撃する前に牢から解放されている。
ヴィオランテは疲労感があるものの、健康面では特に問題なく、精神面にも特に問題はなかった。ただ、自分が育てた子ども二人がとんでもないアホだったと気落ちはしていた。どこをどう間違えたのだろうか。他の子どもたちはコンスタンツォの姉姫たちも含めてとてもしっかりしているというのに。
ちなみに後日、コンスタンツォの退位発表されてすぐに彼の姉姫たち、すなわち他国の王妃たちから手紙が届いた。同時に女王になると発表されたチェレステ宛の手紙だった。力技で彼女らの弟を玉座から引きずり下ろしたとバレている節があったけれど、弟への簡単なお見舞いの言葉の他に、チェレステに対してお褒めと励ましのお言葉があったので、お礼状にはやんわりと口外禁止を願いつつ、期待に応えるためにがんばります!と若き女王の決意表明を記して返信した。
「そういうことになった。」
「分かったわ。ならば、即位式までチェレステ殿下に再教育を施さねば。」
「魔王にもな。」
マナーの再教育である。超特急の地獄の訓練コースが本人たちの与り知らぬところで決定した。
王女で聖女な故に国王とほとんど同じ身分ではあるが、それは平民や一貴族が聖女や聖者となった場合、いやそちらの方が一般的ではあるのだが、国からの悪意ある指図を受けなくて済むように大昔に神殿が各国からもぎ取った地位だ。
聖女アッズーラ以降に成立した国際的な取り決めであるが、結局現代では神殿内で馬車馬のように働かされるのでどちらがいいかは一概には言えない。またその取り決めにはアッズーラが魔界に嫁いだことが原因であるのだが、神殿内でも聖王と呼ばれる一番偉い人しか知らないことである。聖王の引き継ぎで口伝で遺されている情報だからだ。
そういうわけで、この世界で聖王だけは魔族の真の目的が何であるかを知っていたのである。故に、今回のクワンの申し入れを信じることが出来たわけだが。
話を戻す。
チェレステ王国では王妃に政治的決定権はない。ならば女王の王配も、とはいかない。クワンのあの調子なら、結婚すればすぐにでも子を授かりそうな気がする。
魔族は子が出来にくいなんてことを知らない宰相はそう考えている。ついでに言えば、伴侶もほぼ永久の命を与えられることも知らない。ので、婚姻ののちはすぐに後継者を、となるのは彼にとっての常識。
それはいずれ分かることだが横に置いといて、妊娠中や産後はチェレステもいつも通りに動けないだろう。時代が大きく変わろうとしている今、政治的空白を作っては国際社会から取り残される。クワンにはすぐにでも自ら教育を施したいし、彼自身もやる気に満ちあふれている。しかし、パッと見とっぽいにーちゃんでしかない魔王はこの国の、いや世界の上流階級のマナーを知らない。
ならば、マナー教育いつやるの?今でしょ!となるのは致し方ないことなのだ。政治経済に関しては、魔界でも実務をこなしていたそうなので問題はなさそうだ。即位式と結婚式を同時に行うので、今はマナーに重点を置きたい。儀礼に関しては、特に。視覚的印象というのは大きい。貴族たちの反発を力ではなく他の能力で抑えて欲しいと宰相は考える。
「エリザベッタ殿下のことはどうするつもりなの?」
「それなんだがなぁ……」
二人とも四の姫とファウストのことを忘れているわけではない。
だが、英雄が英雄でなくなってしまった。ランベルトへの褒章に関しても、理由がなくなった。そこは広く知らしめるつもりもないが、魔王が王配として立ってしまえばその功績は掻き消えるどころか悪評となるかもしれない。
「婚姻の解消を考えているの?」
「いや、それはない。筋立ては出来ている。出来ているんだが……」
そうすると、伯爵位を与えるだけでは足りなくなる。
しかし、ランベルトは、ついでに巻き込んだピエトロとウンベルトも、自身の功績ではないのにその地位を大きく上げることをどう思うか。
ついでに言うと、これから解放されて戻ってくるカプセルの騎士たちへの口裏合わせもしなくてはならない。その辺はクワンが対処してくれているというが、考えなくてはならないことが山積みである。
〝魔界との和平の立役者〟
仮初の英雄ランベルトと愉快な仲間たちに与えられた新しい役割は、余りにも大きい。
***
一方、エリザベッタは特に何もなく、本宮内で宛てがわれた部屋と騎士団の訓練場を行き来するだけの生活。伝統と格式のチェレステ王国の王位交代劇が行われていた最中もすっかりお気に入りになった軍馬にまたがり、乗馬をしていた。呑気なものだと周囲は苦笑したが、それもまた彼女のたくましさのひとつだ。
どのみち、エリザベッタは国政に関わる気はない。前世の知識と経験分、チェレステよりは判断できることが多いかもしれないが、なんなら貴族夫人だって面倒だとは思っている。
前世はヒモを養えるくらいの稼ぎがあったが、今世ではスローライフと言い張る原始的な狩猟生活を送って来た。長く暮らした離宮への未練もある。
チェレステに頼めば、いや、愚痴の一つでもこぼしたら姉は率先してランベルトとの婚約解消を王命で行なうだろう。
エリザベッタはエリザベッタなりにランベルトとの関係性を築いてきた。覚悟もすぐには決まらなかったけれど、少しずつ育ててきた。婚約が成立したばかりの頃ならともかく、今更自由だと放り出されても困ってしまうし、王宮に留まるにしてもいかず後家のまま仕事もしないで姉に面倒を見てもらうのも違うと思う。
人間、役割があった方が生きるのに張り合いが出る。
それがエリザベッタにとってはもう英雄ランベルトの妻、クリザンテーモ伯爵夫人という役割なのだ。
そう、決めていた。




