眼帯姫のお義兄様(予定)は魔王で英雄
チェレステと宰相の話し合いは至極まっとうに進められ、簡単に済んだ。大事なことは意思確認だけだったからだ。
チェレスタ王国に女王が君臨したことは王国史上一度もない。かといって、法に男子継承が明文化されているわけでもなかった。長子相続。その一言のみ。例外として、王座に就くのに不適格な者という文言がある。
その長子相続という点を暗黙の了解で第一男子としてきたのを性別の区別をしないという解釈にするだけだ。
王や王太子に任ぜられるのは成人した王族のみなので、未成年のファウストは除外。他に直系王族がいない場合は後見となる力ある貴族がいなければいけないので、王妃の実家がポシャッた今では誰も難ありファウストの後見などしたがらない。
しかし、同腹であってもチェレステは自身の功績もあり、神殿という後ろ盾がある。民草の宗教観が中世辺りでストップしているこの世界では抜群の効果がある。第一王女と第二王女は他所の国へ嫁に行ったので、めでたく廃位……ではなく表向き退位が決まったコンスタンツォ二世の長子は第三王女のチェレステとなるのもまたお誂え向きだ。突然の交代劇にこじつけであっても理由は多い方がいい。
経済的なバックとしては王配となるクワンの故郷の魔界、つまり魔族連合と名を変えた魔族たちがつくなら言う事なし。政治面での支えは宰相たちがいるので問題はない。
チェレステ自身は政治も経済も軍事もド素人だが、はっきり言ってお飾りでいいと宰相は思っている。自分が退いたあとは、義理の息子とクワンが協力すれば、己の目の黒いうちにこの国が滅びることはないだろう。
彼はクワンのことを高く評価していた。最低でも五年、出来れば十年くらいガッツリ鍛えれば彼ならいい政治が出来るだろう。
魔王という割には威厳が足りない気がして、そこだけが気がかりだが、それは補って余りあるほど人前に慣れたチェレステがいるので大丈夫だ。表向きはチェレステが女王なんだし。クワンは魔族だけあって顔がいいので、式典の際はそれっぽい顔をして自信満々な笑みのチェレステの横にちょんと立っているだけで見映えがするだろう。絵姿なんかも人気が出そうだ。
あとは国民の心情的に魔族のクワンをどう受け入れさせるか。それは世界的にも課題となる。これまでの話し合いの結果、民間レベルの交流は当分予定がない。観光に行きたくとも、魔界が人間に耐えられる環境ではないという。なら逆はどうかというと、魔族は縄張り意識が強い種族が多いので、ほとんどの魔族は観光そのものに興味がないようだ。
魔王の城、もとい魔界との門があるのはチェレステ王国からかなり遠い地だ。その点は残念だが、流通は眷属の竜を使った空輸がメインで考えていると昨夜クワンから聞いたので、商人とこちらの世界でのやりとりだけなら然程混乱はないはずだ。商人はたとえ相手が魔族であっても命の危険がないと分かれば怯むことなく益をむしり取ろうとするから。
クワンが王都で市井に交じって生活していたのは大きい。おばばたちと呼んだ下町の老女たちはクワンを気に入っている。チェレステとの純愛物語もいい。そこを組み合わせて美談に仕上げれば、案外上手くいくかもしれない。即位に合わせて歌劇なんかにしたら民衆にも受け入れられやすいだろう。
貴族?力で従わせればよくない?どうせ魔族の提供する財とか技術とかのおこぼれもらいたいだろうし、陰口は叩いても下手なことはすまい。したら粛清。それでいいよもう、と宰相は考えている。
クワンはとても人間らしい。人間であった記憶があるからだが、自身の持つ圧倒的な力に驕ることなく、交渉で目的を達成しようと考えたところがいい。今回の戦で人間側に死者を出さなかったのも、魔族の力あってこそだが、人の血が流れれば融和は成り立たないという先を見た考えから理性的な面が分かるし、尚且つその上で人質を取るという手段も取れるのがいい。
まあ、目的が魔族の嫁取りその一点というのもアレだが、それは魔族としての問題であり、彼自身の見据えた目標ではない。
政治は綺麗事だけではやっていけない。軍事にも詳しく、かといって武力一辺倒でもない。力の使い方が分かっていて、ここぞというときには使える勇気と決断力がある。大局が見えている。実際、世界の中枢たちは神殿での話し合いで彼らの豊かさの一端を見せつけられて、手のひらを返している真っ最中だ。
絶対に訪れないと思っていた恒久なる世界の平和は、彼の手によってもたらされた。
「彼こそが本物の英雄、ということか……」
「ん?何か言った?」
「いえ。余り悠長にしていられないと思いまして。それでは即位式のご予定を……」
彼が魔王の名を冠する限り、争いは起こらない。彼自身、魔族の中でも有数の力ある者であるが、クワンがこちらに留まることはいくつかの部族国家の連合である魔界にとってはあまり問題にはならないそうだ。
魔界の魔族人口は百数十人でしかなく、生産は全て眷属の手によって行われている。眷属は自在に増やせると言うが、自律思考はしても生み出した魔族の統一意思の下に動く。ちなみに現在魔界にいる眷属の数は万を超えている。眷属同士で繁殖して増やすことは出来ないため、家庭という概念はないが、個々に生計を立てて社会を形成している。
魔族自身は好戦的ではあるけれど、殺戮を好むわけではないとクワンは語った。番いを得れば繁殖に全力を注ぐので、聖女を嫁にした大公、つまりかつての魔王たちは、自らの意思で一線を退くのだと。
クワンの交渉によって、魔族たちが魔王を決める必要もなくなった。嫁取りのためにより強き者がこちらの世界で嫁探しをしていたが、それがなくなったのだ。
魔界もまた、変革の時を迎えている。
「ほんっとーにわたくしは何もしなくてもいいのね!?ていうか、何にも出来ないわよ!?」
「ええ。王配殿下が政務を行ってくださるそうなので。ああ、一応決定した法案などへのサインだけはしていただきますが。」
宰相は昨夜、久しぶりに徹夜をした。徹夜でクワンと今後のことを話し合ったのだ。老人の詰問とも言える意思確認と政治の話に付き合ったクワンは偉い。いや、彼自身もまた愛に燃え上がってやる気が漲っていたのだった。思考や感情は人間寄りだが、本能は魔族のものに影響を受けていることを自覚していないクワンなのであった。
体力のあるクワンと違って疲労感はかなり溜まっている宰相だが、気分はとても爽やかだった。
そう。窓の外に見える、青空のように。




