眼帯姫のお父様の罪はなに?
「ふっふっふ。計画通りッ!」
司令ポーズでキメ顔をしてるのは眼帯姫のお父様であるチェレステ王国の国王だ。己の立場が風前の灯なのを知らない彼は、今が人生の最高潮であることを疑わない。
冬の月よろしく背後にしたり顔で立っているのはフェルルッチョだ。ふと窓の外に目をやると、今日も素敵な青空。気分がいい。己の心を映し出したかのように晴れやかだ。
彼はまだ知らない。騎士団の手引きによって秘密裏に王宮へと侵入した者たちがいることを。内、一人を除いてはこの国の者であったりするのだが。
コンコンコンコン、と小気味いいノック音が響いた。
「どうした。」
「はっ!魔王陛下がいらっしゃいました。陛下に御目通りを願いたいとのことですがいかが致しますか。」
「魔王が?聖国にいるのではないのか?」
「陛下のご使者から手紙を受け取ったので、ご挨拶にと転移魔法でいらしたそうです。ランベルトも同行しております。」
宰相の使者が渡した手紙は他にもあった。国王からランベルト宛の婚姻解消通知。そして、魔王宛のエリザベッタとの婚姻申し込みだ。
悲しいかな、父王への情報は取捨選択されたものしかないので、魔王はランベルトに敗北して侵略を中止し、たかが嫁取りのために和平路線へと変更したと思っている。誰もそこまでは言ってないのに、自分に都合のいいように考える癖があるのだった。
「そぉーかそうか!あちらから挨拶に参ったか!魔王にしては殊勝なことだ。我が国の誇る英雄の前では借りてきた猫になるのだなぁ!」
はっはっは!と国王は高笑いしているが、さすがにフェルルッチョはそんな楽観主義者ではなかった。拗らせは疑り深いのだ。
「陛下。もしや、これは罠かもしれませんぞ。」
「そんなわけがあるか!魔界とは和平が成るのだろう?今更私を害すれば、たちまち批難の的になる。為政者ならばそんな馬鹿な真似はすまい。」
カンラカンラと笑う国王を、フェルルッチョは忌々しく思った。多少顔がいいけれど、鈍臭く頭も弱いこの男を支えてきたのはいずれ自分が宰相になって裏からこの国を牛耳るため。彼にとっては国王ですら障害だった。ただ乳兄弟というだけで面倒をかけられてきたのだ。それくらいの褒美がなければ釣り合わないではないか。
「どれ。魔族は皆麗しいと聞くからな。その顔を拝みに行くとするか。」
呑気過ぎるが、国王の頭の中では魔界は敗戦国になっている。戦勝国の王である自分はマウントを取れる立場だと思っているのだ。悲しい思い込みである。
魔王が待っている応接室に足を運ぶと、既に膝をついて待ち構えている黒髪の大男がいた。
「突然の訪問、お詫び申し上げます。魔族連合代表、クワン・チュンイェンと申します。本日はお忙しい中お時間をいただきまして誠にありがとうございます。」
貴族というよりは平民のビジネス的な挨拶。魔族とはこんなものか。戦勝国の国王に対してちょっと失礼だけど、野蛮な種族であるからして、これでも上出来な方だろう。野蛮な種族には野蛮な娘が良く似合う。エリザベッタとはなかなか似合いのカップルになるのではないだろうか。
国王がそんな風に思ったのも束の間。
「表を上げよ……ヒッ!」
二つの金眼に見つめられて、身がすくんだ。それは、国王のみならず引っ付いてきたフェルルッチョも同様だ。警護する近衛騎士ですら少し顔を青くしている。そして同席しているチェレステは父王を白い目で見ていた。先に我に返ったフェルルッチョにマントを引かれて、戦勝国の王としての威厳を取り戻した。もちろん、空回りしていることは間違いない。
父王の良いところは、都合の悪いことをすぐに忘れてしまうところだ。忘却は人を幸せにしてくれる。彼は常に今を生きている。彼は人生のほとんどの時間を幸せに過ごしていた。
「し、して、魔王よ。ワシからの手紙は読んでいただけたかな?」
「拝読いたしました。お断りいたします。」
「そうかそうか!受けてくれるか!」
「断るって言ってるでしょ、バカなの?」
「コンスタンツォ陛下。私はこの度、陛下の御息女であるチェレステ第三王女殿下に求婚し、受け入れていただきました。本日はそのご報告とご挨拶に参った次第でございます。」
「いやいやいや!チェレステは確かに王女で聖女だが気は強いし口は悪いしすぐに手が出るし、はっきり言って魔王の妃には向いとらんのだよ!魔王の妃となれば一国の王妃だろう?幼い頃から聖力が強く聖女として神殿で育ったが故に、他国へ嫁がせるには色々と足りておらん。まず、女は独身の頃は父に、結婚後は夫に従うべしという基本もない!自己主張だけは一丁前にするので国が乱れるもと!魔王の妃に相応しくなかろう!かと言って、すぐ下の第四王女もなぁ。あちらは魔界で過ごすに魔力も足りなければ聖力もない。その点、第五王女のエリザベッタは聖力がなくともあちらで過ごすに魔力が足りておると言うじゃないか!いささか知恵が足りておらんけれども、余計なことをして場を引っ掻き回すコイツよりは素直で従順!魔の色の目もお前たち魔族と揃いで魔王の妃に相応しい!」
まさに立板に水。ディスり文句だけは流暢に口から吐き出すのに対し、チェレステは殺意を覚え、クワンは怒りを静かに抑えていた。
ちなみに同席しているが王の視界に入っていないランベルトは存在を忘れるどころか気付かれていない時点でイラッと来ていたものの、チェレステのネガティブキャンペーンには心の中で激しく同意していた。もちろん、エリザベッタをクワンに勧めたことには腹が立っている。
だが、しかし。
〝魔の色〟
言うに事欠いてクワンの前で。
この言葉にそう思いつつも、改めて己の犯した罪を自覚する。王にも、一年前の自分にも苛立った。無知は、それだけで罪だ。しかしそれは、この世界の人間全てに言えること。けれど、この男はもうそれを言える立場ではないのに。
ランベルトは行き場のない感情を自身に向けた。まだだ。まだ、あと少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせながら、誰にも知られることなく、右頬の内の肉を強く噛んだのだった。




