眼帯姫のお姉様の結婚宣言
一方、その頃。
転移装置がなくとも指針があれば自在に転移出来るという力を持つクワンの魔法によって、チェレステ王国御一行は瞬く間に聖国に到着していた。魔力の影響を鑑みて、王都から離れた森の中で転移が行われたのだった。
「べ、便利ぃ!」
ピエトロのマヌケな声が聖堂内に響いた。桁違いの魔王の魔力にウンベルトは感心し、転移の感動もなくエリザベッタから離れなければならなくなったことを未だに愚痴るランベルト、静かに感動しているアルフォンソ、魔王の腕に手をかけたままの転移だったため、もじもじもだもだしているチェレステ。それぞれの反応を見せている。反応しているのは上記に挙げた三名だけではない。使節団もうちょっと人数がいる。しかし、彼らは所詮モブなので割愛する。
この人数を秘密裏に受け入れられる場所が、大聖堂の祈りの場だったことはひとつの皮肉だろうか。なだらかな階段が重なる円錐状のホールは中心に神の像を置き、それを聖者、聖女が取り囲むようにして祈りを捧げるのだ。相変わらず変な構造だなとアルフォンソは思った。神が一等高いところに鎮座ましましているのは分かるが、平場であってもよかろうに。段差でコケる者もいたのは不幸であった。
「若、お待ちしておりました。」
「やっぱおじじか……」
「そのような顔をなさりますな。どうやら首尾よく事が運んだご様子で、このおじじ、安心致しましたぞ。」
囚われている立場のはずなのに、おじじという青年はまるでこの場の支配者のように鷹揚に頷いた。周囲を取り囲む神官や神殿騎士(皆聖者の能力を有している)の顔色が悪い。
彼はクワン族の長の眷属に過ぎない。なのに、この威厳はなんなのか。クワンですら、気まずそうにしている。これはまだチェレステの心を手に入れられていないことを悟られたくないからかもしれない。ちなみに転移の指針となったのはこのおじじの魔力であった。転移魔法自体は魔界ですらクワンしか使えない。
今、各国の首脳部や支部である神殿からも、この総本山たる聖国の大聖堂に集まりつつある。今回の魔王襲来に際して、討伐軍を送ったのは何もチェレステ王国だけではない。カプセルに閉じ込められた人質の数は万を超える。それだって、国ごとに分け、捕らえた日付けも管理しているというのだから魔界といえど侮れない。
クワンが言うには、魔族というのは大雑把な者が多いそうなので、出来ればこのままクワンに魔王でいてもらいたいと思うアルフォンソであった。
「やっほー!チュンイェン!」
「あっ、アッズーラさん!?」
おじじの後ろからひょいと顔を出したのは、チェレステも見たことのない聖女だった。その聖女が親しげにクワンに声をかけたのでチェレステは気が気でない。と言ってもさすがにチェレステだって全ての聖女を把握していない。ただ、見た限り何処かの国の筆頭聖女となっていてもおかしくない聖力量。そんな聖女の存在をチェレステが知らないなんてことは有り得ない。
世界中の聖女、聖者は年に一度、降臨祭の日に集まって、この祈りの間で女神に祈りを捧げる。並び順は神像を中心に、単純に聖力量で決められる。神殿に入ってからトップの座を他に譲ったことはないが、次席辺りにいてもおかしくないような力の持ち主だ。そんな相手の顔を知らないなど、あるわけがない。
「ま、まさか、あああ愛人!?」
「ちちち違います!この人は!えっと、その!」
「あー、ごめんなさい。私のこと、分かんないと不安よね。大丈夫よ!こう見えて私、もうウン百歳のおばあちゃんだから!今回はね!生まれ故郷の国に慰謝料もらいに来たの!ついでにチュンイェンの手伝いって感じかな?」
クワンにアッズーラと呼ばれた聖女は、どうやら以前クワンが話していた、魔界で精神を保っている聖女のようだ。平民生まれ故に祖国で馬車馬のように働かされていたという聖女だ。今は何代か前の魔王の妻に納まり、魔界生活をエンジョイしている。
「私の体験談は、絶対こっちの世界にとって痛いはずだってランランが言うからさぁ。」
「わたくしの名はランランではなくジーランでございます、大公妃殿下。」
「ランランの方が可愛くない?」
「パンダみたいね?」
「ウチの一族の命名は中国語準拠なんですよね。なんでか分かんないですけど。」
こちらの世界は前世でいうイタリア語に倣っている。どちらが先かは分からないが、創作の世界なんて適当極まりない。世界観の統一を考えると、そんなものなのかもしれない。なんせあちらの世界でも「西のローマ、東の長安」と言われたくらいだから。
神殿の記録によれば、聖女アッズーラはその身を賭して魔王を祓ったという。彼女はとても謙虚で、自らの命を投げ打ち世界を救ったその行いは献身的な聖女のお手本とされ、今日の超絶ブラック環境を作り上げる一端を担った。
恨み言を言いたい聖者聖女は多いが、その記録すらも歪められたものならば、やはり批判は神殿の中枢に向かうだろう。出迎えの神官たちの顔色の悪さはおじじを自称するジーランの威圧感からではなく、アッズーラへの複雑な感情の現れなのかもしれない。
なるほど。おじじとやらは魔族のブレーンのようだ。ていうか、作り出した本人より頭の回る眷属ってナニ?とアルフォンソ始めとする神官や騎士のうちの数人が思った。クワンの言葉が確かなら、魔族は総じて脳筋のはずだ。これもまた、氏より育ちなのか。ちょっと違うと思う。
「しっかし、チュンイェンもめんどくさいことするね〜!力で屈服させちゃった方が早いのに!」
「だぁ、かぁ、らっ!それやったらまた戦争の火種になっちゃうでしょ!他部族による制圧って、人間同士でも結局いつかは分裂しますからね!?アッズーラさんってホントに元聖女ですか!?人間ですか!?言うことやること物騒なんですよいつも!」
「うるさいなぁ。チュンイェンの方がよっぽど人間のこと知ってるし、人間くさいよ〜。私、大公妃だもーん!とっくに魔族の一員だもんね!」
大公という座は、一度魔王になった者に贈られる称号だ。それなりに尊敬され尊重されはするが、基本的には代表選抜に勝利した魔王の方針に従うことになっている。その為に、来たくもない人間世界へとアッズーラはウン百年振りにやって来たわけだが。
「それにしてもこっち、全然変わんないね。私がダーリンと結婚してからも魔界は相当発展したってのに、前時代的過ぎない?時計止まってんの?」
「ホントもうケンカ売りに来ただけなら帰ってもらえます!?」
チェレステは、きっとこの二人は親戚のおばさんと甥っ子みたいな関係なんだろうなと察した。実際はもう少し複雑だが、似たようなものだ。魔族は成長が遅い分、青年期も長い。というより、青年期で成長が止まる連中ばかり。そんなわけで、ウン百歳のチビッコだった頃のクワンを知っているアッズーラは、まさしく親戚のおばさんポジだ。でなければ、女の人が苦手と言っていたクワンがこんな風に遠慮なく話せるわけがない。
興奮するクワンの胸に手を添わせて制止すると、彼は驚いて固まってしまった。腕は絡めたままなので、体勢的にチェレステの豊満な胸の谷間に己の腕が埋まる形になったからだ。その感触をもっと味わいたい、いや考えちゃダメだ失礼だろ感覚を切り離せ。反する意見を持つ脳内の天使と悪魔のせいで思考も身体も停止した。
そんなクワンをよそに、彼から身体を離したチェレステはアッズーラへと向き合い、王女らしく他国の王妃へと礼を尽くした。
「ごきげんよう、アッズーラ様。わたくし、今代のチェレステ王国筆頭聖女、チェレステでございます。以後、お見知り置きを。」
「ご丁寧にどうもぉ!アッズーラです!魔界はまともな女の子が少ないからさぁ!ウチに来たら私ともたくさん遊んでね!」
「ええ、喜んで。」
ええっ!?と背後からたくさんの驚きの声が上がった。
チェレステは自分の発言に気付いていない。王女モードに入って、社交辞令は受け流してしまったからだ。それが通じる魔族ではない。いや、アッズーラは元人間だが、神殿育ちの平民聖女が貴族の社交辞令など分かるわけがない。
おじじがどこからか取り出した白いハンカチで目元を拭う。安心したかのように、口元は綻んでいた。
チェレステによる、突然の嫁入り宣言。クワンは思考がとうとうオーバーヒートして、仰向けに倒れた。




