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眼帯姫はたくましい  作者: 里和ささみ


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眼帯姫と父王様

ご無沙汰してます。

また合間を見てちょこちょこ更新していこうと思いますのでよろしくお願いします。


この回、書き始めたの四月なんだよなぁ。

 チェレステたちが聖国に旅立ったあと、エリザベッタはひとりで離宮で過ごしていた。当たり前だが、ヴィオランテは常に共にいる。


 厨房でひたすら保存食作りに勤しむのは、冬支度ではなく何も考えたくないから。ぼんやりとしながら空を見上げる時間もある。野鳥が飛んでも弓を構えることもない。


 見知った顔はほとんどがチェレステとクワンに同行している。婚約者であるランベルトもだ。対外的には今代の英雄を魔王への抑止力とするためであるが、実力的にクワンには全く敵わない。あの純朴で照れ屋な青年、転生して相当な年数が経っているのにも関わらず未だ青春の只中にいる彼が、そんなに強いようには思えないのだが、事実、彼はこの世界をひとりで終わらせるほどの力がある。力があるだけで積極的に使いたがるような人物ではない、というのが伝われば、魔界との交易はお互いに利となるはず。


(交渉、うまくいくといいな……)


 エリザベッタはこの世界の人類と魔族との確執が今でもピンと来ない。確執と言っても人類が一方的に恨んでいるのだが、恨まれても仕方のない歴史があるのだ。百年ごとに繰り返される負の歴史が。


 離宮に泊まるつもりで来ているエリザベッタが、干していたきのこの乾き具合を見ていると、馬のいななきや軍靴の音が聞こえた。門の方に目を向けると、近衛騎士らしき者たちが慌ただしくエリザベッタの方へやってくる。見たことがあるようなないような者たちだが、ヴィオランテは警戒を強めて己の背にエリザベッタを隠した。


「陛下がお呼びです。今すぐご同行を」


「理由は?」


「伺っておりません」


「そう。でしたらお引き取りを」


 ヴィオランテは強気だ。国王など恐るるに足らず。乳母は強いのだった。


 文字通りの乳母であるからして、王はヴィオランテの乳で育った。つまり、ヴィオランテには王と同年代の子がいる。息子は、父親の宰相の下について補佐官をやっている。次期宰相と目されている。そろそろ代替わり?なんて、そんな風に噂もされている。そう、宰相はヴィオランテの夫なのである。


 その不肖の長男が、ご立派な馬車から降りてきた。しかし、ヴィオランテは警戒を強めた。


 この長男。常識人の夫婦から生まれたと思えないほど、王と同じ性質をしている。そのことを母であるヴィオランテは知っていた。他所行きの顔に皆、騙されている。氏より育ちとはよく言ったものだ。それにしたって、側にはヴィオランテがいたのだから、何故こうも歪んで拗らせたのか。


「陛下がエリザベッタ殿下をお呼びです。拒否は許されませんよ、母上。ご用事は王命に関することなのですから。」


 ニヤニヤと笑うアラフォーのオッサンは、どうやら味方ではないことをエリザベッタは悟った。ヴィオランテを母と呼んだことは理解出来たので、


(ヴィオランテみたいな人でも子育て失敗するんだな。というか、抑圧され過ぎて大人になっても反抗期みたいな?)


 大体合っている。ちなみに彼女の父親である王も同様だ。自分に甘い彼らは、厳しくも優しく温かいヴィオランテの愛を表の厳しさしか理解しない。


(なんか……ファウストと同じ系統。)


 今世の弟と同じ系統。つまりは父王と同じ系統であることをまだエリザベッタは気付いていなかった。


「よろしいだろう。わたくしは参ります。」


 ヴィオランテとチェレステ以外は騎士に囲まれているからか、男臭い喋り方になりがちなエリザベッタに、ヴィオランテの息子、名をフェルルッチョという、は不快そうに眉根を寄せた。


「母上のような方でも、子育てに失敗なさることがあるのですねぇ!」


「ええ、そうね。己の力不足をとても痛感してるわ、今。」


 フンと鼻を鳴らしたフェルルッチョは嘲笑し、侮蔑の目をエリザベッタに向けた。似たような目を自身が母から注がれてるとは露にも思わない。


 仕方なく馬車に乗り込む二人。騎士の数が多過ぎて、極悪犯罪者の護送のようだ。取り囲む騎士たちには顔色の悪い者もいる。体調が悪いのではなく、心と反した命令に従っている不愉快さから来るものだろうとヴィオランテは推察した。


(良くないことが起こりそうね。)


 いくら乳母とて、王宮の女官長とて、王の強権の前に伏さねばならぬときがある。エリザベッタの婚約が成立した時のように。


 予感は当たった。何処から情報が漏れたのか。どう考えても息子からだろう。夫は何をしていたのか。少しばかりの憤りを覚えた。


「お前と英雄との婚姻を解消する。」


「認められません。二人はもう心を交わす仲。それを引き裂くおつもりですか?」


「そんなモンは知らん!いくら女官長とて、王女の婚姻に口出しする権利はない!エリザベッタ!お前には魔界へ嫁いでもらう!」


「何故陛下がそれをご存知で?」


 ギロリと睨むと、ピョッと尻を上げたのは王だけだった。不肖の息子は不肖をこじらせ過ぎて母の睨みも利かぬらしい。


「フェルルッチョが教えてくれたのだ!そもそも王である私にこのような大事、何故伝えなかった!こやつさえ宰相に隠されていたのだぞ!?」


「さあ。わたくしは政治向きのお話は分かりませんので。陛下の御心を煩わせぬための配慮では?」


「配慮の仕方が間違っている!魔王の侵入をやすやすと許した国と他国から侮られるではないか!」


 そういうところはしっかりと気付くのだなとヴィオランテは感心した。どうせそれも不肖の息子からの入れ知恵だろうが。ヴィオランテはひとつ嘆息した。ちなみにここまでエリザベッタは入室の際の挨拶以外口を開いていない。なんとなくの話は分かっているが、これからの展開が読めずにいたのだ。英雄と王女の婚約。それが王命であるならば、解消出来るのはまた王命のみ。しかも、自分に魔界に嫁げと言う。いとも簡単に、この男の気持ちひとつでそれが成立してしまうことに不快感を覚えていた。


 彼女は専制政治のなんたるかを分かっていない。中身は民主主義が当たり前の日本人だからなのか。


「現時点を以て女官長ヴィオランテ・ガロファーノは第五王女エリザベッタ殿下の教育係を解任いたします。殿下の教育は引き続き、こちらで選抜した教師が当たりますのでご安心を。」


「安心出来ますか!王宮内のことはわたくしの管轄!表の者に指図される筋合いはございません!」


「これは王である私からの命令である。謹んで受けたまえ。」


「誰か!誰かある!近衛たちよ!女官長ヴィオランテを捕縛しろ!王への背信あり!これは不敬罪である!至急エリザベッタ殿下から引き剥がし、牢へとこの女を連れて行け!」


「おやめなさい!」


「ヴィオランテ!」


 エリザベッタが話を読めないうちにドカドカと乱入してきたのは国王付きの近衛騎士だった。振り向きざまに「御身に触れることをお許しください」と耳元で囁かれ、肩を引っ張られた。油断だった。


 魔力を使えば、力押しで負けることはない。チェレステやランベルトが帰って来るまで、ヴィオランテを連れて何処かで潜伏しよう。神殿に駆け込めば、匿ってくれるかもしれない。左目が金色がかった。ヒッと喉を鳴らしたのは、王ではなく、自分の両肩をしっかりと握っている騎士だ。魔の色に睨まれて、強大な魔力に威圧されて、騎士であるにも関わらず怯えたのだ。


「抵抗してはなりません、殿下。今ここで、ヴィオランテを無礼打ちにしてもよろしいのですよ?」


 フェルルッチョは、最早母を母と呼ぶこともしない。


 無礼打ちの意味くらい、エリザベッタだって覚えた。


 連行されて行くヴィオランテの背中は、いつもよりとても小さく見えた。


 握りしめた拳は、行きどころがなくなってしまった。

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