眼帯姫は絆されやすい
「週末から聖国に行くことになったよ。」
「行ってらっしゃいませ。オキヲツケテ。」
クワン告白事件の翌日。神官長から聖国行きの日程を告げられ、ランベルトはその報告のためエリザベッタに会いに来ていた。
ランベルトは久々に婚約者に会いに来たというのに、彼女は一向に自分の顔を見ようとしない。
出会ってから今まで、ほとんど毎日顔を合わせていたのに、魔王クワンの出現で会えない日々が続いていた。ようやく会えたエリザベッタの顔が少しでも見たくて覗き込もうとするが、それすら避けられる。
次第に部屋の中をグルグルと追いかけ回すことになって、痺れを切らして本心を尋ねることにした。
「どうして逃げる?」
「オイカケルカラ。」
「こっちを見て。交渉が決裂したら、また戦争になる。そしたらもう二度と、会えない。」
エリザベッタが待っていたかもしれないという言葉は続かなかった。
ランベルトには断言するだけの理由があった。
クワンのような魔族が総出で来たら、兵は皆殺しにされるだろう。聖力が強い聖女たちやエリザベッタのように魔力の多い女は彼らによって連れ去られ、意に沿わぬ結婚をしなければならないかもしれない。
(かもしれない、か。既にエリザベッタは意に沿わぬ結婚を迫られてるのにな。よりにもよって、俺と。)
嫌われているとは思っていない。それならきっとこうして会うことも拒否したはずだ。いくら忌み子と父王たちに蔑まれようと、彼女の立場は歴とした王女。会うことを拒否されればランベルトは強く出られない。
だが、男として見られているかと言えば?
答えはNOだった。
NOだったはずなのに。
よく見ればエリザベッタの耳が少し赤い。女性の変化に敏感なのは経験ゆえか。
(少しは意識してくれてるのか?)
期待はふくらむが、エリザベッタはまだ幼い。ランベルトは未だそう思い込んでいる。
「エリザベッタ……もしかして」
「エリザベッタぁ!!!」
ランベルトが口を開いたと同時にバァン!と大きな音を立てて部屋の扉が開いた。そちらを見遣れば、チェレステが立っていた。
「お姉さま、どうしたの?」
「エリザベッタぁ、助けて!」
ここのところの神殿で起きた一連の事件をエリザベッタはまだ耳にしていない。頭にクエスチョンマークを浮かべて小首を傾げた。
『クワンさんに、クワンさんに、告白されたぁ!』
『えっ!?やったじゃないですか!』
『やったじゃないんだって!どうしよう!?どうしたらいいと思う!?』
異世界の言葉で二人が話し始め、ランベルトは混乱する。確かにクワンから前世の話は聞いていたが、実際に目の前で違う言語が飛び交うと、眼前の二人が別人に見えた。
特にエリザベッタだ。
こんな流暢に話すなんて。自分とはコミュニケーションも片言で精一杯。彼女の気持ちも全く聞けていない。ランベルトの心に生まれたのは不安と焦燥感だった。
「おい!今は俺がエリザベッタと話が」
『うっさいわね!』
「あっ、お姉さま……!」
エリザベッタは自分たちがうっかり日本語で話してしまったことにようやく気がついた。チェレステの入室後はすみやかに扉は閉じられ、中で控えているのはヴィオランテだけなので日本語の会話は問題ない。
しかし、ランベルトがいる。
『大丈夫。クワンさんが私たちの事情を話しちゃったのよ。酔っ払って。』
『酔っ払って……』
『コイツらが飲ませたのよ。』
『神殿内って飲酒禁止じゃなかったですか?』
『そうなんだけどね。なんでか知らないけど、大量に酒瓶持ち込んで飲み会したらしいわ。神官に見つかってお説教くらって罰として庭の掃除させられたのよ。いい気味!』
どこの昭和の学校だ。トイレ掃除でないだけよかったのか。
エリザベッタは明後日な方向の感想を抱いた。
「ランベルト。お姉さまと話します。出てって。」
「エリザベッタ。俺も君と話がしたい。そんなに俺が嫌?」
嫌かと聞かれたら嫌じゃない。なんとなく、恥ずかしいだけだ。
どの角度から見ても完璧な麗しい英雄。中身はチンピラのようだが、エリザベッタに対してだけは気障ったらしい。それも中身日本人で、それなりに大人の付き合いをしてきたエリザベッタにはこそばゆいものだった。
顔も名前も思い出せない前世の恋人たちに何の未練もないが、かといって前世も今世も美男子の横に並ぶには色々と不足している。
「とにかく今日はわたくしを優先してくれる!?アンタのせいでもあるんだからね!!!」
チェレステがキレ気味に叫ぶと、エリザベッタはようやくランベルトの顔を見て同意するように頷いた。
「……分かったよ。」
チェレステに譲ったはいいが、退室するわけでもない。二人は日本語なら話も分からないだろうとかつての前世の言葉で話を始めた。
『それで、告白って?』
『ひえ!』
『ひえって……クワンさんに告白されたんですよね?なんでそんなことって言ったらおかしいですけど、でも、お姉さまの目標は達成されるじゃないですか。』
『ででででででも!クワンさんは私の推しのクワンさんじゃないでしょ!?』
『今のクワンさん、見た目はキラキラしいですけど、素朴でいい人じゃないですか。』
『そそそそそそうだけど!でも、その、あの……』
尻すぼみになったチェレステを窺い見れば、顔を真っ赤にしている。
『け、結婚してほしいって……』
『お、おおう……』
なんと、一足飛びしてプロポーズ。
『いきなり結婚っていうのはアレですけど、お付き合いするくらいならいいんじゃないですか?』
『そうかな……』
『ちなみに記憶にある中でお付き合いしたことは?』
『ない……エリザベッタはあるんだっけ?』
『一応。』
『結婚は?』
『してない……と思います。同棲してた彼氏と別れたっぽい記憶はありますけど。』
『同棲……大人ね……』
壁に寄りかかり、サッパリ分からないながらも二人の会話を聞いているランベルトは少し苛ついている。
『結婚も考えてたんですけどね。親にも挨拶した記憶あるし。結局、向こうの浮気で別れました。出張から帰って来たら女連れ込んでて。クワンさんはそういうタイプに見えないから、私としてはオススメしたいです。』
しかし、これから彼はモテるであろう。あの純情さがいつまで保つか。同棲までして別れた恋人も、前世のエリザベッタが初めての恋人だった。見た目に気を使うようにさせたところ、異性の目に止まるようになった。
(そういやあの人もオタクだったな。)
趣味に対しては心を広く持てたが、浮気は許せなかった。
恋愛模様は悲喜交々。
チェレステのような不器用な女の子が、恋によって花開く様は何より美しい。
ふとランベルトを見る。
(見た目は完璧。女の扱いも上手いし慣れてる。どう見ても不安要素しかないんだよなぁ……)
結婚が避けられないのなら、せめて浮気は勘弁して欲しい。
そう思う程度には、ランベルトに好意を抱き始めている。
そう。エリザベッタは絆されやすいのであった。




