眼帯姫の笑いのツボ
転生者三人とヴィオランテが訪れた騎士団本部は物々しい雰囲気だった。命をかける仕事をしている割に、普段の騎士団はカラッとした雰囲気で笑い声もよく聞こえる。いや、命をかける職だからこそ、日々の平穏を大切にしているのだ。
今日の騎士団は、なんだかどんよりお葬式のようだ。
騎士は一様に、まるで自分の葬式に出席しているみたいな顔をしている。そんな人、見たことないけど、とエリザベッタは思った。
「あ、えと、初めまして。魔界の代表に選ばれました、クワン族のクワン・チュンイェンと申します。」
チェレステの大好きな甘い声で魔王は名乗った。他のオタ友は今が旬の声優に熱を上げていたが、チェレステは一昔前の今ではベテランと呼ばれるクラスの声優が好きだった。魔王を務める優しくて甘い、かつて親の世代では主役級を務めていた声優の声。アニメで初見の際、少しイメージが違うと思ったものだがいやはやどうして、あっという間にその声に魅了されるようになった。
ちなみにチェレステとエリザベッタは今が旬のアイドル声優が声を当てていた。
「チェレステ王国王立騎士団団長、ジローラモ・ジラソーレだ。」
たまらず、ぶっ!とエリザベッタが吹き出した。かろうじて表情を崩すことはなかったが、人の自己紹介で笑ってはいけない。しかし魔王も微かに肩を揺らしていた。脳裏によぎった人物は恐らく共通している。イタリアの伊達男なのだろう。心なしか顔も似ている。
怪訝な顔でエリザベッタと魔王を見ているジローラモだが、続いて副団長が自己紹介をする。
「副団長のロドリーゴ・オルキデーアです。」
ロドリーゴには特に反応のない二人に、ジローラモはますます疑惑を募らせる。チェレステ殿下とヴィオランテ女史はエリザベッタを危険人物ではないと断じたが、やはり魔族とつながりがあるのではないか。彼女の境遇を考えると、王国へ牙を剥くに充分過ぎる理由がある。
実はジローラモは最近騎士団長に上がったばかりだ。それもこれも、定年まで勤め上げるだろうと思われていたムゲット公爵家に連なる男が連座で処罰を受けたからだ。お陰で面倒な処理を丸投げされた形になった。見て見ぬふりした騎士たちに懲罰を与えたのはジローラモだった。
「とりあえず、彼の監視を外してくれる?」
「許可は出せません。」
「彼は善良なるものよ。必要ないわ。」
「未だ我々の仲間が囚われているのです。無事を確かめ、一人も漏らさず解放されなければ、信用に足りません。」
「あのねえ!」
「いや、じっ、ジローラモさんのおっしゃる通りです。」
何故どもる。ジローラモは眉間をより一層深く皺を刻み込むが、エリザベッタは小刻みに肩を揺らしている。己の名に何か意味があるのか。
「あの、今後聖国に行って、魔界の現状をご説明する予定なのですが、簡潔に言うと、俺たちは伴侶を探しているんです。」
「お言葉ですが、歴代の魔王はこちらの世界で殺戮を繰り返して来たのですよ?信じられるとお思いですか?」
「それは……分かってます。えと、まず、歴代の魔王……魔界の代表選出についてと、何故侵略という形で嫁取りが行われたかの理由をお話ししますね。」
なんともまあ、穏やかに話す男だ。第一次魔王討伐で最後まで戦場に立っていたランベルト、ピエトロだけが魔王と言葉を交わすことが出来たが、口数が少なく、威厳があり、発する言葉は他者を威圧する。ただ、チェレステに声をかけるときだけは、若干照れていたという。「今度の魔王って女が苦手なんですかね?」と笑ったのはピエトロだった。
ゆっくりと、でもしっかりと、鞄から取り出した自作の資料を広げて説明をする彼は、どちらかというと威厳は感じず人見知り、女性に関しては分からないが、語り口調から誠実さが滲み出ている。ジローラモは頭がおかしくなりそうだった。碌に引き継ぎも出来ず犯罪者としてお縄についたコネ団長より余程好感が持てる。魔王なのに。
それは〝優秀ならば使えるモンは何でも使う〟精神で戦場でも本部の執務室でも、容赦なく自分より上の身分でもこき使うロドリーゴも同じことを考えていた。唯一、使えなかった前団長なんかより、全然役にたちそうだ、と。何より字が綺麗で書面は整然としている。書類の作成は部下に丸投げし、文にも目を通さず確認もせず、時には請われるままにサインしていた元犯罪者とは大違いだ。
「あ、と。こっちは国家間の交渉に使うものなので、省略しますね。えっと、今お話しできることで、必要な情報はこれくらいでしょうか。」
「ひとつ質問いいかい?」
ロドリーゴは極めて落ち着いた声で魔王に声をかけた。まるで年若い新人騎士たちに話しかけるように。
「君たち魔界の要求と、それに対する条件も分かった。だけど、我々にはメリットがないよね?むしろ抵抗しないのだから、君はある意味で人質だ。君が交渉人を名乗る以上、君は人間を傷付けられない。」
「それは、今魔界にいるあなたがたの仲間を切り捨てるということですか?」
「通例通り、死亡が確認されたと伝えるさ。そうすれば、魔族は相変わらず人類の敵であり続ける。」
「それは些か悪手では?俺たちが彼らを解放して、家族の下に戻った時、どう言い訳するんです?」
「魔界へ立ち入れないので奪還も出来ないから、死亡として処理して遺族へ年金を支払うための温情措置だったと言うさ。正直にね。」
実際、カプセルに閉じ込められた者たちは行方不明扱いのため、被害者の家族から不満が上がっている。何もチェレステ王国の国王だけではない。大半の国がその金をケチっているだけだ。
「そうですか。まあ、それはそっちの事情だし、決めるのは貴方じゃないだろうから問題ありません。あと、監視はつけてくれていいです。ただ、隠れてコソコソはやめてください。なんか背中に視線を感じてムズムズして落ち着かないんです。堂々と隣にいてくれていいです。物々しいのは困りますけど。客のばあちゃんたちに怒られるんで。」
魔王は監視の騎士より下町の老女の方が怖いらしい。変なヤツだな、とジローラモは思った。部下たちの報告によると、彼はあの貧民街(と言ってもホームレスやゴロツキ、ストレートチルドレンの溜まり場ではなく低所得者層が住む辺りだが)の御婦人方にかなり気に入られている。前髪で顔を隠してはいるが、目敏い彼女らは彼が類い稀なる美貌の持ち主であることに気が付いている。いくつになっても女は女ということか。
下町の女たちは魔王がやって来た理由を、故郷で顔が原因で問題が起き、流れて来たのだろうと考えていた。血を見るようなキャットファイトが起きてもおかしくない美しさだからだ。些か気が弱いが、素直で親切な彼が落ち着いてこの街で暮らせるよう、彼を若い女から守るため共同戦線を張っていた。聞き込みによる彼の評判はとても良い。彼は下町の中高年のアイドルなのだ。
「それと、監視を続けるにあたって俺からお願いしたいことがあるんですけど。」
「なんだ?」
「俺が人間を傷付けられないって、言いましたよね?その通りなんですけど、なんだか俺、結構絡まれやすくて。」
そういえば、チンピラに絡まれていたという報告が複数上がっている。金を巻き上げられ、時にはおまけに殴られ蹴られもしていたが、彼は一切抵抗しなかったそうだ。
「こっちからは反撃出来ませんから。監視ついでに守ってもらえませんか?」
「それは……」
部下たちの心情としてどうだろうか。先祖代々植え付けられた魔族への怨嗟は容易に断ち切ることは出来ない。それは騎士団長のジローラモ自身がよく分かっている。
かといって、無抵抗な彼を見過ごすというのも、騎士としていかがなものか。分かった、と了承の言の前に、魔王は口の端を上げた。
「監視の騎士だって、俺を害する可能性もあります。もし万が一、そんなことが起きたら……わかりますよね?」
己の喉が唾液を嚥下する音がいやに耳に貼り付くジローラモとロドリーゴなのであった。
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