眼帯姫は忘れてる
毎日午後八時に予約投稿の予定です。
下記のルールを前提にお読みください。
★主人公のセリフの見分け方
「 」異世界言語のセリフ(カタカナ表記は発音が上手く出来ていない)
「〝 〟」異世界言語のセリフの中にまざる日本語
『 』日本語のセリフ
父王との再会はエリザベッタにとって最低最悪なものだった。案内された部屋で落ち着いた頃にヴィオランテの元に王命の勅書が届いた。曰く〝我が娘、エリザベッタ第五王女を宮廷の外に出してはならぬ〟。予想はしていたが、ヴィオランテは呆れ返るばかりだった。なぜなら続く文言は〝ヴィオランテ直々に然るべき教育を施し、王女としての体面を整えろ〟だったからである。
全く、厳しく育てたはずが自分のことしか考えていない愚物になってしまったものだ。国王の乳母であったヴィオランテは心の中で独り言ちた。
実際、エリザベッタへの教育は元々予定されていた。これから行うものではない。幼い頃からいつか使える政略結婚の駒として何処かへ嫁がせるため、冷遇していても王女として育てる。それは国王自身が決めたことだった。
それが何故為されなかったのか。偏に王妃の存在によるものであった。王妃というより王妃の生家である公爵家の陰謀だ。王妃は男児を産むことが出来なかった。これは公爵家のみならず、国にとっても大きな問題であった。王位継承権は国王の男児のみに与えられる。王子がいなければ五つの公爵家の男児から選ばれる。もちろん、跡継ぎは必要なのでスペアである次男以降が優先的に選ばれるが、王妃の生家ムゲット公爵家には跡継ぎである男児が一人。対して他の公爵家にはスペアの男児が四家合わせると数えれば片手では足りないほどの男児がいた。
後継を産むために公妾を用意しても、最初に産まれたのはエリザベッタ。つまり女児だ。しかも金眼の忌み子。ムゲット公爵家の落胆は激しかった。公妾を増やすべきだという進言は国王自身によって退けられた。若きジュリエッタに国王は惚れ込んでいた。王妃への夜の訪いは皆無になった。王妃は忌み子を産んでも尚愛され、必要とされるジュリエッタが憎らしかった。
しかし、公妾の子であっても王位継承権第一位となる男児であれば王妃が養育を担う。公妾ジュリエッタが再び妊娠したという知らせを受け、王妃の生家は神に祈る日々であった。どうか男児でありますように。忌み子ではありませんように。日々、祭壇に向けて神に祈りを捧げていた。
無事に出産を終えて産まれたのは健康で何ら瑕疵のない男児であった。名はファウスト。現在は王妃の実子として育てられており、本人にも国民にも妾腹であることを知らされていない。ちなみにジュリエッタの金眼に関して国民には生まれながらに右目を患っているとだけ伝えられている。式典に出ないのも視力が弱く、生活も介助なしでは覚束ないからだという言い訳付きだ。
王妃はファウストを愛した。もちろん乳母がつくので平民のように育児に積極的に関わるわけではないが、良き母であろうと努力した。この子を味方につけなければ自分の立場が危うくなる。生家からの突き上げも激しくなるだろう。当然の選択であった。
実子として発表したのはジュリエッタが死んだ為だ。妾腹であることを知ればいずれ実母を恋しがるときが来る。王妃はそれが許せなかった。国王を説得の上、了承をもらった。憎むべき女はいなくなったが、やりどころのない感情だけは身の内に燻ったままだった。その恨みつらみを全てエリザベッタにぶつけた。全てはそこから始まった。
「あんな子、王家に必要ないわ。王女ならわたくしが産んだ娘が四人もいるもの。貴女たちが世話なんかしなくたっていいのよ。」
ロジータは元々は王妃付きの女官であった。最初は離宮に幽閉された姫君付きになるなど左遷に違いないと思い愕然としたが、王妃からそう伝えられてホッと胸を撫で下ろした。続く言葉に驚いたが、充分に利のある話であったので快く了承した。
曰く、〝あれは家畜と思え、人並みの世話をしてはならぬ〟〝彼の者に親しい者を作ってはならぬ〟〝第五王女に与えられる予算は好きにして良い〟。最後の一言は抜群の効果があった。妾腹とはいえ、公式にもエリザベッタの身分は王女である。その予算となれば一介の女官には過ぎた金額であった。〝世話をしてはならぬ〟と王妃直々に命令を受けたのだ。大手を振って職務を放棄した。
第五王女付き女官はロジータを入れて五名。皆で相談し、一部を最低限の予算として残りを五人で分け合った。教育の始まる頃合いには外部から家庭教師を呼んでいる体で、名前貸しをしてくれる貴族を探し、正規の報酬を支払い、領収書を提出していた。王女に与えられる予算の全額を考えると端金程度のものだった。全てを現金で手に入れるのは難しいので、エリザベッタが望んだからという理由で宝飾類を購入し、懐に入れることが多かった。ドレスを作りたいという思いもあったが、何分エリザベッタの年齢が年齢なので、我が子や親族の子の衣装を仕立てたり、靴をオーダーしたりが精々だった。
女官の出退勤は現場の責任者である筆頭女官が女官長に提出すれば良い。王宮の門は勤め人の身分証を見せればいいだけで、出入りの記録はそれぞれの勤務場所でしか行われない。もちろん身分証を持たぬ者はきちんと記録をされている。
女官たちは怪しまれぬようたまに女官室へ顔を出し、後は自由に街で豪遊を繰り返していた。シフトは毎月女官長に提出をしなければならない義務があるが、夜勤として提出している日など、女官たちは王都の歓楽街で朝まで遊び歩いていたのだった。いつしか男娼の館に転がり込む者が出て、最初に決めた最低限の予算ですら削られたのが、食事の内容が変わらぬ要因の一つでもあった。エリザベッタが与えられていたのは平民使用人の賄いである。三食同じメニューなのは、平民の使用人と同じだったからだ。この国の平民の扱いなどその程度のもの。正式な食事は必ず一人は毎日出勤するようにしていた女官たちの腹に収まっていた。
エリザベッタは忘れているが、まだ離宮に人がいた頃はもう少しマシな食生活であった。思い込みとは恐ろしいものである。食事を運んでいたのは年若い者ばかり。金を掴ませて運ばせていた。特に女の平民使用人は結婚や出産で入れ替わりが激しいのも良かった。それに彼らは王侯貴族に関わる物事を深く追及しない。おかしなことを口走れば、何をされるか。己の命など塵に等しいことをよく理解していた。
彼らがエリザベッタに対して怯えた様子を見せていたのはエリザベッタが忌み子であるからではなく、貴族からの命令に違反したときの懲罰が恐ろしいからだ。
他にも使ったことのないリネンや服の洗濯をランドリーに出したり、下男下女に仕事を願うふりをしたりと誰かしら一人は常に王宮内にいるようにしていた。面倒事のご褒美がエリザベッタのために作られていた食事であると言える。夜勤については離宮周辺は滅多なことがない限り夜間は人の移動がないので、安心してほったらかしにしていた。
見張りの騎士たちは王妃の生家の派閥の者で固められていた。それも王妃自身が手を回したのである。何かあった時の交代要員も派閥の者から出すようにと第五王女付き近衛騎士たちに言い含めていた。騎士の尊厳などない男たちであった。
使用人の退去はジュリエッタが儚くなってから一年かけて行われた。エリザベッタ三歳でジュリエッタが死んでから初めての命日までかけて徐々に徐々に人を減らして行った。エリザベッタ一人にそんなに人は必要がないという筆頭女官ロジータの主張から、少しずつ人が消えて行く。采配の権限はは全てロジータにある。離宮の主はエリザベッタではない。ロジータなのだ。エリザベッタには記憶の彼方だが、母が亡くなってから一年はロジータたちが離宮に詰めていたのだ。顔を合わせることがほとんどなかっただけだ。
エリザベッタの記憶にある〝見知らぬ女の人〟とはロジータのことである。〝眼帯をしろ〟という助言は決してエリザベッタの為ではなく、ただロジータ自身が呪われた金眼を見たくなかっただけだ。
後に真実を知ったエリザベッタは語る。
「よく十年もバレなかったよね。杜撰。」
それは自分が禁忌の王女であるというのが理由だと充分に承知した上での発言である。
誰もエリザベッタを認めない。知ろうとしない。そもそも存在がなかったことになっている。
だが、エリザベッタにとってはそれが日常であったことは確かだった。
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