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眼帯姫はたくましい  作者: 里和ささみ


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36/79

眼帯姫のお姉さま、推しと出会う

 チェレステはいつも通りに神殿での勤めを終え、帰ろうとしていた。迎えの馬車は遅れているらしい。たまにはまともに祈っておこうかと常時市民へと開かれている聖堂内に立ち入ろうとした。


(あ。アラアラアラ?あれは!!)


 チェレステのレーダーが反応した。


(あの不自然にもっさりした鬘っぽい髪。それにスラリと長い脚。はあ、祈る様まで絵になるわぁ。)


 もっさりした頭でどこが絵になるのか。チェレステの感覚は理解出来ないが、本人に聞いたところでギャップガーとしか言わないだろう。


(でも、使用してる鬘は茶髪って報告なのよね。今は赤毛だけど。変装のパターンがいくつかあるのかしら。)


 服装も、ダボッとしたズボンにダボッとしたシャツだ。エリザベッタが街で出会したときは体型に合ったものを着ていたと言うし、騎士の報告からもそのように聞いている。現在は床に膝を着いた状態でも分かるくらいにサイズの合わない服を着ていた。


(話しかけてみようかしら。でも逃げる?だけどわざわざ花束を持って私に声をかけようとしてたみたいだし……私を手下にするための罠だとしても……攫われちゃえばこっちのもの!?あ、でも、ならエリザベッタに一言残しておかないと心配かけちゃうわよね?)


 逡巡していると、男のため息が静かな聖堂にいやに響いた。平日の昼。神殿を訪れる者は少ない。


(あ、まずい。出て行っちゃう!)


「ご機嫌よう。貴方もお祈りかしら?信心深いことね。」


 背後から声をかけられ、跳ねるように男は振り向いた。とっさに陰から姿を現したチェレステ。神官しか通れない通路から聖女が出て来たのだ。チェレステも神官と似たような立場なのでそのこと自体は問題ない。


「あ、あ、あ、貴女は……」


 前髪で隠れた目は見えないが鼻から下でも驚愕しているのが分かる。まさか聖女が直々に声をかけて来るとは思わなかったのだろう。しかしチェレステに会いに来ていたように思える報告であったが、既に逃げ腰気味なのは何故なのだろうか。


「よくいらっしゃるの?ああ、ごめんなさい。実は迎えが遅れているようなの。よろしければお話し相手になってくださらないかしら?」


(ちょっと唐突過ぎたかしら。大丈夫。慈悲深い微笑みを浮かべた私に逆らえる者などいない!はず!魔王相手に効くか分かんないけど!)


 報告にあったつけ髭をしていないので顔の下半分がよく見えるが、磁気のように白いはずの肌は赤漆を塗ったように染まっている。


(か、わ、いい〜!!かわいいの権化!ここってもしかして原作の世界じゃなくて二次創作の世界なのかしら!?)


 それなら尚更、魔王のそばにいなければ。チェレステはそう思った。魔王と結婚したい。隠れ蓑となるために。いや、別に結婚しなくてもいい。魔王の側で眷属とのイチャイチャが見たい。ランベルトは思っていたよりクズ男だったので、最推しジャンル〝ラン×まお〟は諦めた。魔王は原作だとチェレステが言うには〝スーパー攻め様〟らしいが、薄い本になると〝魔王総受け〟〝下克上〟などを彼女は愛好していた。エリザベッタには理解し難く、大陸語でもないのに首を捻るばかりであったがチェレステはそれに気付いていない。

 そんな(チェレステにとって)都合の良い展開があるとは考えていなかったが、麗しい魔族の絡み合いを見るだけでも良かった。チェレステの動機はとても不純なのである。ちなみに原作は健全なる少女マンガ。ラブシーンはせいぜいキスが関の山だ。


「あ、や、え、も、」


「何かご予定があって?」


「いえ!いや!あの、」


「なら、いいわよね。おかけになって。」


 そもそもこの男は魔王なのか。


 チェレステは確信している。彼は魔王だ。だって、声がベテラン声優そっくりだ。あの甘い声の声優だ。たまらん!と心の中でチェレステは身悶えていた。


(多少強引でも!とにかく探りを入れる!出来れば次に会う約束も!)


「貴方、よく神殿にいらっしゃるの?」


「た、たまに……。」


「何をお祈りしてたのかしら?ああ、言えないわよね、そんなこと。ごめんなさいね、こんなこと聞いて。」


「いえ、いいんです。……平和を、願っていました。」


「平和?」


 魔王が神殿で神々に平和を願い祈る。


 おかしな話である。


「はい。平和に、暮らしたい、と。」


 いよいよおかしい。チェレステは少し踏み込むことにした。


「今は平和なはずよ?」


「あ、はあ。そう、ですよね。いや、とても、個人的なことなんで、あの、聖女さまに聞いていただくようなことではないので……。」


「話しにくいことなら無理に聞き出そうとは思わないけれど、悩み事なら聞くわ。それが神々に仕える者に与えられた仕事ですもの。」


 神殿に入るつもりもないのに神々に仕える者の代表面をするチェレステであった。男は意外にもすぐ話をしてくれた。


「あ、の。今、身内の騒動に、巻き込まれてて。」


「あら、それは大変ね。どのような?」


「あー、その、跡目争い、的なものです。なんか、なんだかんだで、俺がそれになっちゃって。周りが勝手にやってくれたんですけど。でも、俺、そんなものになりたいわけじゃなくて。そもそもその、まぞ……家の仕事とか興味なくて。危険な仕事だし……。それで、俺、逃げて来たんです。」


「まあ。そうだったの。一人で逃げて来たの?」


「はい。けんぞ……部下……違うな、使用人?たちがきっと血眼になって必死に探してる頃だと思います。」


「そうなのねえ。家に戻ることは考えてないの?」


「全く。でも、俺、何処にいたって居場所がないんです。こっちに来てから仕事も見つかんなくて。」


「あら、仕事に溢れてるこの王都で?」


「あ、それは、俺が、身分証のない異国人だからだと思います。身一つで逃げて来たんで、家を借りるのもやっとで。」


「生活出来てる?」


「ギリギリです。今は高齢者のヘルパーみたいな仕事をしてます。口コミで広げてもらって。お年寄りの代わりに買い物行ったり、掃除の手伝いをしたりで、お金もらって。子どもの駄賃程度ですけど、数をこなして、なんとか。あとはお惣菜もらったりとかで食いつないでます。たまに日雇いで、大工の真似事もしますけど。」


 彼は魔王だ。間違いない。


 なのに、何故そんな不憫なことになっているのか。魔王は眷属から逃げて来たのだとチェレステは考えた。己の魔力から生み出したものなのだから消し去ってしまえばいいものを、個性があるものだから余計な情が湧いたに違いない。二次創作ではよくあった。


 ひとつ、引っかかる。彼は〝高齢者のヘルパー〟と言った。そういう考え方や仕事はこの世界にまだ存在しない。そういうのは家族や近所の人との相互扶助で成り立っている。


(もしかして。)


「ホント、本当は帰りたいんです。でも、あそこは俺の帰る場所じゃない。何でこんな立場に生まれて来ちゃったんだろうって、正直、神様を恨んだりもします。俺はただの……普通の人間なのに……。」


(まさか。)


「それに最近、ずっと見張られてるみたいで。誰かはまだ分かってないんですけど。もしかしたら、他の派閥の人かもしんなくて。」


(結論付けるのはまだ早い。でも、何を聞けばいいの?)


「俺、ずっと、聖女さまに会いたかったんです。強くて、自信に満ち溢れている聖女さまに会ったら、自分を変える勇気がもらえるかなって、たまに、待ち伏せして、でも、声をかけられなくて……あ、気持ち悪いですよね、一方的に。ストーカーみたいで。失礼しました。すみません。」


「いいの。気にしてないわ。」


 祭壇に向かって並ぶベンチの最前列に、通路を挟んで向かい合って座っている。彼は一人だが、こちらは侍女が二人いる。一人は玄関口で馬車の到着を待っており、一人はチェレステの後ろに少し距離を置いて控えている。いつもの神官上司は自分の仕事をするのに部屋にこもっているが、口の固い侍女とはいえ目の前で大っぴらには話せない。侍女は澄ました顔で立っている。開かれた大扉の向こう、正面玄関を見遣る。馬車はまだ来ていないようだ。騎士は不浄の存在なので騎士服のまま神殿内には入れない決まりとなっている。


 背後の侍女との距離を横目で観察する。これくらいならば、小声で話せば聞こえることはないだろう。聞こえたとしても誤魔化せばいい。彼女は王女で聖女を追及出来るような立場ではないのだから。


「ごめんなさいね。分からなければそれで構わないのだけど、ひとつだけ質問に答えてくれる?イエスかノーの質問よ。小さな声で、一度だけ言うからよく聞いてね。」


 緊張した面持ちで肩をこわばらせて、男は無言で頷いた。そんなに緊張しなくてもいいのに、とチェレステは思う。


「貴方はわたくしと同じ〝日本からの転生者?〟どう?」


『……はい……はいっ!!』


 ようやく会えた同胞。それに歓喜する男。前髪で隠れた両目からは、白い頬を濡らすものが溢れていた。


 一方、チェレステは天を仰ぎ、


(夢は潰えた。)


 と思ったのだった。

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