眼帯姫の教育方針見直し会議
主人公不在回。
「ヴィオランテ。お願いがあるんだけど。」
「なんでございましょう。」
「エリザベッタに魔法の訓練をさせたいの。教師を手配して。」
「そちらは優先事項ではございません、チェレステ殿下。」
「いいえ、最優先重要事項よ。先見で分かったの。一年後に復活する魔王はこの王都に現れる。わたくしたちが遠征で離れている隙に、分身を居城に残し、本体がやって来るわ。その時に、エリザベッタと関わることになる。自衛の手段が必要よ。」
ヴィオランテの顔色が蒼白となり、唖然とした表情で言葉を失った。滅多にないことだ。それも仕方がない。魔王が居城を離れることは前例がないからだ。
食事を終え、一息ついてからエリザベッタ再び厨房で保存食作りに勤しんでいる。五月下旬。雨季に入る前の梅仕事だ。何をしているかと言えば、梅干しを仕込んでいるのである。
チェレステはその隙にヴィオランテを別室に呼び出して話をしている。ランベルトとピエトロも騎士代表として同席している。手伝いは他の騎士に任せた。現在チェレステとエリザベッタについている近衛騎士の中で遠征メンバーだったのはこの二人だけだ。どうせまた選ばれる。そして、ピエトロ。彼もまた死が待っている。チェレステの裏切りによって。
このチェレステは裏切る予定はないので、死亡フラグは折れているはずなのだが、チェレステが最も恐れる物語の強制力によって何処かで死ぬかもしれない。
「わたくしの先見では、王都の民は皆殺し、王族も同じく。騎士たちもよ。そしてピエトロ。貴方も、遠征中に魔王の分身に殺される。」
「なっ!」
さすがに自分が裏切って策にハマり、遠征隊はランベルトを残して全滅、などという話はしない。ちなみにマンガのピエトロは婚約者がいたなどというのは描かれておらず、ひたすらチェレステを想っており、最期は裏切ったチェレステのことまでも思いやるような男気を見せるのだが、如何せん彼の見た目がチェレステの好みではないのでただの感動的なシーンとして捉えている。それに、今のピエトロにはチェレステへの恋心の欠片もない。それも分かっていた。そのように振る舞って来たからだ。
チェレステは美しい。王国一の美女と言っていい。そして偉大なる聖女に憧れを抱く者は多い。冷たい態度も王女としての気高さと皆、良い方に捉えてくれる。
だが、遠征隊や身近な者にそのような感情を抱かれるのは嫌だった。だからこそ、王女らしからぬ言動を心がけている。言葉が汚くて品性に欠けていて、それをよく思わぬヴィオランテに「補習」と言われようが、見た目と肩書きだけで得られるものなどチェレステには必要ないのだ。
けれど侮られてもならない。だからこそ、原作のチェレステよりも厳しい修行に励み、どうあっても文句を言われない立場を確立するために実力を付けた。故に父王にも強く出られる。有事の際でなくても聖女や聖者といった聖職者を排出するのは家の誉だからだ。
「陛下にはご報告を……?」
「してないわ。今のところ知ってるのは神殿の者だけよ。」
「何故ご報告なさらないのです!?」
「したって意味ないわよ、あの小心者。自分だけ難を逃れようとするか、激昂して認めないかのどちらかよ。」
「そうでございましょうね。」
ヴィオランテも同様の意見だった。国王とは、とランベルトとピエトロは思ったが、決して口には出さなかったが、残念ながら表情には出ている。
「上が暗愚だと皺寄せが下に来るのは世の常よ。だったら最初から何も明かさない方がいい。」
何だったら、ついでに排除を……とまでは言わない。国家転覆と思われるのも困る。原作の結末では裏切り者の聖女チェレステは婚約者のランベルトと対決して深手を負い、加勢に来たと見せかけた魔王に殺される。国家の中枢に属する者がまるっといなくなるが最終的にエリザベッタと結ばれて王に立つ。同時に行われる即位式と結婚式で終わる少女マンガらしいハッピーエンドだ。ちなみに全十二巻である。
二人で手を取り合い復興させて行くのだろうが、このランベルトにそんなことが出来るように思えないのもチェレステの懸念材料であった。
(まあ、クリザンテーモ領でのアレコレを見る限り、エリザベッタが何とかしそうだけど。)
他にも原作と違うところはある。まず、最初の討伐軍の被害。そもそもカプセルに閉じ込めるだなどとしちめんどくさいことはせず、普通に、と言ったら語弊があるが、騎士たちは殺される予定であった。魔王の挙動も二次創作のアレには似ているが、原作の魔王とは似ていない。冷酷無比というより、シャイなあんちくしょうという表現の方が合う。
(アレはアレで可愛いんだけどね。てか、可愛かった。)
他にもチェレステだけが知っていることと言えば、魔王が百年ごとに復活するという定説が間違っていること。百年に一度次元の扉が開いて次元の狭間、魔族たちが魔界と呼ぶ世界から魔族たちが人間界と呼ぶこの世界にやって来るのだが、魔王は毎回同じ者ではない。その時々で魔界を制した者が現れるのだ。
魔界には生物を生み出せる生命体がいて、それぞれが眷属を作り、または敵を下して配下に置き、争い合う。その頂点に立った者が人間界への侵略の権利を与えられるのだ。
今回の魔王は前回の魔王とは違う。前例があっても毎回手こずるのはそのためだ。だが、チェレステからしてみればそれは大事なことではない。相手が誰であれ侵略者は退けなければならないのは変わらないからだ。
「魔王は何故かエリザベッタだけは残すの。自分の妃にするために。」
「はあ!?」
「魔王も結婚するんですね。」
確かにそうだなとチェレステは思った。魔王の生物学的構造は知らないが、人型である。子を儲けられるのかなどという疑問もある。生物を創り出せるのに嫁が必要なのだろうか。原作の魔王がエリザベッタを妻にしようとしたのは何故なのか。単に気持ち的なものなのか。
「だからエリザベッタにはせめて自衛の手段を持ってて欲しいのよ。出来れば捕まらずに逃げてもらえればと思う。今、神殿に強固な結界を張る準備をしてるの。そこは魔王であっても魔の力を持つ者は入れないわ。」
「そこが最終防衛線ということですね。」
「そうなるわね。」
「先見は何処まで見たんだよ。前回は逃げられるとこまで予測してただろ。」
チェレステは眉根を寄せた。言うべきか、言わぬべきか。魔王と結ばれるためにも、自分の生存確率は上げておきたい。もう原作からは道を外れている。何がどう作用してどう転ぶか分からないのだ。
「貴方が魔王を斃し、エリザベッタと結婚して国王になる。そういう未来を見たわ。」
「げえ!国王!?いや、マジでないだろソレ!!結婚はするけどさ!!」
「当たり前でしょ!貴方になんか国を任せられないわよ!その先は知らないけど、そんなことになったら世界は平和でも我が国は滅亡待ったナシだわ!」
「いいとこ傀儡って感じだな。」
「おい、ピエトロ!」
「ランベルトがエリザベッタ殿下と結婚して即位するより、チェレステ殿下が然るべきところから婿を取った方がよろしいのでは?」
「わたくしは……。」
チェレステは黙ってしまった。ランベルトとピエトロは訝しげにチェレステを見つめる。沈黙を破ったのはピエトロだった。
「殿下は、神殿に入られるのですか?」
第二次遠征中、まだ裏切りが露見する前にかけられる言葉にチェレステは思わず苦笑した。だが、首を横に振り否定する。
「わたくしはその未来にはいないの。魔王の分身に唆されて裏切り、死んでしまうのよ。」
「は……?」
「ま、まさか……。」
「チェレステ殿下は何故裏切るのですか?」
尋ねたのはヴィオランテだった。まさか嫉妬に狂ってなどとは言えない。エリザベッタに嫉妬する要素もない。むしろランベルトに嫉妬するくらいだから。
「何ででしょうね。そこは分からなかったわ。自分でも思い当たる節はないし。」
「アレだろ。顔に絆されたんだろ。」
「確かにお前と張るくらいの美形だったもんなぁ。」
「うるさいわねッ!確かに好みだけど!」
「まあですが、それが分かった上で行動なされば問題はないのではないでしょうか。」
チェレステはピエトロを見て頷く。
「そうよ。だけど闇魔法は洗脳も出来る。そこが怖いのよ。」
聖魔法にもそれと対になるような技がある。魅了だ。他者を己に心酔させる。洗脳となんら変わりはない。長期に渡れば行き着く先はどちらも廃人だ。チェレステは出来れば使いたくなかった。魅了は魔王への最終手段だと考えている。仮に魔王からチェレステに洗脳をかけられても打ち消してやるつもりだ。
「聖貴石を取り寄せたわ。高純度の、最高品質のものよ。ランベルト。貴方からそれをエリザベッタに贈りなさい。洗脳から精神を守れるように聖力を付与するわ。」
「エリザベッタ殿下ご本人にはお伝えしないのですか?」
「魔王が現れることと、魔王がエリザベッタに接触することは伝えてるわ。洗脳のことは言ってないけどね。だけどお守りを持っていても絶対じゃない。わたくしたちも金の月が昇ればずっとエリザベッタといられるわけじゃない。自衛の手段はいくらあってもいいはずよ。」
三人は目を合わせると頷いた。
「早急に講師の手配を致します。」
「実践は我々で良いのでは?」
「そうね。でも、騎士団から弓が得意な者を派遣して欲しいわ。貴方たちは近距離戦闘専門って感じじゃない。」
「まーな。ステファノ先輩がいいかな?」
「そうだな。」
こうして魔王復活へ向けてエリザベッタの教育は方針転換することとなった。
決戦に向けて、やることは山積みだ。頭の痛いチェレステであった。
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