眼帯姫の弟王子
侍女たちは即日採用となり、すぐに王宮で働き出した。王宮にいる間は住み込みで、子どもたちも王宮で生活をしている。
ランベルトとエリザベッタの結婚まではあと十か月。魔王復活も十か月後。そんなうららかな春のある日。
本日は騎士団の修練場にて訓練を行うランベルトの応援である。基礎訓練はチェレスタも参加。遠征は体力が大事。体力作りのため、そして美容と健康のため、10kmのランニングと筋トレ、そしてストレッチを毎日欠かさず行なっている。これは神殿にいる神官たちも同様だ。
エリザベッタも体力の低下を感じているため共に訓練したいと申し出たが、王女が訓練を行うのは体裁が悪いとヴィオランテに言われてしまった。チェレステは聖女なので特別である。
「こちらをどうぞ。」
離宮のレモンで作った蜂蜜レモンを差し入れるエリザベッタ。騎士たちには結構好評だ。
(運動部のマネージャーみたいだな。)
それにしたって些か古い。現代日本ならばスポーツドリンクを選ぶ方が多いだろう。
「スッキリするな!」
「氷が入ってるって嬉しいよな!」
「あ、それ分かる!」
「殿下!いつもありがとうございます!」
一人が礼を言うとあちらこちらでエリザベッタへの感謝の言葉が上がった。エリザベッタとしても用意した甲斐がある。美味しいと褒められると鼻高々だ。ランベルトとチェレステが、だが。
模擬戦闘が始まると、チェレステは引っ込んでエリザベッタの隣を陣取った。座ったまま、エリザベッタと談笑しながら騎士を癒していく彼女の能力にエリザベッタは姉への賞賛を募らせていく。
(お姉さまは本当にすごい!歴代一っていうのも大袈裟じゃないよね!)
事実、マンガのチェレステより現在のチェレステの方が能力が高い。だが、エリザベッタはその事を知らない。
彼女の真骨頂は癒しではなく魔を祓う浄化なのだが、その現場には未だにお目にかかっていない。仕方ない。魔があるところは命のやりとりの場。サバイバーなエリザベッタでさえも、その身が危ないのだ。
この世界の原作となったマンガを知らないエリザベッタだが、チェレステが言うには第一回遠征が終わるとまずランベルトとチェレステの婚約があり、親族顔合わせの場にエリザベッタが出て来る。ムゲット公爵家の企みははっきりとは描かれていないが、〝冷遇されてきた姫〟と書かれており、シンデレラよろしく異母姉と異母弟(本当は同母弟である)に虐められる。
ランベルトは正義感溢れる青年として描かれているのでそれを庇うのだが、そのことをきっかけにチェレステからの嫌がらせが加速する。マンガの中のチェレステと違い、ランベルトのことが好きでもなければ(マンガのチェレステも本当にランベルトが好きだったのかは曖昧だ、男は皆、自分に傅くものと思っている性格なのだから)、エリザベッタを虐げてもいない。どちらかというとシスコンを加速させている。
「おい、何でコイツがいるんだ。」
おとうとがあらわれた!
たたかう
にげる
ぼうぎょ
▶︎どうぐ
エリザベッタは塩を撒いた!
「うわっぷ!何するんだよ!?しょっぺ!!」
「オハライ。」
「なんでだよ!しかも何で塩持ったんだよ!?チェレステ姉上!王国の聖女ともあろう者がどうしてこのような下賎な者と行動をしてらっしゃるのですか!?ぶへっ!!」
チェレステのこうげき!
チェレステは水筒の蜂蜜レモン水の残りを顔面にぶちまけた!
かいしんのいちげき!
「いでえ!あだにばいっだ!!」
「行きましょう、エリザベッタ。バカに拘うのは時間の無駄よ。」
「はい、お姉さま。」
「まっ、待てよ!」
「はあ?お姉さまに何て口の聞き方をするの。」
「いや、チェレステ姉上じゃなくてそっちの女の方です!」
「エリザベッタだってあなたの姉でしょ?」
「公妾を母に持つ女と正妃を母に持つ我々は同列ではありません!」
「何言ってんの?あなただって母親はジュリエッタじゃない。」
「は?」
「チェレステ殿下!」
「ヴィオランテ、どうしたの、そんなに焦って。」
チェレステは神殿育ち故、知らなかった。ファウストとエリザベッタの母がジュリエッタであること、それを本人が知らないままであることを。エリザベッタは説明を受けてはいたが、悪態をつく弟に興味など湧かないので放っといていた。説明のための語彙力がないとも言える。
「え、だって、そうでしょ?あの頃のお母様、どう見ても妊娠してなかったし。ジュリエッタも死んだし、正妃の子として発表した方がお母様と生家には都合がいいからそうしただけでしょ?え?まさか本人も知らなかったの?」
その通りである。その通りであるのだが……。ヴィオランテは思わず眉間を揉んでしまった。王子ではあってもファウストはまだ十一歳の少年。真実を知っても震えて立ち尽くすことしか出来ないような年齢だ。
「このまま陛下のところへ参りましょう。」
ヴィオランテの一言でそのまま父王のところにアポなし訪問となった。腰の抜けたファウストは護衛騎士に抱えられての移動となり、大変恥をかくことになる。
国王の執務室で、ガシャーン!という大きな音を立てて何かが落ちた。父王が机の上の物をエリザベッタに向けて投げたからだ。だが、チェレステがエリザベッタを引っ張ったことで衝突は避けられた。さすが王国が誇る聖女のお姉さま。さす姉である。反射神経も素晴らしい。
「何故避ける!」
「何故エリザベッタを狙ったの!?」
「何もかもこいつのせいだからだ!!」
「そんなわけないじゃない!ファウストに言ってしまったのはわたくしよ!狙うならわたくしでしょ!」
「お前を狙ったらそのまま投げ返されるだろう!?」
「あら、よく分かってるじゃないの。」
チェレステは父王の前でも偉そうにしている。それが許される立場であるということだ。さすが王国が誇る聖女のお姉さま。さす姉である。毅然とした態度の彼女へエリザベッタは尊敬の眼差しを向けた。
「ちちち、父上……チェレステ姉上の仰ったことは、真実なのですか……?」
「はあ……本当だ。本来ならまだ子供のお前には教えるべきではないと思っていたが……。」
「そ、そんな……私が、妾腹……?」
「アッドロラータお姉さまとベンヴェヌータお姉さまはご存知のはずよ。デメトリアは分からないわ。まだ小さかったし、わたくしもあの子とはほとんど話したことないからね。」
そもそも五歳で神殿に入って以降、まともに家族と会話をした覚えがない。王妃は自分の産んだ子の中でチェレステを最も可愛がっていたが、女しか産めなかったことで激しく批判されずに済んだのはチェレステのお陰だからだった。聖女を産んだ王妃。そのお陰で自らも尊ばれていることを本人も自覚していた。
そのせいでチェレステは姉二人には嫉妬されていた。ちょっとした嫌がらせをされたりもした。だが彼女が負けるわけがない。先見と称して姉たちの悪事を暴き続けていた。弟妹は関係性を築く前に別居となってしまったので、チェレステにとってこの世界の家族は家族ではなく、扶養者だ。
しかし、その割には姉たちは自分たちは聖女の姉だと自慢げに振る舞っているのをチェレステは知っている。言っているだけで特に害はないので放っておいているだけだ。五歳から神殿育ちで家族とはたまに母親と茶をする程度の交流しかしていない。会話量だけならこの二か月ほどでしたエリザベッタとの会話の方が多いくらいだろう。
「デメトリアは真実を知らぬ。ムゲット公爵が徹底した情報統制をしていたからな。あとは王妃付きの女官と宰相くらいのものだ。あの頃あやつはジュリエッタの妊娠発覚を期に表に出る事を控えてあったからな。それも全てはジュリエッタの子が男児であれば我が子として公表するためだ。」
エリザベッタは覚えている。ファウストが生まれたことでジュリエッタが死に、生活が一変した。忘れるわけがない。
「そ、そんな……!」
「別に継承権順位は変わらないんだからいいじゃないの。お父様の長男であることは間違いないんだから。」
「は、母上は、母上は、本当の母上じゃないの!?」
「だから違うってさっきから言ってるでしょ!」
「マニョリア伯爵令嬢だったジュリエッタがお前の産みの母だ。」
「オマエはわたくしのオトートです。お父様とお母様、同じ。」
「う、う、あ、うわぁぁぁぁぁぁん!!!!!」
ファウストは泣いた。声を上げて泣いた。
母から誰よりも可愛がられている子どもだと思っていた。自負があった。なのに、本当の母ではないなんて。母の嫌う忌み子と同じ腹から産まれたなんて。
王妃が離宮に押し込められてからとんと顔を合わせていない。姉の第四王女デメトリアは一緒に離宮に移ったが、ファウストは国王唯一の男児のして後継の教育を受けねばならぬ。母のそばにいることは出来ない。
自分が立派な王になって母上を離宮から出してあげるんだ!ムゲット公爵家の罪を関係ない母上にまで背負わせる必要はない!そう意気込んでいた。まだ何も成していないのに、なんという孝行息子だろうと内心自画自賛していた。
王家の後ろ暗いところは全て隠されていたファウストは、予定より早く真実を知ることになった。
マザコン王子はそれから当分自室に引きこもることとなった。
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