眼帯姫の婚約者は案外短気
下記のルールを前提にお読みください。
★主人公のセリフの見分け方
「 」異世界言語のセリフ(カタカナ表記は発音が上手く出来ていない)
「〝 〟」異世界言語のセリフの中にまざる日本語
『 』日本語のセリフ
領主館に三日滞在する間、ランベルトは領主の寝室で寝るが、エリザベッタとチェレステは客室を充てがわれている。婚約しているとはいえ、夫婦になったわけじゃない。ランベルトは食い下がったが、そんなところに可愛い妹を置いておけるわけがない。
同行してきてよかったとチェレステはつくづく思う。あの男と一つ屋根の下など気が抜けない。遠征中だって……いや、この話はやめておこう。
『なんかヨーロッパの世界遺産みたいで。落ち着かないんです。』
『私はもう慣れた。気持ちは分かるけどね。でも離宮だって似たようなモンじゃない。』
『離宮だと初めは厨房で寝泊まりしてたし、行動範囲広げてからも使用人の部屋で寝てたんで、大きな寝室ってなんというか……。』
『どうせあの脳筋がいっつもくっついてくるわよ。存在感だけはあるから、生活してみれば広さも気にならないと思うけどね。』
『……本当に結婚しなくちゃいけませんかね?』
『助けてあげたいけど、今さら逃げられないっていうのが本当のところね。まあ、白い結婚なら離婚も簡単だし、嫌なら夜の生活を拒否ればいいのよ。』
『白い結婚?』
『子作りしないってこと。』
『ああ、そういうやつ。子どもを産むのが女の義務だって言われたんですけどそんなの大丈夫なんですか?』
『政治的に理由があったり、昔は十二歳になれば結婚出来たから、そういうときは結婚だけ先にさせて子どもは女側の成長を待ってってことでそれなりにあったみたいよ。』
子どもを産むのは女の義務なんて前時代的だとエリザベッタは思うが、ここでの常識と言われてしまうとどうしようもない。そもそも拒否権がないのだから。
『お姉さまは魔王と結婚出来たらどうするつもりなんですか?』
『んー、あっちの居城に住んでもいいし、クーデター起こしてあのクソオヤジから王座を奪うのも面白そうだなって思ってる。ムゲット家に負けず劣らずの外道だしね。』
『それしたら王にはどちらがなるんですか?』
『……そこまで考えてなかったわ。』
チェレステは恋に恋するお年頃……は過ぎていると思うのだが、案外勢いだけのようだ。姉が幸せになるのは嬉しいが、その後のことはよく考えて欲しい。敵国の王族ならまだしも、相手は魔王なのだから。
チェレステの我儘で同じ客室にしてもらって、一つのベッドで二人で眠る。王宮でもよくこうやって二人で日本語で語り合い、エリザベッタが分からなかった会話やしきたりなどを質問し、本日の通訳と解説をチェレステが行うのがお決まりだ。
「おはよう、エリザベッタ。」
「おはようございます、ランベルト。」
ランベルトはまだ近衛騎士の所属になっているが、婚姻と共に騎士団を辞して領主家業に専念する予定だ。今も近衛騎士ではあるもののついでのようなもので、本来なら半年の休暇中のはずだった。魔王討伐の遠征は二年に及び、チェレステの成人を待って行われた。魔王が復活したのは四年前。チェレステ王国はかなり乗り遅れていたが、他国に力の強い聖者、聖女がいなかったのでそれでも間に合ったのである。
本日は英雄である新領主と聖女が慰問と視察を行う。婚約者なのにエリザベッタはオマケだ。顔見せの意味もあるが、歓迎されるのは婚約者と姉であろうということは理解している。
ランベルトが実際に領主としての実務を行うのはエリザベッタとの婚姻が結ばれてからの予定になっている。なんせ英雄は遠征後の休暇中なのにエリザベッタの護衛として労働している。多少のお目こぼしはあってもいいだろう。
それでも決裁はランベルトが行わなければならない。魔法郵便で届くリベリオが送って来た書類に隙間時間でサインをしているだけだが。
それを聞いたエリザベッタはますます不安になった。
(一代で爵位返上になるんじゃない?)
自領の主要産業も知らぬ男が領主でいいわけがない。武勲に領地というのはいかがなものか。適材適所が出来るとは限らないのが封建制である。
エリザベッタはせめて自分がやらねばならないことくらいは自分でやろうと決めた。
(白い結婚だからって、タダ飯食らいはいけないよね。)
エリザベッタは勝手に白い結婚と決めつけている。ランベルトとしてはそうは問屋が下さないのだが、今はまだエリザベッタがそんなことを考えているとは夢にも思っていない。知られた日にはどうなることか。初夜が早まる可能性もある。
別にエリザベッタにその手の知識がないわけではない。前世で成人式に参加した記憶はあるので、そのような経験もあったのかもしれない。日本人であった頃は恋愛で結ばれるのが当たり前の時代であったので、意に沿わぬ政略結婚に対して実感もなく、その重みも理解していないだけだ。
「エリザベッタ。エスコートをさせて頂いても?」
婚約者なのでエスコートは自分になるのは当然の決まりであろうが、民衆は英雄が聖女をエスコートしているところを見たいに決まっている。けれども当のチェレステはサクサクと一人で歩き出してしまった。仕方ないので英雄の手を取ることにした。
「英雄さまぁッ!」
「聖女さまだぁッ!」
「クリザンテーモ伯爵、バンザァーーーイッッ!!」
「チェレステ第三王女殿下、バンザァーーーイッッ!!」
「新しい領主さまに栄光あれ!バンザァーーーイ!バンザァーーーイ!バンザァーーーイ!」
実際に万歳と言っているわけではないが、似たような言葉で万歳三唱をしている者がいる。その隣の人物の「英雄さまなんだからもう栄光に満ちあふれてるよ」というツッコミは聞こえない。彼らは正しくモブの役割を果たしている。
「どうしてエリザベッタの名がないんだ!」
「わたくしはしない。ナニか。」
「だけど俺の婚約者だ。歓迎の言葉がないなんて、ひどい領民だな。」
そんなことを言ってはならない。新たな伝説となった英雄と聖女の訪問に心躍らぬ者がいたら教えてもらいたい。エリザベッタはさして気にする風でもなく、馬上から領都の街並みを眺めていた。
視察のはずがパレードのようになっている。街の住民が全て通りに出て来ているのではないかと思うくらいに大通りの両脇に人垣が出来ている。英雄と聖女の求心力は本当にすごいとエリザベッタはひたすら感心するのである。
「あっ!」
幼い子が転び出たついでに、ランベルトとエリザベッタの乗る馬に近付く。その手には、その辺で摘んできたと思われるたんぽぽの花が握られていた。握りしめ過ぎて若干萎れている。
ランベルトはエリザベッタを抱えながら馬を止め、子どもに声をかけた。
「危ないぞ、ぼうず。」
「えいゆーさま、あたらしーごりょーしゅさまになってありがとう!せーじょさまとけっこんおめでとー!おいわい!どーぞ!」
三歳くらいだろうか。あの人混みで踏み潰されなかったのが奇跡である。子どもらしい勘違いをしているようだ。ランベルトの話を聞かずにそのまま言いたいことを言い切って満足げにしている。何度も練習したのかもしれない。
「私は聖女とは結婚しない。彼女は聖女の妹だ。」
「え?」
視線がエリザベッタに向いたので微笑みかけると、子どもはビクッとして泣き出した。
「うわぁーーーん!せーじょさまがいー!!おめめこわいーーーーー!!!」
どうやら眼帯が怖いらしい。相変わらずランベルトカラーの眼帯をつけさせられているので、以前の黒地に金の刺繍のものより物々しくないはずであるが、子どもにとっては異常な姿に見えるのだろう。
「はあ?」
子どもが泣き出して、近くの大人たちは静まり返ってしまった。様子が見えない民衆からはなんだどうしたと様子を窺う声が聞こえるが些か遠い。
そのせいでランベルトの地を這うような「はあ?」は口を閉じて様子を窺っていた大人たちと、そして子どもにはハッキリと聞こえてしまった。
「ランベルトはオコッテイケマセン。アナタハオハナ。おねえさまがもらう。おねえさまはセージョ。ソレデいい?」
ひっ!と小さく喉を鳴らして、子どもはすっかりすくみ上がってしまった。ようやく子どもの両親が人並みをかき分けてやって来て、頭を下げつつ彼を小脇に抱えて回収して行った。
ランベルトが息を大きく吸う音がエリザベッタの頭上で聞こえた。背中に胸の動きも感じる。
「まず最初に言っておく!私の妻となる女性は聖女チェレステではない!今、私の腕の中にいるエリザベッタ第五王女殿下だ!彼女を軽んじたり、蔑ろにする行為は私が許さない!お前たちは今、私と聖女チェレステの名を叫ぶばかりでエリザベッタはいないもののように扱った!これを見過ごすは先般王都で宣言し、国中に知れ渡ることとなった私の誓いに反すること!我が妻を歓迎しないとは何事か!領民として不適切な行為である!我々は視察の途中である!斬られたくなければ各々の生活に戻れ!!!」
この宣言にチェレステは呆れ返り、ヴィオランテは嘆息し、エリザベッタは首を傾げた。
『なに、アイツ。初っ端から領民にケンカ売るとかバカの極みだわ。』
チェレステの呟きを拾う者は誰もいなかったが、聞いたとして理解出来たのはエリザベッタだけだろう。
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