眼帯姫の料理長
一日一投稿にしてましたが、一週間ほどの間は一日二回投稿に変更しようと思います。朝七時と夜八時の二回にいたします。
下記のルールを前提にお読みください。
★主人公のセリフの見分け方
「 」異世界言語のセリフ(カタカナ表記は発音が上手く出来ていない)
「〝 〟」異世界言語のセリフの中にまざる日本語
『 』日本語のセリフ
離宮の元料理長登場。
エリザベッタは朝からソワソワしている。ずっとずっと、心のよりどころにしていた人物に会えることになったからだ。あちらは多忙を極める王都内外にその名を轟かせる有名人。でも、どうしても会いたかった。
それをヴィオランテに告げると、召還状を出してくれた。その人物は、一も二もなくその呼び出しに飛びついた。ずっと心配していた。娘のように思っていた。いつも自分の後ろをついて回る幼い女の子の記憶のまま止まっていた。夢にも見る。仕事で成功し、家族と幸せに暮らしていても、ずっと彼女のことが気にかかっていた。
「料理長!!」
「エリザベッタ殿下!!」
生き別れの親子の再会か、恋人同士の再会かというほど熱烈な抱擁をする二人にランベルトは嫉妬し、チェレステは涙を流して喜んだ。ランベルトはそろそろ庇護欲の域を超えていることを自覚した方が良い。
「ああ、素敵なレディにおなりになりましたね!良かった、本当に良かった!ずっとご無事をお祈りしておりました!」
「料理長がオセーテくれたこと、ヤクニタツ。わたくしは生きた。食料庫ヒミツ、フライパンとナベオクトコロ、塩、砂糖、小麦粉、蕎麦粉、たまご、バター、牛乳、生クリーム、」
どうして食べ物に関してはこんなに発音がいいのか。ヴィオランテはこっそりと嘆息する。だが分かる。食べ物の名前だけははっきりと言える理由。この人物が教えたのだろう。それだけエリザベッタは彼を慕っていたと言うことだ。
「わたくしはコンポート作る。ジャムも。わたくしは魚を焼く。ダイジは焼き加減。わたくしはマモル。料理長がオセーテくれたこと。」
「ええ、ええ、そうでしたね。エリザベッタ殿下は私が料理するところを見るのが大好きでいらっしゃいましたからね。」
「はい。わたくしは料理長が大好きです。」
ランベルトは頬の内側の肉を噛んだ。でなければ、「大好きです」などと言われて喜色満面になったエリザベッタの恩人に手袋を投げつけ、決闘を申込みそうだからだ。たかが一介の料理人が英雄に勝てるわけないが、実際に行った場合、試合に勝って勝負に負けることは目に見えている。絶対に我慢しなければならない。
「お庭のお世話もなさっていたのですね。果物もハーブもとても元気そうで安心しました。」
「わたくしは食いつなぐ。果物、ハーブ、トテモダイジ。」
「あ、あの、先程から不思議なことを仰っていますが、全ておひとりでしてらしたのですか?使用人がほとんど付けられなかったとは聞いておりますが。」
それはムゲット公爵の陰謀としてそのように発表されている虚偽の情報だ。本当は使用人もいない、一人きりで過ごして来た。そのことをチェレステがぶちまけると元料理長、コジモはブチ切れた。
「何ということを!あの頃の殿下はまだ四歳におなりになったばかりだったのですよ!?」
「そうでしょう?そうでしょう!?わたくしが聖女なんかに選ばれたばっかりに、神殿にいてエリザベッタの境遇に気付けなくて!」
「何とお優しい姉姫さまでいらっしゃる!ですがこの世の平和は貴女さまと英雄さまのお陰なのも確かでございますから。とても立派な姉姫さまがいらしてよかったですねえ、殿下。」
「はい。わたくしはチェレステおねえさまが大好きです。」
「わたくしもよ、エリザベッタ!!」
ランベルトは自分の拳で太ももの裏を叩き出した。チェレステまでエリザベッタの「大好き」をもらった。何故そこに自分の名前が入らないのか。悔しくてたまらない。
「殿下。あんまりのんびりしているとお昼の時間になってしまいます。私はそろそろ調理に取りかかりたいと存じます。昔のように、あちらのハーブの収穫をお願いしても?」
「はい。料理長。ナニは取る?」
「ふふ、その言い間違いも懐かしゅうございますねえ。ローズマリーを五房とパセリを二枝、それと果樹園からオレンジを八つとレモンも四つほどお願い致します。」
「かしこまりました!」
以前、小さな姫とこのようなやりとりを毎日行っていた。どうしてもお手伝いがしたいと言うエリザベッタに、離宮の主人であるジュリエッタに許可を取り、ハーブ摘みと果物の収穫をお願いしていたのだ。
エリザベッタは張り切ってハーブの花壇に向かう。まずは肉に刷り込む香草が必要だ。一度それを厨房に置いてから果樹園で柑橘を収穫する。
今日のセコンド・ピアット(蛋白質メインの第二主菜)はチキンの香草焼きレモンバターソースがけ。コントルノ(付け合わせ)にパセリ入りマッシュポテトを付けるのがエリザベッタのお気に入りだった。これはエリザベッタがコジモにリクエストして誕生したメニューだ。
アペリティーボ(食前酒)は今でもまだ飲めないが、その代わりに炭酸水にエリザベッタのマーマレードを入れたもの、ストゥッツィキーノ(食前酒のつまみ)にはコジモ自慢の粉チーズがかかったグリッシーニ。これも懐かしい味だ。甘いとしょっぱいの組み合わせは最高である。
アンティパスト(前菜)はコジモにおまかせ。何が出てくるか、楽しみで仕方ない。プリモ・ピアット(炭水化物やスープなどの第一主菜)はパスタとリゾットらしい。ちょっとずついろんな味が楽しめるのは女心をくすぐる憎い演出。
フォルマッジィ(口直しのチーズ)はセミハードタイプで乳の濃い風味がするもの。大人がワインと共に嗜む玄人向きの味だが、エリザベッタは子どもの頃からそのチーズが好きだった。
ドルチェも柑橘を使ってとだけリクエストしたコジモのおまかせ。エリザベッタは無類の柑橘好き。ディジェスティーヴォ(食後酒)の代わりに杏子ジャムをアイスティーを入れ、これまた炭酸水で割ったものを出してもらうつもりだ。
(うっれしっいな〜、うっれしっいな〜!料理長の料理、うっれしっいな〜!)
前菜はアンティパストフレッド(冷たい前菜)はミニトマトを湯むきしてマリネしたものにスライスオニオンと生ハムが添えられ、アンティパストカルド(温かい前菜)は白身魚のフリッターだった。
ドルチェはオレンジのゼリー寄せと簡単ではあるが、甘い杏子の入ったノンアルコールカクテルのようなものと酸味のあるオレンジがピッタリだった。
(おっいしっしいな〜、おっいしっいな〜!料理長の料理、おっいしっいな〜!)
幾人か職場から連れて来たシェフと共に流れるように作業をしていく様は相変わらず惚れ惚れするものであった。エリザベッタの記憶よりちょびっとだけ老けた料理長の目尻の小皺に彼女の視線を感じる度、光るものがあったのは秘密にしておこう。
「殿下。もしまた何か作って欲しいものがあればまずは私に仰ってください。私は殿下の舌の代弁者でありたいのです。」
もちろん自作のメニューだって自信があるし、エリザベッタも大好きだ。けれど、エリザベッタの舌の確かさをコジモ料理長は一番最初に見抜いた人物だ。可愛らしい見習いであり、メニュー開発の師匠でもあったエリザベッタの考えるものは己の手で生み出したい。
本気でそうコジモは思っているし、辛い十年に何もしてやれなかったことへの償いでもあるし、よくしてくれたジュリエッタへの恩返しでもある。
「夏に向けての新作を考えております。良い案がございましたら、何卒。」
「はい。料理長。」
そして案外抜け目のないコジモなのであった。
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