眼帯姫に求婚したい
一日一投稿にしてましたが、一週間ほどの間は一日二回投稿に変更しようと思います。朝七時と夜八時の二回にいたします。
下記のルールを前提にお読みください。
★主人公のセリフの見分け方
「 」異世界言語のセリフ(カタカナ表記は発音が上手く出来ていない)
「〝 〟」異世界言語のセリフの中にまざる日本語
『 』日本語のセリフ
離宮でマーマレードを作った翌日のこと。
「ドレスと宝飾をお決めにならなければなりません。」
ヴィオランテが連れて来たのは本宮の服飾部の者たちだった。午後は王家御用達の商会が来る予定である。婚約式のための打ち合わせである。ランベルトとエリザベッタの婚約が正式に発表された。婚約式は一か月後。超特急で仕上げなければならぬ。
婚約式とは、日本で言うならば結納だ。結納ならば両家の親族が出席するのみだろう。しかし彼らは王女と英雄。一大イベントとして経済を活性化させたい国の思惑がある。英雄様御一行の帰還から王都はずっとお祭り騒ぎだ。けれども皆、首を傾げていた。
「どうしてお相手は三の姫様じゃないんだ?」
それは仲が悪いからですッ!と警邏の騎士たちは噂話をする市井の者に対し何度ツッコミを入れようと思ったか。あの二人が結ばれれば建国神話のように語り継がれる夫婦になるだろう。実際の夫婦生活が戦場であったとしてもだ。
だが、エリザベッタの評判はうなぎ登りだ。今まで国民から忘れられた姫であったが、先天性の右目の失明は聖女ですら治すことが出来ず、その上、母を失ったショックで失語症となり、それを恥じてずっと離宮に閉じこもっていたところを、英雄ランベルトがその心を解きほぐし、是非彼女を貰い受けたいと自ら申し出た。二人は仲睦まじく、エリザベッタの住まいである離宮にて花の世話をしたり、小川のせせらぎに耳を傾けたり、小鳥と戯れたりして、穏やかな日々を過ごしている。それは戦いに疲れた英雄を癒し、恋に落ちるには充分な理由であった……などという嘘っぱちな美談が広がっている。
実際には農家よろしくハーブや果樹の世話をし、川に仕掛けた罠で魚を獲ったり、それらを使った料理をしたり、時には野鳥を狩ったり捌いたりしているのだが。
このニュースを知った王都の有名レストランのオーナーシェフは男泣きをし、この店の人気メニューはエリザベッタが考案したものをブラッシュアップしたのだと公表すると、益々客が押し寄せ、予約が二年先まで埋まることとなった。料理を食べた者は理解する。三歳の幼な子であったエリザベッタの味覚は正しく、素晴らしかったのだ、と。神の舌を持つ王女と呼ばれるようになり、エリザベッタの好感度アップキャンペーンに図らずも大きな貢献をしたのであった。
「ゴホン!その前に!」
何故か同席しているランベルトが咳払いをした。いや、エリザベッタの護衛であり婚約者となる相手なのでいてもおかしくはないが、本日は休みを取っていたはずだ。しかもわざわざこの日を指定していた。なのに、近衛騎士の一番格式の高い軍服を着ている。英雄のみに与えられる勲章がその胸に輝いていた。階級章も替わったのだが、違いの分からぬエリザベッタは気付かない。
一度扉を開き、部屋の外の騎士から何かを受け取った。何とまあ、大きな大きな薔薇の花束だ。しかも真っ赤っかである。
「エリザベッタ第五王女殿下。」
「はい?」
何故突然畏まるのだろう。しかしこの花束、随分立派だ。チェレステを見ると、心底嫌そうな顔をしている。まさか、婚約を撤回してチェレステにプロポーズをするのでは!?エリザベッタの思考は好意が自分に向いているとは思っていない。
「私は他の誰でもない、貴女を選びました。貴女を愛し、慈しみ、共に人生を過ごしたい。時には笑い、時には怒り、時には悲しみ、感情の全てを貴女と分かち合いたいと思っております。これからは二人で共に、穏やかで、幸せな家庭を築きましょう。どうか私と結婚してください。」
強めに発した二人でのところでチラリとチェレステに視線を向けた。お前は入ってくんなよという牽制である。小姑と共に新婚生活を送る気はないのである。二人でイチャイチャしたい。エリザベッタの普段の可愛らしい姿を一人占めしたいランベルトなのである。食べ頃になれば美味しくいただくけれども、もちろんそれまで、いや、一生娼館には足を運ばないつもりだ。ケチのついたランベルトの出来る誠意といえばそれくらいであった。
小さく「きゃあ!」と声を上げるお針子を王家の専属デザイナーが視線一つで窘める。しかし、英雄の求婚の場面に立ち会ったのだ。心浮き立つのも仕方ない。
エリザベッタは突然の求婚に戸惑い、チェレステとヴィオランテに助けを求めた。二人はそれぞれ別の反応をしている。その反応は言わずもがな。チェレステは頭を横に振り、ヴィオランテは縦に振っている。
「わたくしは、イーミーゴ。エイユーニ、フサーシクありません。」
「そんなことはありません。貴女の清らかで優しく、たくましいところに惹かれました。私の心は既に貴女のもの。どうかこの花束を受け取り、誓いのキスをその頑張り屋な手にさせてください。」
エリザベッタは自分の手を持ち上げてまじまじと見る。弓を引くのにかなり歪な手になった。この手を頑張り屋の手と言われたことだけは少しだけ嬉しかった。今の感情を言葉にしたいが、エリザベッタは言葉が出なかった。語彙力の乏しさが恥ずかしい。
「愛しています、エリザベッタ。私の心を受け取って。」
さすがのエリザベッタも「愛している」というストレートな文句と、初めての呼び捨てに胸がときめいた。
この婚約は王命である。チェレステも、未だ顔を知らぬ第四王女もランベルトとの婚約を拒否している。この国の常識に疎いエリザベッタであっても、前世の知識から王政における王命の力は理解している。婚約式の前に、休みの日に、個人的に、わざわざ正装までして、こうして求婚をしてくれるランベルトは案外誠実なのではないかと絆されてしまった。いつも関わる三人以外の人間がいる前で求婚することで逃げ場をふさがれたことには気付いていない。
チェレステを見れば目が合って嘆息し、手を振っている。姉もどうやら諦めたようだ。あの手は早く受け取ってやれという意味だろう。
「オウケイタシマス。」
ぎこちない発音と手つきで花束を受け取ったエリザベッタにランベルトは破顔して、抱きつきたくなるのを必死でこらえながら右手を取り、恭しい仕草で手の甲へとキスを落とした。
「これで貴女は俺のモノだ。」
チェレステが顔を顰めたのも無理はない。このセリフはストーリーの終盤でランベルトがエリザベッタに対して放つものだからだ。
勢いよく立ち上がると花束ごとエリザベッタを抱え上げ、「さあ、お話を始めましょう!」とソファにかける。エリザベッタは膝に乗せられ、腰に手を回されているので身動きが取れない。否、やろうと思えば出来るがヴィオランテに「補習」と言われてしまうので出来ないのだ。
その背後でヴィオランテはこめかみを押さえて嘆息し、チェレステが鉄拳制裁したい右手を理性的な左手で抑えていた。
採寸以外の時間を全てランベルトの膝の上で過ごし、午後の商会とのやりとりもずっと膝の上だった。商会長自ら赴いたのだが、部屋に案内されたときも英雄は王女を抱きかかえており、礼を忘れて口をあんぐりと開けてしまったのであった。
人の口には戸は立てられぬ。英雄ランベルトは無垢な五の姫をこれでもかというほど溺愛しているという噂は王宮を飛び出て市井に広まるまであっという間であった。
婚約式も盛り上がること間違いなしである。
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