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眼帯姫は眠りたい

一日一投稿にしてましたが、一週間ほどの間は一日二回投稿に変更しようと思います。朝七時と夜八時の二回にいたします。


下記のルールを前提にお読みください。


★主人公のセリフの見分け方

「 」異世界言語のセリフ(カタカナ表記は発音が上手く出来ていない)

「〝 〟」異世界言語のセリフの中にまざる日本語

『 』日本語のセリフ

 エリザベッタは久々の離宮で張り切ったからか、案外疲れてしまい、その日の夜は早めに布団に入った。


(体力、落ちてるなぁ。)


 全く身体を動かさないわけではないが、離宮の暮らしを考えるとやはり疲れやすくなったと感じる。


(ま、いっか。寝よっと。)


 そう思って掛布を肩までかけ直すと同時に、寝室のドアがドバン!と開かれた。


「一緒に寝ましょ?」


 チェレステお姉さまのご登場である。ヴィオランテは本宮内にいるにはいるが、不寝番は別の者。恐らくこの偉大なる聖女様の蛮行を止められなかったのだろう。


「オネーサマ。わたくしは寝る。」


「うん。わたくしも寝るわ。ここで。ハイ、ちょっとそっちに詰めて!」


 押しの強いお姉さまにコミュニケーションを忘れたエリザベッタが勝てるわけがない。共寝することが嫌なわけでもない。ただ、こういうのは事前に教えて欲しかっただけだ。大きな音を立てていきなり扉を開くなど心臓に悪い。


「ふふ、今日はとっても楽しかった!エリザベッタは?」


「ワタシハ楽しい。」


「わーたーくーしーは。言ってごらんなさい。」


「わーたーくーしーは。」


「そうよ。今の、忘れないでね。市井の人の発音より辿々しいもの。明日はわたくしはの練習をたくさんしましょうね。」


 案外、スパルタである。ゆっくりと進めてくれるのはありがたいが、合格ラインが高い。ヴィオランテは一度全てをさらった後に深めていくつもりだったが、チェレステが最初からひとつひとつを完璧に!と方針を変えたのである。


「大丈夫よ。貴女は他の言語で話せるんだもの。すぐに喋れるようになるわ。」


 エリザベッタはチェレステの発言の意味を咀嚼するまでに時間がかかった。


「実はね、本当はコレを渡したくて来たの。」


 チェレステは枕カバーを開け出し、一冊の日記帳のようなものを目をぱちくりさせていたエリザベッタに渡した。なんと、鍵つきである。


「これを読めば大体単語の意味は分かると思う。発音はゆっくりやっていくつもりだけど、語彙は増やした方がいいと思うの。相手が何を言ってるか分からないって不安よね。分かるわ、わたくしもそうだったもの。」


 そう言って手渡された鍵で日記帳を開くと、それは手書きの辞書だった。ランダムにはなっているが、見開きにアルファベットごとに単語を書き連ね、日本語訳が書いてある。


『貴女、日本からの転生者でしょ?』


 衝撃的な一言だった。何故バレた。いや、何故日本をチェレステが知っている。エリザベッタの鼓膜にドクドクと脈が響く。

 だが、チェレステは「土下座」を知っていた。茶会のとき、あれは確実に「土下座」と言っていた。後で聞いてみようと思い、すっかり忘れていたことを思い出した。あ、違います。忘れていたのではなく、二人きりになる機会がなかったからです。とエリザベッタは心の中で、自分で自分に言い訳をした。

 自分もうっかり日本語を使っているという自覚は全くないのであった。


「オネーサマ……。」


『無理にここの言葉で話さなくていいから。ちょっとお話に付き合ってくれない?日本語、話せるわよね?』


 エリザベッタは逡巡して、小さく頷いた。


 そこからは怒涛の捲し立てでチェレステは話した。まず重要なのは、この世界が少女マンガの世界であること。ヒロインはエリザベッタであること。チェレステこそが悪役令嬢であること。魔王が一年後に魔王が復活すること。その際に自分は操られて仲間を裏切り、最後には非業の死を迎えること。チェレステはそれを回避するためにストーリーにはない茶会を開いたこと。


『まさかあんなひどい境遇だと思わなかったの。様子は気になってたけど、ずっと神殿にいたから分からなかったのよ。マンガだと〝冷遇された姫〟で片付けられてたし、無口なタイプでセリフは少ないけどちゃんと喋ってるように思えたから。早く助けに行けなくてごめんね。』


『いいんです。何もないならないなりに、楽しく暮らしてましたから。』


 不便を楽しむという前世で聞いた言葉をようやく理解出来るようになったのは七歳を過ぎた頃だったろうか。それからはお一人様のスローライフと称して好き勝手にやってきた。人恋しい気持ちがなかったわけではないが、まともに会話が成立しない相手と話すのも苦痛だったので、あれはあれで良かったのだと思う。よく気が狂わなかったと自分の精神の頑強さに思わず笑いが込み上げた。


『何で笑ってるの?』


『いや、私って案外たくましかったんだなと思って。』


『あの生活が出来てたくましくなかったら何なのよ。』


 チェレステの口が悪いのは元かららしい。だけどそれも好ましく思う。彼女もエリザベッタ同様、前世の自分が何者なのかを覚えておらず、名前も顔も家族構成も、いくつで死んだのかも分からない。しかし、やはり知識だけを引き出せる状態らしい。

 それでも魔王を斃すための力を手に入れる修行は大変だったのだとエリザベッタは思う。この人は口は悪いが根は優しく、そして努力家なのだとエリザベッタはチェレステへの好感度を上げた。


『不安はない?』


『今更ですかね?生きるのに必死だったので。使える物は使っとけって感じです。』


『分かる分かる!私も魔族とか眷属とかとの戦闘のとき、そうだったもん。これからは、一人じゃなくて二人だから。もっと安心ね!』


『そうですね。お世話になります。』


『こちらこそ。それでね!私、そのマンガで一番好きなキャラが魔王なんだけど!』


 そこからのチェレステの勢いは先程の比ではなかった。物凄い熱量で魔王のことを語るチェレステは、つい寝落ちしそうなタイミングで興奮しながらエリザベッタを揺らすので覚醒してしまう。チェレステはエリザベッタを起こす為にやっているのではなく、単に魔王の姿を思い出してはしゃいでるだけなので、エリザベッタも止めるに止められなかった。

 翌朝、寝不足のまま起きるとチェレステは勝手にエリザベッタの寝室に侵入したヴィオランテに怒られ、授業中もうとうととしてしまい、とにかく眠い一日だった。


「殿下、少しお昼寝なさいますか?」


「シタイ……。」


 ヴィオランテからの許可が下りたのでエリザベッタは仮眠を取ることにした。鍵つき日記帳はサイドボードの引き出しに入れてある。夜の寝る前に読むつもりだ。この世界にない文字を見られてはならない。チェレステに迷惑はかけられない。


 眠りについて二十分くらいすると、何やら部屋の外が騒がしい。男女の喧嘩の声が聞こえる。昼寝から起きると、チェレステとランベルトがなじり合いをしていた。案の定だ。


「だっ、かっ、らっ!お前みたいな化け物女とエリザベッタ殿下を一緒にするな!」


「もう謝ったわよ!寝てんだから静かにしなさいよね!」


「お前の方がうるせえだろうが!」


「何ですってこの顔だけ男!」


「お前だって顔だけ女の見た目詐欺だろうが!」


 見た目詐欺というくらいだからランベルトはチェレステの容姿を好ましいと感じているのだろう。彼も素直になればいいのにとエリザベッタは思うが、それよりもまず伝えなければならないことがある。


「アノ。」


「エリザベッタ殿下!」


「エリザベッタ!」


 二人同時に振り向く辺り、息がピッタリだ。


「うるさい。わたくしは寝る。出てって。」


 寝ぼけた声のはずなのに、今までで一番美しい発音が出来たのは偶然に他ならなかった。

お読みいただきありがとうございました!

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