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拉麵のスープに対する兄弟の想いとは。
-125 兄弟の頑固な拘りと料理-
渚はふと疑問に思ったことを店主にぶつけてみた、店内が不自然な位にスープの匂いで満たされていたからだ。
渚「お店で出されるんですか?」
店主「いえ、軽トラを改造した屋台で各国を放浪して売っているんです。」
ふと窓の外を見ると木製の屋根と煙突が付いた軽トラがあった、ぶら下がっている赤提灯に「拉麺」と書かれている。
店主「屋台で販売する事が兄の拘りみたいでして、1箇所に留まりたくないそうなんです。」
渚「お2人で拉麺屋をするおつもりは無いんですか?」
店主「自分は自分で洋食の修業をしてきましたので大切にしたいんです。」
渚「そうですか・・・。」
匂いの素となっていたスープの入った寸胴鍋を軽トラに乗せると兄らしき男性はまた何処かへと行ってしまった。
お店では再びハンバーグの香りがし始めた。店主は何故か「営業中」の札を「準備中」に返すと渚たち以外にお客がいない店内で店主が珈琲を淹れ始めた、自分用だろうか。ただ不自然なのは他にもカップが数個。
全てのカップに珈琲を淹れると渚たちが座るテーブルへと持って来た。
店主「実はそろそろ休憩にしようかと思っていたんです。こちらの珈琲は私からご馳走させて頂きますので良かったらちょっと昔話にお付き合い願えますか?」
そう言うと淹れてきた珈琲を配膳し、他のテーブルから持って来た椅子に座り語りだした。
店主「私達兄弟は学生の頃に祖父母を亡くしましてね。当時2人はずっと、昼間に小さな町工場を経営しながら夜に拉麵屋台をやっていたんです。私も兄もたまに食べていた2人の拉麺が大好きだったんですよ。ただ私も含め先祖代々そうなのですが、バーサーカーが故の頑固さで休みなくずっと働いていたが故に祖父は過労で倒れてそのまま・・・。
あ、バーサーカーと言っても我々は全く好戦的ではないのでご安心を。
実は私達の両親は私達が小学生の頃に離婚しましてね、2人共父に引き取られたんです。ただ父は務めていた会社が倒産してから全く働くこと無く酒と煙草、そしてギャンブルばかりしていました。
そんな中、祖母は私達に苦労をさせまいと1人になってもずっと町工場と屋台を続けていました。そんな祖母も祖父の後を追う様に急病に倒れ亡くなりました。
せめてもの感謝の気持ちとして2人の工場と味を残していきたいと兄が父に町工場を存続する様に説得して本人は拉麺屋台を引き継いだんです。だから今でも屋台に拘っているんですよ。実はあの軽トラは祖父の物をそのまま使っているんですよ、正直壊れるのも時間の問題かも知れませんが兄は全財産を払ってでも修理して使うつもりだそうです。
私は私でヨーロッパや日本国内のお店で修業した身、いつかは兄が大切にしているスープの味を活かした料理を作れたらなと思っていましてスープを作る時に厨房を貸すことを条件にスープ作りを手伝わせて貰っているんです。
そうだ、良かったら味見をお願いできませんか?今度新メニューにしようかと思っているんですが兄のスープを活かした料理の試作がありまして、勿論お代は結構ですので。」
渚と林田、そしてクォーツは勿論了承した。話を聞いておいて流石に拒否は出来ない。
店主が奥の調理場に向かうと先程のスープの匂いが再び漂い出した、暫くするとその匂いに店主がアレンジで入れたバターの香りが加わったので満腹のはずの渚やクォーツの食欲が湧いてくる。
奥から店主が穏やかな笑顔で出来立ての料理を長方形のお盆に乗せて持って来た、店主のアレンジによりバターと生クリームを加え洋風に仕上げられた家族のスープ、そして醤油ダレで出来たスープパスタ。上には粉チーズとベーコンに変わり小さく切った兄の叉焼の端の部分を乗せている、叉焼を使うのは兄の提案で兄弟が作った料理となっていた。
店主「どうぞ、お召し上がり下さい。名付けて「頑固な我ら家族が作ったスープパスタ」でございます。」
渚はスプーンでスープを掬い1口啜る、口に優しいスープの味がふんわりと広がった。スプーンでもう1度スープを掬うと、その上でパスタをフォークにくるくると巻き付けて食べた。アルデンテに茹でられたスープがぴったりで美味しかった。
トッピングとして一際目立っていた兄の叉焼を口にする、見た目だけではなく味わいの面でもアクセントとなり皆の舌を楽しませた。
渚「店主・・・、美味しいです。是非とも新メニューとして販売してください。」
クォーツ「「家族が作った」パスタか・・・、良いな。私も定期的に通わせてもらおう。」
林田「それで店主・・・、このお料理のお値段はおいくらのご予定で?」
店主「そうですね・・・、私1人で決めるのは難しいかと。思い出がいっぱいなので。」
思い出はプライスレスだ。