112
いつも変わらずゆったりとした雰囲気のお店。
-112 唐揚げと嫁の威力-
マスター拘りのゆったりとした雰囲気にぴったりのBGMに耳を傾けながら、冷めない内にと思いつつゆっくりとコーヒーを楽しむ光。今日はいつもと違った気分にもなり始めていた。
またいつもの様に光の表情を読み取った奥さんがメニューを手渡し、空になりかけていたグラスに水を追加する。冷え冷えの水で口をリセットしながら熟考した光が口を開いた瞬間マスターが一言。
マスター「唐揚げですか?」
光「な・・・、何で分かったんですか?」
怖くなってくる程ではないが、マスターはいつも光が言おうとしている事が分かってしまうのでいつも驚かされる。試しに他のお客さんでもいつもこうなのかと奥さんに聞いてみた。
奥さん「いや、光さんだけですね。」
自分では気づいてないだけで実は表情から気持ちが駄々洩れしているのではないかと光は少し顔を赤らめた。
そして恥ずかしがりながら注文をする。
光「唐揚げ・・・、お願いします。」
光のこの言葉を待っていたかのように注文した瞬間、奥の調理場から油で唐揚げを揚げる音が聞こえてきた。よく見てみると白飯とサラダがもう既にセットされている。
私が他の物を注文したらどうするつもりだったのだろうと疑問に思いつつ、良い香りにつられ空腹になって来た光は内心ワクワクしながら唐揚げを待った。
数分後、カラッと揚がった唐揚げが乗ったセットが光のもとに運ばれた。
奥さん「お待たせしました、唐揚げです。」
その後耳打ちで笑顔の奥さんにおまけしておきましたからと言われた光の表情は少しニヤついていた。
幼少の頃から野菜から食べる様にと母・渚に教育されて来たので最初の1口としてサラダに箸を延ばした。酸味のあるドレッシングとサクサクのクルトンが食欲を湧かせ、シャキシャキのレタスが一層美味く感じた。
そして意気込みながらメインの唐揚げに移る、息で冷ます事無く敢えて熱々のまま口に入れると溢れる肉汁が光を感動させた。
勿論白米がどんどん進んでいく、さっぱりと楽しめる様にどうやらポン酢ベースのソースがかかっているらしく、それが光にとって何よりも嬉しかった。
ビールがあったら絶対頼んでいるわと思わせるその味の虜になっていたので、いつの間にか白飯が無くなっていた。
唐揚げ1個でご飯1杯を平らげたのは人生で初めてだったので少し焦りの表情を見せつつも、恐る恐る聞いてみる事にした。
光「すみません・・・、お・・・。」
マスター「お代わりですか?」
勝ち誇った様な表情を見せながら光の気持ちを代弁したマスター、よっぽど自身の唐揚げの味に自信があった様だ。
マスター「大仕事を終えてお腹空いてたんでしょ、今日は特別です。お代わり自由でどうぞ。」
お代わりを持って来た奥さんがその言葉を聞いて口をパクパクさせている、それに併せて首を横に振っているのでどうやらそこまで白飯を炊いていないと見える。
それを読み取ったマスターが急いで米を研ぎ、土鍋で炊飯し始めた。
マスター「5合炊きましたから安心して下さいね。」
奥さん「そ・・・、それ、あたしらの晩御飯の分・・・。」
目の前が真っ暗になった奥さんは顔が赤くなり、その場に倒れてしまった。何故かマスターは落ち着いている。
光「私、何かしちゃいましたかね。」
マスター「大丈夫ですよ、いつもの事ですから。」
その言葉を聞いた瞬間、奥さんが起き上がりマスターを睨みつけた。頬をヒクヒクさせながら責任を取るようにと表情で伝えている。それを見たマスターは目線を逸らして目の前の仕事に戻った。
少し気まずい雰囲気に・・・。