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王宮での大仕事もやっと終わろうとしている。
-111 光の癒し-
王宮での料理教室という大仕事がやっと終わったと油断していた光は、全部食べ終わったはずのカレーの匂いが何故かまだしているという事実を受け入れる事が出来ずにいた。そこで周囲を見回すと奥にあるおくどさんに乗っている大鍋一杯のカレールーがぐつぐつと煮えている。
光「どんだけ食べる気なの?」
そう疑問に思う光をよそに王国軍の軍人達が鍋のカレーに食らいつき、大鍋のカレーは一気になくなってしまった。皆未だ空腹だと言わんばかりにお腹をさすっていて、まるで炊き出しに食らいつくホームレスみたいな様子だった。
光も協力してお代わりを数回作ったので先程までの食事が無かったかのように空腹になってしまっている。
光「帰りに何か食べようかな、でも久々にあそこに行きたい。明日はパン屋の仕事もあるし取り敢えず一息つこうか。」
王宮を後にした光はある店に向かった、実はこの世界に来てから結構なスパンで世話になっている店があったのだ。特にゆっくりとした「一人時間」を大切に過ごしたい時に。
街中の西側寄りにあるにも関わらず決して目立つ事が無く、しかしいつも良い匂いを漂わせるその店は人化した上位飛竜の夫婦が経営する静かで店内からの景色が自慢の一つである珈琲屋だ。左に伸びる店内に入ると手前にはカウンター、そして奥にテーブル席が各々数席。また屋外に数席あるテラス席の目の前には川が流れ、ゆったりとした景色が広がる。
コーヒーは1杯1杯サイフォンで淹れており、マスターが刷毛でお湯とコーヒー豆を混ぜるとふんわりと良い香りが漂う。
その香りが好きで、光はいつもカウンター席に座っていた。席は必ず窓側、左から2番目。ただ最近は店外での商売や支店の経営が上々な所為か、マスターより奥さんがコーヒーを淹れる事が多い。どちらが淹れたにしろ変わらず美味しいので光はいつも満足した顔をして店を出ている。
マスター「光さん、いらっしゃいませ。」
もうすっかり顔馴染になってしまっている、ただその事が本当に嬉しかった。なぜならこの店は落ち着きと本来の自分の姿を取り戻す唯一の場所だからだ。ここに来ると必ずと言って良いほどいい意味でのため息をつく。
ずっと光を見てきたせいか、夫婦は表情を見るだけで光の気分を読み取る事が出来る様になっていた。
奥さん「いらっしゃいませ、お疲れの様ですね。良かったらお話聞きますよ。」
たまたまなのだが、客は光一人だったのでゆっくりと過ごせた。サイフォンの容器やコーヒーカップを磨きながら奥さんが光の様子を伺う。
光「そうですね・・・、何となくですけど今までで一番と言える程の大仕事を終えた気分でして。」
奥さん「「お風呂山」の時以上にですか?」
夫婦は「お風呂山」で光が警察に協力して走った事を知っている、結局犯人と間違って捕まえてしまったのは林田警部の息子でハーフ・ドワーフの林田利通警部補だったのだが。
光「確かにあの時は大変でしたね、この世界でもまさか昔の様にあの車で走り屋をするとは思っていませんでしたもん。」
因みに、マスター夫婦は光が転生者だという事、そしてカフェラッテの事を知っている。それが故にこの2人には素直に何でも話せるのだ。
奥さん「差し支えなければですが、どんな大仕事だったんですか?」
光「実は・・・。」
光は王宮で今日あった事を全て話した、それを聞いて奥さんは凄く驚いた表情をしている。
奥さん「以前から王族も変わった方々ばかりだとは思っていましたが、まさかそこまでとはね。光さん大変だったでしょう。」
光「私は普段作っている物を作っただけなんですが。」
奥さん「でも王宮でご教授する位でしょ、それ程光栄な事は無いですよ。」
光「ですかね・・・。」
奥さんはいつも褒めてくれるのでこの時啜ったコーヒーは一層美味かった様だ。
光にとっての幸せな時間。