7 見つけたものは
現在も原初の森
…また、気絶したんだ…。
体にはタオルケットがかけられていた。
「ここは…」
テントの中?
バサ
「よお、あいはよく倒れるな。心配だぜ」
セイがテントの中に入ってきた。
「すみません…」
「おーおー、体調の悪いやつが気を使いなさんな。ほら、これは食べれるか?」
そう言って差し出されたのは、リンゴのような果物だった。
「ありがとうございます…」
どうにも気分が落ち込んで、普段通りに振舞えない。
ドサッ
セイが隣にきて胡坐をかいた。そして
ヒョイ
「!?」
あいを足の上で横抱きにする。
「ほ~ら、よしよし」
そのまま頭を撫でてきた。
「…」
今は、抵抗しようと思わなかった。心が弱っているんだろう。甘えてはいけないと分かっているのに、この心地よさに抗えない。
「ごめんなさい…、ごめんなさい。今だけ、今だけだから…」
訳も分からず、涙が止まらない。
「ああ」
セイはそれだけ言い、あいに胸を貸した。
その日。森の夜空がどうだったかは、彼とあの石碑しか知らない。
ピーチチッ
朝になり、体を起こす。
どうやら昨日はそのままセイの腕の中で眠ってしまったようだ。
「申し訳ないことをしたな…」
彼はおそらく自分以外を信じていない。他人を自分のテリトリーに入れることがない。それなのに、他人であるあいを慰めてくれた。もしかすると、ただ利用価値のあるものを潰さないようにしただけかもしれない。でも、救われたのは事実。
だから、もう彼に「情」をもってしまった。
「覚悟してね、セイ」
恩は必ず返す主義なんだ。
ガサガサ
生い茂る草をかきわける。
「なあ、休んでなくていいのか?」
前を行くセイが、振り返りながら尋ねる。
「はい。先に進むことでしか、答えは得られませんから」
私たちは原初の森の最奥を進んでいる。進むほどに、木々は鬱蒼とする。
「そうか。体調が悪くなれば言ってくれ」
セイの言葉に頷く。
「それにしても、魔獣が全くでないな」
その通りだ。石碑で会った魔獣以降、一切遭遇しない。
「資料で読んだんですが、魔獣はその昔に原初の森から発生したんですよね」
「ああ、もとはこの世界には存在しなかったらしい」
まあ、今はいるのが普通だがな
もとは存在しなかった魔獣。その魔獣を生んだ原初の森。原初の森の最奥に進むと遭遇しない魔獣。セイの先祖の罪を責める、原初の森にある石碑。
「はあ。謎しかありませんが、先に行けば何か見つかりますよね」
考えすぎて、頭痛がしそうだ。
「そうだな」
私たちは歩き続ける。途中で休憩をはさみながら進む。
そしてついに。
「セイさん、ここは」
「ああ、洞窟だな」
入口を魔方陣で厳重に封印された洞窟を見つけた。
「これはもう見つけていたんですか?」
「いや、初めて見つけた」
「ここまで来たことがなかったんですか?」
「ああ、というより来れなかった、が正解だな」
「つまり?」
「おそらく森が選定してるんだろう。ここに辿り着ける者を、な」
「森に…意志があるってことですか…?」
「…ああ」
イヤー----!
「まってお化けの森なんて聞いてませんよ!怖すぎるでしょうが!私が怖い話苦手なのを知っての狼藉ですか!?」
やだやだ!怪談系はいくら恩返しでも勘弁!
「っく、ははははっ!」
!?
「ふっ、悪い悪い。怖がりようが可愛くてな」
人が怖がってる姿を喜ぶなんて…。とんだ鬼畜野郎だ!
「悪口言わないでくれ」
「そっちこそしれっと心読まないでください」
「森に意志があるというより、そういう魔法がかかってるんだよ」
な~んだ。人食いの森とかいう類じゃなかったのか~。
「それを早く教えてください!」
「現実的に考えてそういう類はないだろう。そういうものの裏には何かしらロジックがある。この森の場合は魔法というロジックだ」
「私はそんな理性的な人間じゃないので」
「ははっ、まあ面白かったぞ?」
くっ、オモチャにされた…。
「まあ、いるかもな」
イー--ヤー--~~!!!
「ハッハッハッ!」
ひとしきり笑われた後、セイは魔方陣を解き始めた。私はその間、これまでの情報を整理することにした。
(原初の森、魔獣、先祖の罪。原初の森から魔獣は発生した。でも森の最奥に魔獣が来ることはない。これがおかしい。もし魔獣が森を住処としているなら、木々が深くなる場所に行くはずだ。わざわざ自然が少なく人間がいるような森の外に行くなんてことはしないはずだ。そう考えると)
「魔獣は原初の森を守っている…?」
(魔獣は原初の森を守るために造られた存在なのではないか。資料にも「魔獣はもともとこの世界にいなかった」とあった。セイもそう言っていた。でもここの世界の人たちはもう魔獣がいる世界で生きてきたから不思議に思わない。いや思わないようにされている?そうおかしい。私でも辿りついたこの考えに誰も辿りつかないなんてことはないはずだ。たとえそうでも、あの聡明なセイがこの結論に辿りつかないのはおかしい)
「なにかがある…」
そう、『神』と呼んで差し支えないような存在が。
「お~い。とけたぞー」
どうやらあのとんでもなく複雑そうな魔方陣がとけたらしい。セイのそばに行くと、確かに洞窟に入れるようになっていた。使用人の皆から、セイは学園一の秀才だったとは聞いていたけど。
「流石、学園を首席で卒業した優等生…」
「お褒めにあずかり光栄です」
こんなにきざったらしくても、嫌味に聞こえないのだからすごい。
「ところで、このまま進むんですか?」
明らかにこの洞窟深そうなんだけど。
「ああ、先に進まなきゃ答えは得られないんだろう?」
ぐう、自分の言ったことを指摘されると弱い…。
ピチョン ピチョン
暗い洞窟の中を進む。案外、中は広かった。セイが出してくれた光の玉を道標に歩く。周りを照らしてみると、ここはどうやら鍾乳洞のようだった。
「鍾乳石の大きさからみて、とても長い年月を」
ピチャ
「ひゃあああ!」
鍾乳石から垂れてきた水滴が、無防備な首筋に直撃した。
「大丈夫か~。まっ眠気がさめてよかったんじゃないか」
面白がるようにそう言ってくる薄情男にこそ水滴は落ちるべきだろう。
「俺はそんなに鈍くさくない」
「酷い言い草なうえにナチュラルに思考を読んできましたね」
「ははっ、ただの処世術さ。考えを読めなきゃ死んじまう」
時折覗く、彼が生きる世界の厳しさに、私は黙りこむ。
「まっ、つまりそんなにすごいことでもないってことだ」
軽くそう流したセイは立ち止まる。目の前には水面が広がる。道はまだまだ先にあるが、そうするには水を泳いでいくか水面を走って渡るしかない。
「そんなアメンボじゃあるまいし…」
「どうしたんだ?」
水面に手をかざして、何かの魔法を使っていたセイがこちらを向く。
「いや、どう進むのかと。まさか水面を走るわけではないですし」
「走るぞ」
「ん?」
「だからな。水面を走って渡るぞ」
まるで聞き分けのない子供に諭すかのようにセイは言う。
「…。いいですかセイさん。私たちは人です。アメンボではないんです。そりゃ理論的には水の上を走ることは可能です。でもあくまで机上の空論です。自分の体が沈む前に左右の足を切り替えるなんて離れ業はもう人外の域です。いくら魔法があるとしても、長時間は不可能です」
そうまくしたてる私に、セイは何でもない様子で魔法をかけてくる。
「聞いてます?!」
「ああ、聞いてるよ。不可能だって言いたいんだろ」
「要点は押さえてますがほんとに要点しか押さえてませんね」
その間に着々と何かの準備をしていたセイは、満足気な表情を浮かべる。
「さて、行くか」
「どこに?」
正直、前に進む以外はないと知りながらも、嫌な予感がして尋ねる。
「もうわかってるだろ?」
バシャバシャバシャバシャ
「うわあああぁぁぁー-!!」
今私は水面を走っている。正確には私を抱きかかえているセイが走っている。こうなる予感は薄々していたが、実際にそうなると覚悟が足りてなかった。
「しぬー--!」
「ハハハ、人はそう簡単に死なんよ」
余裕そうに言うセイに対して、余裕のないこちらは思ったことを言ってしまう。
「このサイコパスー-~!」
「そう思われてたなんて。やれやれだぜ」
暴言を吐かれたはずなのに、セイは実に愉快そうに笑う。あと、なぜこんなスピードで走っているのに息切れしないのか。
「人は、結構っ、簡単に、ぽっくり!フガッ」
舌を噛みそうになったため、とりあえず口を閉じる。
猛烈なスピードで水面を進む。目まぐるしく変わる視界からとらえたのは、壁に輝く星々だ。おそらく鉱石だろう。紅や蒼、翠や金、白銀とまわりまわる。残像になって線を描く。それらに見惚れていると、次第に前方から光が見えてきた。もう出口かもしれない。
この先に何が待っているのか。それがどう影響を与えるのか。変数だらけの未知へと、私たちは進んでいった。
先にあるものは