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平凡な渡り鳥は気づかない  作者: 良心の欠片
6/18

6 「原初の森」調査

残酷描写あり

 うららかな朝。

 鳥はさえずり、道端の草木がそよ風に揺れている。

 そして私は馬車の中でげっそりしている。



三日前、昼下がりの書斎にて

「今回の原初の森調査に同行されるのはあい様、あなたです」

「…ん?」

「あい様…。そんな無垢な顔されても現実は変わりませんよ」

「クリスの言う通りだぞ。俺と一緒に行こうな」ハート

 気色の悪い語尾を飛ばすセイは放置し、あいは交渉の余地を探る。

「クリスさん。これは本当にどうにもならないことなのですか」

「はい、どうにもならないことです」

 有無を言わせない返答だった。



ガタゴト

「おーい、まだ寝ぼけてんのか」

 目の前には全身黒のアサシンのような服装の人がいる。多少の冒険者っぽい要素は服にあるが、とても冒険者ギルドにいそうな恰好ではない。いるなら裏ギルドだ。服装は普段と異なるが、毎度おなじみになってきたセイの顔をじっと見る。


 ウルフカットの白髪。顔の造形では美しさの中に男らしさを両立させている。吸い寄せられるような瞳は、かつてネットでみかけたグリーンアパタイトのようだ。清涼な森を思わせるその瞳を見ていると、今向かっている原初の森を思い出す。


「おっ!なんだ?とうとう俺に惚れちまったか?」

 このいたずら小僧のような表情から、憎らしさだけでなく少年のような無邪気さを感じるなんて…。なんだかセイの容姿に自分が屈服したみたいで無性に腹が立つ。

「…はあ。これが稀代の伊達男と呼ばれているだなんて」

 ボソッと言ったはずの言葉を地獄耳でとらえたのだろう。セイは悲し気な表情をこちらによこす。

「そんなことを言うだなんて、流石の俺も傷ついちまうぜ」

 表情は悲しげだが、目が笑っているのはわかっている。

「私からの評価がなくても、他の方々が伊達男と褒めてくれるんですからいいじゃないですか」

 くっ、私にもセイのような容姿があればちやほやされたのに!

「俺はあいに褒められたいんだよ」

 流し目でこちらにそう言う姿から、皆に伊達男とよばれる由縁を感じた。


「セイ様、あい様。もう着きますよ」

 外で馬に乗って同行していたクリスさんが、私たちの馬車の窓に近寄り声をかける。


原初の森入口にて

「クリスさん、どうして私をセイさんと馬車で二人きりにさせたんですか」

 じっとりとしたあいからの視線にクリスは目を泳がせる。

「いえ、お二人とも最近和解されてましたので…。積もる話があるのではと…」

 これは嘘ではないだろうが。

「本音は?」

「セイ様に弄ばれたくなかったからです」

 キリッとした顔でクリスは答える。

「ほらー!つまり私を生贄にしたってことですよね!」

 クリスは助けを求めるように周囲を見渡す。そして、彼は荷馬車を見つけた。

「あっ、荷物を下ろさなくては」

ピュン

「あっちょっ!」

 逃げられた。


ザッザッザッ

「よお、あい。クリスに逃げられちまったな」

 諸悪の根源がやってきた。

「誰のせいで私がこんなに疲れてると思ってるんですか」

 セイはニヤッと笑う。

「俺のせいかな?」

「わかってるならちょっかいをかけないでください!」

 地団駄を踏みたいが、流石に同行してくれる騎士たちの前でそんなことはできない。

「まあまあ、この森では俺にくっついてな」

 セイの腕があいの腰に伸びてくる。そして

ぐいっ

「うわっ」

 セイに抱き寄せられたあいの耳元でそっと囁く。

「俺が手取り足取り教えてやるよ」

ゾッワーーーーー


(うわ、セイ様またやってるぜ)

(ほんとだな。猫可愛がりしすぎて嫌われるタイプだな、あれは)

(いやあれは可愛がるってよりからかってるが正解だろ)

(可哀そうにな、あい様)

ヒソヒソ

 騎士たちがじゃれる(実際は一方が弄ばれてる)二人を見守る。


「何をですか何を!」

「ん~?そりゃこの森についてだよ。何を想像したんだ?」

 半笑いでこちらを見てくるセイに、拳を握りしめる。しかし肝が小さい自覚のあるあいは、握った拳をといた。

「私が小心者でよかったですね。復讐される恐れはないに等しいですよ」

「ないに等しいってことは万一もあるかもなァ」

 実に愉し気に言うセイ。その獰猛な笑顔に鳥肌がたつ。多少の歩み寄りはしても、やっぱりこの人はどこか得体の知れないところがあると改めて感じた。

「みなさーん!もう森に入りますよー!」

 クリスさんの声を聞きながら、緩んだ警戒心を引き締めた。



ガサガサ

「といっても、特に変わった様子はない森ですね」

 あいが前を行くセイに尋ねる。

「まあな。ちっとばかし伝承がある森ってだけだ」

「へぇ~」

「あと魔獣もな」

「それが一番やばいんですけど」

 この世界にきたとき、この森で追いかけてきた異形を思い出す。

「あと今さらなんですけど、私たちの部隊総勢二人なんですが」

「ああ、俺とあいだけだな」

 なんてことないようにセイは言う。

「いや、だけだな、じゃなくて。いくら討伐隊ではないからといっても限度がありますよ!」



原初の森突入直前

「第一討伐隊は北へ、第二討伐隊は南へ行け」

「「はっ」」

 騎士たちはきびきびと隊列を組み始めた。

「セイさん、私たち調査隊はどちらの部隊につくんですか?」

 今回の調査は魔獣討伐も兼ねている。調査なのに100人規模の騎士を同行させるのはおかしいと思っていた。討伐も兼ねることを教えられたのが、当日の馬車の中というのはいただけないが。でもまあ、調査隊がこんなに大所帯となった理由は理解した。


「俺たちは東へ行く」

「あれ?でも討伐隊は南北に行きますよね。東の隊はなかったはずですけど」

 あと東に向かうってことは原初の森の最深部に行くってことですよね。

「討伐隊とはここでお別れだぞ」

「は?」

「ここからは俺たちだけだ」

「えっ!?」



「そしてさらに調査隊が私たち二人だけということにも衝撃を受けました」

「ドキドキするだろ?」

「ええ、ええ、ドキドキしっぱなしですよ。悪い意味でね!」

「だが討伐隊のように魔獣に会いに行くわけじゃないだけましだろう?」

 それはそうだけど。

「まあ出会っちまったら即戦闘だがな」

「うわー!おうちかえるー!」

「ほらほら、もう後戻りはできないぜ」

 生い茂る草叢をかきわけたどり着いた先には、石碑が立っていた。

「これは…」

 石碑の周囲にはなぜか草木が一本もはえていない。土一色。

「石碑の周りで円状に除草剤まいたみたい」

「なあ、もっとロマンのある表現法はなかったのか?」


 二人は石碑に近づく。

 それにしても、土を踏んでいるにしては妙に硬い。足元をよく見てみると、ただ草がはえてない土なだけではないとわかった。

「ただの禿げ散らかした地面かと思いましたが、土の下に石でできた何かがありますね」

「ああ、よく気が付いたな。地面への表現力はアレだが、観察力はあるな」

 そう言ってセイはしゃがみ、一部の地面を掘る。

「文様が刻まれた石の…板?」

「そんなものだ。ちょうど禿げ散らかしてる地面の下にこれがある」

「私の言葉を盗用しないでください」

「まあまあ、この石碑を見てみろって」

 そう言って石碑に刻まれた文字を指す。


【汝、裏切者。・・との契り破る。何人も・・に踏み・・べからず。この・・進む者に・・の天誅下る】


「うん、とりあえずこの先に進むなってことですねそうですね帰りましょう」

 すぐさま回れ右をする。しかし立ちはだかる壁。

「おいおい、そんな寂しいこと言うなよ。今日は帰さないぜ」

 キラッキラの笑顔でそう言う、言動はホスト、中身は悪魔のセイ様。

「イヤです!私は何よりも平穏を愛し、面倒事からは逃げる平和主義の小心者です!」

「総合的に自分を下げてる自己紹介だな」

「明らかに神罰下る系の石碑じゃないですか!私は先達の言葉を尊重し、帰路につくことをここに誓います」

 敬虔な信者のような顔つきで言う。

「まあ待てよ。最初の文に裏切者ってあるだろう?これはおそらく俺の先祖に対するものだ」

「罪を犯したっていわれているセイさんの先祖…」

「そうだ。つまり、先祖は()()()と契約していた。だがその契約を裏切りという形で破ったってことだ」

「罪は『裏切り』…」

 お墓を残すことを禁じられるほどの『裏切り』だなんて…。

「…セイさん」

「なんだ?」

「いますよね」

「ああ」

「「魔獣」」


グルルルル


ドスッドスッ

 頭は猛犬のように凶悪顔。ご馳走前にしてか、牙の間からはダラダラと涎が垂れている。そしてライオンのようにどっしりとした図体。四足の足にあるカギ爪は鈍く光っている。極めつけに、尻尾の先には蜂のような針がついている。


「戦略的撤退がベストかと」

「ははっ、面白い冗談だ」

タッ

 セイが魔獣に向かって駆ける。

 刹那

ズバッ ボトッ

ギュギャアーー-!グルア!!

 尻尾を切り落としたセイに魔獣がカギ爪を振り下ろす。

 それすらも

ビチャ ゴトッ

 切り落とす。

ギャィアアーー!!!

 尻尾と前足一本を失った魔獣は逃げの体制に入る。


「ハハハ、逃げられるとでも?」

トッ

 空中へ飛んだセイ。そんなことに気づく余裕のない魔獣の背に一突き。

グサッ 

ガアアァァぁぁー- ァ

「まあざっとこんなもんか」

ビチャ ビチャ

 血だまりも気にせず、セイはこちらに歩いてくる。


 セイが強いことには気付いていた。頻繁に気配を消して近寄ってくる姿から、ただ者ではない雰囲気があった。しかし、実際に目にして思う。

この人は怖い。

命をなんとも思っていない。背をむけて逃げ出す魔獣を見て浮かべたのは、愉悦の表情。ただ「面白い」という狂気をはらんだ表情だった。弱者の私とは圧倒的に異なる強者。考え方の相違の一端が、垣間見えた。


「大丈夫か?」

 なぜ黒い服装だったのかわかった。この人の戦い方は血塗れになるからだ。色素の薄い髪と肌には血がべったりとついている。しかし、服には血がついてない。いや、正確には目立ってないだけ。

「こんなに汚れるつもりはなかったんだがなぁ」

ドガッ

 石碑の近くに倒れた魔獣を、石ころのように蹴とばす。

「まっ石碑が壊れなくてよかったよ」

 さっきまで動いていた生命を、なんの感情もなく踏みつける。

 そして

「お~あったあった」

グチャッ

 心臓の部分を抉り出し、核のようなものを取り出す。


 死を隠された社会で生きてきたあいにとって、その一連の行動はあまりに無情だった。

「っ」

「あいには刺激が強過ぎたか」

「っ、はっはっ」

 過呼吸。体の震え。息っ、が。

「おい大丈夫か!」

ドサッ

 そのまま気を失った。



命への考え方が異なるセイとあい

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