5 歩み寄り
少しずつ、少しずつ
ある日
「よう」
「…」
なぜここにいる。
「毎日原初の森に関する資料を読んでたらしいな」
「…」
「今度は王家に関する資料か。特に目ぼしい情報はないと思うぜ」
「…、そうですか。セイさんはお忙しいでしょうからこの資料は私が片付けておきますよ」
「…わかった。じゃあまたな」
そのまたある日
「奇遇だな」
「…」
「俺も書庫に用があったんだよ」
「そうですか。お邪魔なので私は部屋に帰りますね」
「そうか、またな」
そのまたまたある日
「いい天気だな」
「…」
「庭を散策してたのか」
「…」
「ここには青いバラがあるぞ」
「…!」
「見てみるか?」
「…いえ、もう戻るので遠慮します」
「またな。ちなみに青いバラは南の温室だ」
そのまたまたまたある日の夜
コソコソ
「ここかな」
ガチャ
「あった」
そこには青いバラが咲き誇っていた。温室一面が青に彩られ、月明かりをうけて静かに佇む。その幻想的な光景に魅入る。今まで悩んできたものが、慰められるかのようだった。
「きれいだね…」
「そうだな」
「!!」
バッ
振り返ると温室のドアにもたれるように、セイが立っていた。
「どうして」
「今までお前を観察してきたからな。どう動くかは想定できる」
…。それってストー「また悪口か?」
「心を読まないでください」
「…、っく、ハハハッ」
「…、ぷっ、あははっ」
青いバラに囲まれたベンチに、二つの影が寄り添う。幻想的な光景にのまれてしまったのだろうか。今まで避けてきたセイを、今は避けようとは思わなかった。
「あなたは、これでいいんですか」
「ああ」
「本当にわかってます?」
「このままだと、あいが俺に情をもつことになるって意味だろ」
!私の名前を憶えてたのか。
「様子を見ることにしたんだ」
「なぜですか。面倒なことになる可能性だってあるんですよ」
「気になるから」
気になる…。
「俺はあいの考え方と正反対だと自覚している」
…。犬猿の仲ってやつかな…。
「だからこそ気になる。放っておけないんだよ」
?悪い意味の気になるではない?
「この感覚に苛立って机を破壊はしたが」
破壊したの!?私この人に気になられて大丈夫かな!
「お前を、あいを壊すのは違うと思った」
よかった。ほんとによかった…!いつの間にか命の危機が訪れてたなんて。
「だからこれからお前をみていく」
ん?堂々としたストーカー宣言かな?
「まずはお互いに思ったことは言っていこうぜ。ほら今思ったこと言ってみ」
「いやそんな命知らずな行為できるわけないでしょうが」
バッ
急いで口を覆ったが、発した言葉は戻らない。覆水盆に返らず。
「なんで!」
「なんで言っちゃったのかって?そりゃ自白魔法だよ」
「は?ずるすぎでしょう。こっちはノーガードなんですけど」
うわぁぁぁぁぁぁぁ誰かこの口を縫い付けてーー-!
「はっはっは!そんなに怯えなくても、俺は一度言ったことを撤回することはねぇ」
「くッ、本当ですね…。後でなしとか聞きませんからね!」
「ああ、これからお互いを理解していこうな。あい」
「私は断固として嫌ですけどね!」
「ハッハッハッ!」
セイの楽し気な声に、青いバラが静かに揺れていた。
「よう!あい。今日も資料探しに精が出てるな」
「やめてください。近寄らないでください。あなたは距離感がバグってるんですよ」
あの温室の出来事以来、セイは頻繁に絡んでくるようになった。
「本当に、本当に良かったです…!」
使用人の方々に泣かれながら喜ばれたときは、なんだか申し訳ない気持ちになった。
でも流石にこれは。
「おいおい、寂しいぜ。名前で呼んでくれないなんてな。俺は名前を呼でるのに」
「それはあなたが勝手にしてることでしょう」
うざい。果てしなくうざくなった。ダル絡み、うざ絡みといっていいだろう。
「またあなたっていったー」
えーん
…これほど殺意の湧くウソ泣きは、かつてあっただろうか。いや、ない。
「はいはい、セイさん。これで満足ですか?」
「限りなく適当だが、まあ今はそれでいいか」
はあ、この人の意図がわからない。確かにあの温室の出来事では、お互いの歩み寄りをした。でも、その歩み寄りは仲良くするのが目標と定めたわけではなかったはず。適度にお互いを知ることで、余計な衝突を生まず、お互いが独立して生活することを目標としたのではなかったのか。
「なにか言いたげだな。言いたいことを我慢するのは体によくないぜ?」
「あなたの、セイさんのお互いを理解するための行為が私の想定していたものとかけ離れています」
「ん~?どういうことだ~?」
絶対わかってる!
「つまり、このように親しくなろうとする必要はないということです!」
ドンッ
原初の森の資料を感情のままに机へ叩きつける。
「そうカッカッするな。老けちゃうぞ」
「誰のせいですか誰の!」
ガチャ
「またやってるんですか…」
クリスが飲み物と三時のおやつを持って、書斎にやってきた。
「クリスさん!もう嫌です!この人持って帰ってください!」
「おーい、俺は物じゃないぞー」
「申し訳ありません、あい様。こちらは返品不可となっております」
「そんな!」
「二人してひどいな」
「まあとにかく、こちらをお召し上がりください」
クリスが運んできたデザートは、果物のタルトだった。
「俺が切ってやるよ」
セイがタルトを半分に切る。そしてその切った半分をあいに渡す。
キラキラ
あいの輝いた視線がセイに向けられる。しかし
「セイ様。流石にあげすぎですよ。あい様が夕食を食べられなくなります」
ガーン
あいの目が一気に深淵に落ちた。
「っく」
セイは笑いを堪えながらクリスに言う。
「まあ、今日だけだ。資料探しを頑張ったご褒美だ。な?」
「はあ、全く。こんな風にあい様の点数稼ぎをしても無駄ですよ」
渋々ながら、クリスは許可をだした。その瞬間、あいの目は星が飛びそうなくらいの輝きでセイとクリスを見つめた。
「っふ、どうぞあい様。お食べください」
「っ!いただきます!」
ワンワンという鳴き声が聞こえそうなほどの素直かつ従順さに、セイとクリスは肩を震わせて笑った。
「点数稼ぎとまではいかずとも、餌付けはできそうですね…」
「とても美味しかったです」
「よかったな」
「それはよかったです」
あいがデザートを満喫した頃。
「さて、本題に入りましょうか」
「本題?」
「ああ、本当はデザートを食べながら話すつもりだったんだが、あまりにも可愛らしい子犬がいたもんでな。後回しにしたんだ」
……。
「ご、ごほん。大変愛らしかったですよ、あい様」
「クリスさん、それフォローになってないです」
「そ、そうですか?では本題に参ります」
逃げた。
「逃げたな」
クリスは何も聞こえない振りをした。
「実は3日後に、原初の森に入る許可を王家からいただきました」
あれ?
「え?でもセイさんたちは今まで原初の森に自由には入れてましたよね」
「ああ、俺たちはな。だが部外者は違う」
「へぇ~、じゃあ今回は誰かを連れて行くんですね」
うわー、あんな魔獣だらけの森へ行くなんて。誰かは知らないけどご愁傷様です。
「クッ」
「…」
「クリスさん?どうして憐みの目で見てくるんですか?」
「あい様です」
「…ん?」
「今回我々に同行するのはあい様です」
あいに合掌