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平凡な渡り鳥は気づかない  作者: 良心の欠片
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4 クヴィスリング家の心情

あいの周囲の人たちの様子

 セイの屋敷で数週間を過ごした。

 今は原初の森についての資料を読んでいる。


「森の先へは行ってはいけない。二度帰ることは叶わない…か」

 どの資料も森に行くことを禁止するものばかりだった。

「これならまだ都市伝説の方が役立つよ…」

 結局、原初の森に実際に行かないことには始まらないということだ。


「はあ…」

 もう夜か、疲れたな。星でもみよう。


 テラスにでる。今日は少し星がみえるようだ。今日はセイもクリスも屋敷に帰ってこない。部屋に勝手に入ってこれる存在がいないということだ。物思いにふけることができる。


 …。どうして私は異世界に来てしまったのかな。家族はいたけど、友人はいた…のかな。ちょうど人間関係について悩んでた時期だから、特に寂しいという思いはない。むしろ、清々してるのかも。ひどい人たちではなかった。でもいい人もいなかったような気がする。ただそこに関係があっただけ。家族という関係、友人という関係があっただけ。失くしても、なんともないもの。なんて薄情な人間なんだろう。結局、絆を保てない寂しい人でしかないのか。でもこのおかげで、セイとの約束は守れそう。絆が欲しくないなんて、面白い人だ。


「私も、一人で生きていけると思えたのなら」


 今日も取り留めもないことを考えて時間を潰す。今日はどれくらい星をみつけられるだろうか。頬につたうものを拭きもせず、ただ星を数えて夜はふけていった。





「おはようございます」

「あい様、おはようございます。お早いですね。お支度は私たちが手伝いますのに」

「いえ、大丈夫ですよ!初日は疲れすぎて恥ずかしい姿をみせてしまいました」

あはは

 メイドたちは顔を見合わせる。

 あいの顔には薄っすらと隈があった。おそらく隠しているのだろう。あるメイドにこっそり化粧の仕方を教わったことは把握している。そしてその化粧が目元に重点をおいたものだったのも、使用人の全員が知っている。

「あい様、眠れないのですか」

 メイドの一人がとうとう尋ねた。

「いえ、これが私の通常なんですよ~」

 これが嘘だとは皆がわかっている。

 側でその様子を見ていた私は強く思う。この状況はメイド長としても、一人の人間としても放っておけないと。



 数週間前のことだった。

 屋敷の使用人が全員ホールに呼び出された。そして当主であるセイ様が私たちに言った。

「これから客人を招く。名はあいだ。丁重に扱え、以上」

 あまりにも簡潔な情報に、皆は不思議に思いながらも従った。やってきたお客様は子どもだった。使用人に笑顔で接するその姿に皆が好感を覚えた。


 しかしある日のことだった。その日はちょうどセイ様もクリス様も屋敷にいないだった。一人のメイドがあいの部屋に掃除道具を忘れてしまった。夜も遅いがどうしても手入れが必要だったため、メイド長である私に許可をもらいにきた。仕方なくその子とあいの部屋に行った。


 すると部屋のテラスが開いていた。

 侵入者かと焦ったが、テラスからすすり泣く声が聞こえてきた。あいが泣いていたのだ。驚いた私たちは掃除道具はそのままに、部屋をでた。


 その日以降、使用人たちは毎晩あいのテラスを確認した。わかったのは、決まってセイ様もクリス様も屋敷にいない日に泣くことだった。悪いと知りながらも聞いてしまった独り言には、「寂しい」という言葉があった。


 急いでセイ様にあいの素性を尋ねた。

 セイ様が怪訝な表情を浮かべたため、なかなか好みを言って下さらないからもっと情報が欲しいなどと尤もらしい理由をつけた。納得したセイ様は、おそらく遠い地からきたのだろうとだけ言った。自分は家訓に則って保護しただけだから素性は知らない、とも。


 使用人たちは「寂しい」の意味を理解した。

 遠く離れた見知らぬ土地にきた子どもが、不安に思わないなんてことはあり得ないはずなのだ。親しい者もしない未知の土地で、懸命に笑顔だったのは不安を隠すためだったのかと。その日から、クヴィスリング家の使用人一同は「あいを甘やかし隊」を結成した。


 だがその結成も虚しく、あいが甘えることはなかった。むしろ無理が加速しているようだった。セイ様は元来、信頼するのは己だけで基本他人に気を許さない。そのせいか、あいのこの状況に全く気付いてない。クリス様はセイ様の補佐で忙しいため気付いてない。気付いているのは使用人たちだけ。しかし主人の許し無しに勝手をするのは、いくら寛容なクヴィスリング家でも許されない。そのため、使用人たちはある作戦をたてた。




ある晩

「お帰りなさいませ。セイ様、クリス様」

「ああ」

「ご苦労様」

 いつものように出迎える。

 しかし、今日はそれだけではない。

「本日はお疲れでしょう。ささ、こちらに」

「ん?なんだ?」

「え?え?」

 セイ様とクリス様の声は無視し、あいの部屋から遠い部屋へ案内する。


「セイ様、クリス様。合図がくるまでここで少々お待ちください」

「なんなんだ?まあお堅いメイド長ミリアがやることなら、変なことじゃあないんだろうが」

「ミリア?これは何事?」

 セイは近くの椅子に腰を下ろし、クリスは右往左往している。

「お二人とも、よくお聞きください。これからある場所へ向かいます。そこで見聞きしたことはどうか心にお留めください。」

 ミリアの真剣な様子に、二人は静かに頷いた。


「こちらです」

 あいのテラスに近くにきた。

「…」

 二人は静かにテラスをみた。そこにあいがいた。

 どうやら少し酔っているようだ。

「おい、どうして酔っている」

 セイの言葉にミリアは答える。

「自白剤もまぜておきました」

「「はあっ?!」」

「しっ!お静かに。本人には了承済みです」


「ねえくまさん。私今、自白剤を飲んでるんだ~。被験者がどうしても足りないって困ってたから志願したの。なんだかお酒の味がしたけど、メイド長が気のせいだって」


「「…」」

 ミリアは二人の無言の圧を受け流す。


「でもなんでくまさんを渡してきたんだろうね。ぬいぐるみなんて年じゃないのに」


「確かに、どうしてだい?」

 クリスが問うとミリアは平然とした様子で言った。

「ぬいぐるみに話しかけるのは古今東西、共通のことでしょう」

「「…」」


「くまさん聞いてよ。私ね、眠れないんだ~」


「「!」」

「…」


「毎日毎日眠れないの。元居た場所のことを思い出して考え込んじゃうんだよね~」

「家族や友人がいなくて寂しいじゃあないんだ」


「「「…」」」


「人とのね、つながりを保てない自分が…なんだか淋しいんだ」

 その後も、あいはくまのぬいぐるみに様々なことを話した。

 そして

パタン

 あいは部屋に戻った。


「「「…」」」

 三人は黙ったままそれぞれの場所へ戻っていった。


 三人の心中は、それぞれに秘めたまま。





「おはようござ、!…どうしてセイさんがここにいるんですか」

 いつものように食堂へ行くと、いないはずのセイがいた。

「俺の屋敷なんだから、俺がいても不思議じゃないだろ?」

 確かにそうだが、今日はいないはずなのだ。こんなに朝早くからいたとすれば、昨日の夜からいたということなのだ。

「セイさん、昨日の夜はここにいませんでしたよね?」

「…」

 セイはミリアを見る。そして

「ああ、いなかったぞ」

「…、そうですか。ならいいんです」


カチャカチャ

 静かに食事が始まる。


「なあ、最近は…どうだ?」

「「「!」」」

 食堂にいた使用人たちの間に緊張が走る。


(おい、唐突過ぎないか)

(いやこれくらい直球じゃないと伝わらないかもしれないだろ)

(でもあまりにも急じゃない?答えないと思うわ)

(警戒されて終わってしまうわ)


「特になにも」

 素っ気ない返事。

「そうか」

「「…」」

 その空気のまま、朝食は終わった。


「ごちそうさまでした」

 あいは振り返ることなく食堂をでる。セイは残ったままだ。


(なあ、どうするよ)

(どうもしないだろ!俺たちにできることなんて「なあ」

「「!はい」」

「使用人を…、あいの様子をよく知る使用人を数名俺の執務室に呼んでくれ」




...「以上があい様の最近のご様子です」

「…。そうか。下がっていい」

「では失礼します」

キィー パタン

 想像以上に、あいが打ち解けられてないことを理解した。

「おいセイ。どうするんだ。僕が思うに、あの子の今の様子はお前の言動のせいだと思うぞ」

「わかってる」

 わかっている。俺の考えが甘かった。あいつのことを簡単に考えていた。衣食住さえ与えていれば、勝手にやるだろうと思ってたんだ。俺はそれでよかった。王家に引き取られた時も、衣食住が与えられて満足していた。一人でもなんとかなるという自信と、そう思えるだけの実力があった。


 でも、あいつは違う。俺とは正反対で、人とのつながりを求めずにはいられない。愛に振り回され、制御なんてできやしない。だから不器用。人に極端に冷たくしなければ、人を遠ざけることができない。器用に人と関わればいいのに、人が好きだから器用に関われない。すべてに応えたいと願う。

「意味が分からない」

 聖人でもあるまいし、全ての人間に愛をもつなんて不可能だ。不可能だからこそ傷つく。この状況も、俺の「情などいらない」という言葉に応えるために、俺に結びつくもの全てを排除した結果だろう。


「馬鹿だな。他の人間の望みなどきけるはずがないだろう」

「お前はそうでも、あいは違うんだよ。昨日のあいの言葉をきいただろう」

『みんなに笑ってほしいんだ。でもそれは無理だって笑われるの。でも結果からみたらそれも笑ってるってことだよね。じゃあやっぱりみんなが幸せに笑える世界はあるんだよ!』

「いい子じゃないか。他人のためを思って一生懸命で。セイとは真逆だから、理解できないかもしれないな」

「ああ、全く理解できない。自分が一番だろ。他人のためなんてきれいごとを言って何になる」

 苛立ちから髪をかき乱す。

「でもあいはちゃんと現実をみてる」

「だから傷つくんだろ、わざわざそんなことして何になる!!」

ガンッ!

バキッ!

 言い知れない胸の気持ち悪さを、机にぶつける。

「セイ。そうやって苛立ってるのが、本当はお前がそれを渇望しているという証拠だ」

「…どういう意味だ」

「本当はそんな優しい世界が欲しくてほしくてたまらないから、その分強く否定する」

「黙れ」

「もう認めろ。お前は焦がれてたんだよ、そんな甘い世界を」

「黙れ!!!」

ビリビリッ

 セイの魔力によって執務室はボロボロだ。

 クリスはその魔力に気圧されながらも言葉を紡ぐ。

「セイ、僕もこれ以上は何も言わない。だがこれは見ろ」

「…、なんだ」

 クリスがポケットから取り出したのは、少し土のついたお守りだった。所々糸がほつれていて、製作者の不器用さを感じる。片面に「健康」と歪んだ字で刺繡されていた。

「なんだこれは」

「あいがお前にと作ったものだ」

 あいが…、俺に?

「だが俺はもらってない」

 クリスは小馬鹿にしたような顔で答える。

「そりゃそうだ。これはあいがけじめをつけるために作ったものだからな」

「けじめ…?」

「セイ、お前は言っただろう。情はいらないってな。だからその情をこうして形にして、土に埋めたんだ。本当は燃やそうとしたらしいが、使用人が総出で止めたらしいぞ。後で感謝しとけよ」

 情を…形に?そして燃やす?埋める?なぜそんなことをしてまで他の人間に応えようとする。大事なのは己だけだろ。わけがわからない。わからないが

「気に…なるな」

「そうか。まあ最初はそれでいいんじゃないか」

 そうだ気になる。

「とりあえずは、あいを…観察する」

「まあ、ほどほどにしておけよ」


 こんなに執務室を滅茶苦茶にしやがって

 ブツブツと文句を垂れるクリスを尻目に、セイはお守りを握りしめた。


セイの混沌とした心情が垣間見えた瞬間

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