2 今後の方針
「いたた…」
っく、頭が割れそうだ。なぜ名前ひとつでこんな負傷を…。元の世界で何かやらかしたとか?身に覚えがないんだけど。それにしても
「ここは…?」
天蓋つきのベッド。そばに椅子と机。花瓶。離れたところには化粧台など。どれをとっても高級そうにみえる。
「壊したりしたら、一生監獄生活かな…」
「いや?そんなことはないぞ」
「!」
いつの間に!
「よお、休めたか?」
あなたのせいで今心臓が休めてないよ。
「まあそういう顔すんなって」
窓際にセイがいた。気配なんてなかったのに。
あと窓から入るのはマナー的にどうなんだ。
「この部屋はお前のものだから、何壊しても大丈夫だぞ」
「は?」
哀れ、彼はどうやらご乱心のようだ。
「冗談じゃないぞ?」
「どういことですか」
「いったじゃないか。俺のところにこいって」
そういえば言ってた。
「あと名前を聞けてないんだがな」
「そういえばそうでしたね」
さて、どう答えよう。気絶する前に何かから教えられた名前は、私の元の世界の名前ではなかった。私は元の世界で『あい』という愛称だった。本名は思い出せない。どうにも違和感があるけど、異世界にいること自体が非常事態だから、まあこんなこともあるのだろう。だから私は
「『あい』です。よろしくお願いします」
そう答えることにした。
「『あい』、ねぇ」
隠していることを暴くかのような視線。私は冷や汗をかきながらそれを受け流した。
「じゃあ、あい。飯を食うか。腹が減ってるだろう」
夕食の時間帯だったため、豪華なものが用意されていた。
カチャカチャ
大変美味でした。この際、セイの胡散臭さは洗い流そう。
「満足したようでよかったよ。腹も満たされたところで情報交換といこうか」
「情報交換?」
「ああ、お互いに知らないことが多すぎるだろう?」
「確かにそうですね…」
「まず俺からな」
いろいろとわかったが、取り敢えずわかったのはセイが思ったより偉い人だったことだ。私が迷い込んだ「原初の森」は、セイの一族「クヴィスリング」家が管理している。そして、セイの本名は『セイ・レユアン・クヴィスリング』。(なんて仰々しい名前なんだ、私なんて本名がわからないのに)「クヴィスリング」家の現当主だ。例の何やら恐ろしい罪を犯したご先祖様がこの土地を治めているらしい。
「罪を犯したのに土地を治めているんですか?」
「まあ、王家とちょっとな」
私がいるこの国、「アーカーシュ」国の王家とずぶずぶの関係であるようだ。
「取り敢えずあなたからの情報はここまででいいです。これ以上は私の脳が破裂します」
「そうか、わかった」
私は簡単に自分のおかれた状況を説明した。
・・・「だから私はよくわからないまま森に放置されてたんです」
「なるほどな」
私が伝えられることは本当に少ない。なぜなら、異世界から来たかもしれないと言えば、いくら私のような存在を保護すべきと先祖からいわれていても放り出される可能性があるからだ。となると元の世界の話はおいそれとできない。
「まあ、保護対象であることに変わりはない。当分は面倒を見る」
当分。
「つまり私にしてほしいことがあると」
「お、察しがいいな」
いや、あなたはただでは動かなそうだから。
「お前には先祖の謎を解くのを手伝ってもらう」
「先祖の…謎?」
「つまるところ私に墓荒らしをしろと」
「そうだ」
「そうなの?!」
「冗談だ」
「あなたの冗談は冗談に聞こえない…」ボソッ
「聞こえてるぞー」
「それじゃあ私は何をさせられるんですか。法と倫理に背くことは嫌ですよ」
「まあ聞け」
彼は愉快そうに話す。
長年、セイは先祖の罪が何なのか気になっていた。しかし手掛かりとなるものは口伝の家訓しかない。先祖の墓なんてものはない。
「えっ、お墓がないんですか?」
「ああ、俺たち一族は墓を残すことを禁じられている」
「じゃあ遺体はどうするんですか」
「火葬して骨を砕いてから海にまく」
「海洋散骨ですか…」
「続きを話すぞ」
彼は鍵となる「原初の森」を調査し始めた。それを始めたのが、若干6歳の頃からだった。
「ちょっとまって6歳!?ませてるなんてもんじゃないですよ!一体どんな子供だったんですか…。あとセイ様は今何歳なんですか」
「セイでいい。そういうお前は何歳なんだ」
「ではセイさんと呼ばせてもらいます。私ですか?私は19歳です」
「そうか。じゃあ俺は24歳だ」
「はっ?嘘臭!じゃあってなんですかじゃあって」
「お前、言葉遣いは丁寧を装っているが、所々失礼な奴だな」
「すみません。若輩者ですので」
「そういうとこだよ。まあ俺は24歳だ。取り敢えずはな。話戻すぞ」
6歳の頃から「原初の森」を調査し始めたが、事はそう上手く運ばなかった。両親がその調査を止めたのだ。
「まあ、私が親でも止めるかも…。ませてるという次元では収まらないですから」
「違う。親父たちが止めたのはそういう子供だからという理由じゃない」
「…、どういうことですか」
「親父たちは何かに怯えていた。止められてもなお、森を調べようとする俺にこう言ったんだ」
『追放者は二度とかえってはならない』
「どういう意味ですか?」
「わからない。当時の俺も理解できなかったが、親父たちの異常な様子に森の調査をやめざるを得なかった」
「ご両親の様子も気になりますが、当時6歳のセイさんに森を調査できるほどの権限が与えられていたことに驚きを隠せません」
「まあ、俺は優秀だったからな」
「末恐ろしい…。それとご両親は今どうなさっているんですか?」
「いない」
「ん?」
「いないんだよ、ここに。いなくなったんだ。ある日突然」
「原初の森」の調査を中止して6年後のことだった。当時12歳のセイは学園に寮から通っていた。そのため、連休の時に屋敷に帰省していた。
両親が消えたのは、そんな日だった。
いつも通り帰省してきた彼を迎えたのは、静寂した屋敷だった。いつもの出迎えがない。それだけでなく人の気配すらしない。屋敷に人が全くいないなんてことはおかしい。セイは屋敷中を駆け回った。誰一人いなかった。途方に暮れる彼を助けたのは、王家だった。なぜ助けてくれるのかを問うセイに、王家は「契約だから」と答えた。
「それから俺は、先祖の秘密を暴くことを決めた。そこに親父たちが消えた理由があるはずだ」
セイの表情からは何も読み取れない。まるで決して溶けることのない氷のようだ。
「そうですか。だから私は重要な物証なわけですね。暴き出そうとしている先祖と関わりの深い「原初の森」。そこに現れた謎の人間」
「まあそういうこった。お前に何かあれば困る。せっかく得た手掛かりだからな」
「安心しました」
「何がだ?」
「理由もなくこんなにも手厚い保護をされるのは、恐怖でしかありませんから」
「保護される理由ができて納得したってことか」
「はい」
「んじゃ今後のことを話し合うか」
夜も深まった頃。
・・・「てな感じでどうだ」
「問題ありません」
「時間も遅いしここまでだな。風呂はメイドに聞いてくれ」
「ありがとうございました」
「じゃあな」
ヒョイ
…窓から出入りするんじゃない。それにしても先祖の謎か。何も知らない私をあの人はどうするつもりなんだろう。
クヴィスリング家の執務室にて
「よお俺の補佐官殿、仕事は捗ってるか?」
「来るのが遅いんですよこのボンクラ当主!僕がどんなに頑張ってたか知らないでしょう!?」
バンッ
机を叩き、書類に埋もれていた男が勢いよく立ち上がる。
「クリス、そう怒るなって。やっと手に入れたんだよ」
「何をですか面白そうだからといって落とした身持ちの堅い女性ですかそれともフラッと憂さ晴らしで倒した巨大な魔獣の頭ですかはたまた大金はたいて手に入れた幻の美酒ですかこの吞兵衛」
息継ぎをしない様から、補佐官クリスの怒りが読み取れる。
「なんでそんなろくでもないんだよ…。どれもちげぇよ。強いていうなら一番最初のに近い」
そんなクリスに飄々と答えるセイ。
「なんですって!?このろくでなし!女性の敵!顔交換しろ!」
「最後のはお前の願望だろ。あってるのは女性の部分だけだ」
「かどわかしたんですね」
「保護だ」
「そうですか、では仮にそうだとしてその女性をどうする気ですか。ただで保護するほどあなたは優しくないでしょう」
憮然とした様子で言い放つ己の補佐官を横目に、セイは窓の外を見る。
「まあな。やっと手に入れた先祖を暴く鍵だ。丁重に扱わせていただくさ」
外は、星もみえない空だった。